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※ターシャ クロージングスペシャル
※約2350字でお送りします。
木々は延々音を立て、枝を揺らしている。
木漏れ日が落ちるアマンダの墓石を背に、ターシャは芝生に座り込み、海を呆然と眺めていた。
曇る眼を震わせながら、彼女は今でもずっと胸を自ら掴んでいる。
釈放、された。
指摘事項が無かった訳ではない。
しかし、彼女には死を確信させる瞬間が数多あった事に注目された。
ルークのデータによって確認できた、シャルの処分状況、並びに銃撃戦の巻き込み被害。
これは、撤退前にレアールから共有されたデータだ。
その他ターシャに向けられた発砲、及び船内の激しい乱闘への巻き込み被害。
未遂であれ、未承認医薬品の投与の可能性があった事。
暴力行為による被害。
そして、機動隊員の1人が現場で記録していた映像に残る、容疑者の異常発言と証言から判断された。
なにより、彼女自身に常習性、殺害目的が無いという事だ。
弁護