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※3400字でお送りします。
あれから月日が経っているが、事件の進捗や振り返る様子は、今でも耳に入る。
逃亡中の彼等の行方は、まだ分かっていない。
この身に深々と刻まれた、彼と言う膨大な心の傷と、左肩に残る痣。
激しい雨は、窓に映るレイシャを幾度となく歪めた。
彼女はまた、身震いする。
痛く、生々しく圧し掛かる別れ際の記憶。
引き継がれたコードは一向に列を成さず、情緒不安定による、ただの虚しい文字と記号の羅列だ。
会いたい。
公になった、共に秘めていた情報。
そして、最期まで耳にする事が無かった真実。
彼女は唇を震わせる。
死ねば、彼に会えるだろうか。
考えようとしなかった。
ここまで率いた彼が居ない人生など。
彼からは到底放たれる事の無かった、情など。
己が心底憎たらしく、悉く嫌になる。
涙に濡れた最悪の顔はやがて、背後のデスクに佇む背中に向く。
そこからもまた、似た様な何かが滾っていた。
イーサンは、ずっと同じデータを眺めて滞っている。
見た事もなかった拠点の資料。
資材の入手履歴。
聞いた事のない街の名前を頼りに辿り着いた、現在身をくらます家屋。
未だ開示されていなかった、新型アンドロイドの製作履歴。
量産に向け、サンプルとして取り置きされていた新型骨格のサイズは、レアールのもの。
知らぬ所で、あらゆる事を常に見越し、トップは動いていた。
緊急脱出の環境設備が整っていたのも、出船もスムーズだったのも、定期的に点検と試運転をしていた証拠だ。
甘えていた。
いつだって仲間の生活の保証をしてくれていたというのに。
自分達が日々ふざけて、楽しく好きに生きる傍ら、トップは、常に最悪の事を考えながら生きていた。
守りたかったのに、最後まで自分達は守られてしまった。
何故あの時、何としてでも共に逃げようと引き摺り込まなかったのか。
彼を最期まで、独りにさせた。
不意に、悔いに震える手がキーボードを乱暴に弾き飛ばす。
疲れ切った最悪の顔はやがて、背後に立つ、半ば蛻の殻状態の彼女に向く。
互いに目が合うが、見ている物は違った。
あの瞬間の、彼の言葉を聞いている。
遥か北方であるここは、寒くて人気の少ない殺風景な土地。
この近くにある廃退地区では、少し前から警察が出入りしているという噂を耳にした。
また、モデル事務所の事情聴取から、レアールの捜索が始まっている。
来るならば、もう直か。
策は既にあった。
これまでを活かし、この先もこの生き方を貫く選択はある。
結成された組織。
それはやっと手に入れた、絶たれる事のない繋がりだ。
しんとした空間は、元々事務所であった事を思わせる3階建ての建物。
拠点程ではないが、最低限の製作環境と道具が地下室に整えられていた。
レイシャは思い出す。
いつか彼が、一生分の買い物をしてくると言い、丸1日留守にした事を。
その際に、段取りをしたのだろう。
戻りには、訳あって衝動買いした大量の武器を積み、ついでに取引したハッカーを連れて戻った。
トップの死が発覚した時は、大喧嘩が勃発した。
アンドロイドに止められ治まったものの、次は只管に涙した。
逮捕すら、されなかったと。
しかし、本当は分かっている。
自分達だけが、ここへ寄越された理由も。
被害者が最終的に、釈放された理由も。
トップがどういう者かを、最も知っているのだから。
今、各フロアでは、部下達が己と向き合い、考えている。
過去に抱いてきた、やり場の無い感情。
その殆どは、怒りや憎しみ、悲しみ、時に己に対する殺意だった。
だが今は、当時とは比較にならない自分が居る。
随分と冷静に向き合えていた。
この与えられた時間を使い、彼等は考え続けた。
公表された、個々が抱えていたトラブル。
人は今、裁かれ始めている。
それをじっくりと考えた。
先々を想像し、決断してきたトップの様に。
「あんた達は罪を犯した。
この先もそれは変わらないわ」
「ああだが、残したいものも、
どこに居ようが変わらない。
俺達が持つ技術と同じだ、な?」
「まあね。
ところで繰り返しの対面なら、互いにこれまでの印象を振り返って、考えも変わってる事が多いんだよ。
案外、いい結果かもしれない」
口々に言い始めたのは、Realに変わった広間のR達。
掃除婦、庭師、営業マン。
その隣ではバーテンダー、漁師、コックも頷く。
「トップさんや、僕らの為にも、行くべきだろう」
「だな。腰が重いんなら、俺が引き摺ってやる」
「乱暴だなあ。彼等はもう、決めてるよ」
様々な表情をしながら、以前よりも滑らかに話し、外出にも馴染んだ彼等だが、会話する最中に不思議な現象が起きている。
険しかったり、冷静だったりする表情に、白い光の糸が細く這って消えた。
イーサンは、涙を流すレイシャの手を握る。
薄暗い電球色の空間に、雨音だけが落ち続けていた。
2人は無言のまま、その音を聞いている。
その間を、ヒールの音がそっと切る。
「あら。彼が嫉妬するわよ?
まぁ、そんな所も見てみたかったわねぇ。
あの、良くも悪くも一方的な性格からして、今のそれを見れば、隠す事なんて止めるでしょう。
今度こそ、ちゃんと貴方をモノにすると思うわ」
開いたままだったドアの縁に身を預け、クスクスと悪戯な笑みをする、瞬きするレアール。
2人はその言葉に呆れ、手を放した。
レイシャはレアールの姿を見て、また、涙を零す。
ずっと、ずっと見たかった笑顔であり、仕草だ。
忘れる事は無いが、上塗りしたかった。
浴室で冷たくなっていた、彼女の最期を。
テキストを返してあげられなかった、最大の後悔を。
多くの注目を浴びた、最高のモデルだった。
なのにどうして、彼女は叩かれ、命を絶たなければならなかったのか。
ヘンリーの様に、彼女もまた常々、多くの努力をしていた。
体や心を作る為に。
そんな人間が何故、潰されなければならなかったのか。
友達を、返して欲しかった。
友達の笑顔を、もう一度見たかった。
そんな記憶を宙に見ながら、呆然とするままのレイシャを、レアールは肩から抱き寄せる。
「美貌が台無しねぇ。
大丈夫。私達はお互い想ってる」
彼女はそう言って、レイシャの胸を人差し指で突いた。
「……………愛…して…る…」
レイシャの涙交じりの一言は、自分にだけ向けられたものではないとレアールは理解し
「ええそう…どこで、どうあれね…
そしてそれは…………」
含みのある間を置くと、鼻で小さく笑った。
「わざわざ、言うまでもないでしょう………」
レイシャは声を殺して泣きながら、頷いた。
どうか、届いていて欲しい。
イーサンもまた、寄り添う2人に頷く。
各フロアから、全メンバーが集まった。
表情は曇り、胸はまだ落ち着かない。
だがもう、嘗ての自分とは違う。
下される決定に次は頷き、立っていられる。
そしてこの先も、刷り込んだ技は消えない。
まだ時間は、命は、ある。
やがて、玄関ドアがノックされた。
レイシャは皆を後に、静かにそこへ向かう。
ノブを回せば、ピリオドが打たれる。
彼女は力強く握ると、引いた。
土砂降りの雨の夜。
部屋の明かりが広々と外の闇を照らした。
ターシャはその姿を捉えるなり傘を捨て、真っ直ぐレイシャに飛び込み、抱き締めた。
「友達を助けたかった…そうだね…」
その言葉に、時は止まる。
そうなのだ。
誰よりも大切な2人の友達を、助けたかった。
助けて、傍で一緒に居たかった。
好きな事をして、笑って、生きたかった。
ただ、それだけの事だったのに。
それは、レイシャが遥か前からレアールに語り続けていた希望だ。
それをどうして、ターシャが知っているのだろう。
レアールは背後から現れると、レイシャの肩に手を置く。
ルークのデータに残された、彼女との通信記録に、その希望は残されていた。
「あたしも貴方達も、まだする事がある。
そしてできる事も、必ず……もう、大丈夫だよ」
レイシャの表情は忽ち崩れ、酷く震える手でターシャにしがみつくと、咽び泣いた。
大粒の雨が地面を打ちつける中、建屋の外壁に背を預け、左手に開いた本に目を落とす男。
室内から漏れる電球色を僅かに受けていながら、彼は、影を落とす事も、雨に濡れる事も無い。
彼はふと、向こうへ再び帰る、決心に満ちた部下達の背を振り返る。
数台の迎えの車に、次々彼等が消えるのを見届ける。
そこへ、最後尾に居た、ターシャとレアールに引かれるレイシャが振り返った。
彼女は数秒、大きなグレーの涙目を震わせると、奥へ消える。
彼は音を立てて本を閉じた。
彼女の背に己の最後の失敗りを重ね、寂しげに笑うと、静かに闇へ消え去った。
― 感謝してる…お前は俺の、最高の利益だ……
……愛してる… ―
The End.
MECHANICAL CITY
ありがとうございました。
以降
キャラクターエンドクレジット
作者後書き
よろしければお進みください。
また、本作のバックグラウンド
及び解答、他作に向けたヒントを含む作品
SERIAL KILLER
~Back Of The Final Judgement~ 公開中。
本作に登場した、ヘンリーとレイシャの過去に遡り、MECHANICAL CITYと保安官の誕生話をお届けします。
ご興味ございましたら、是非。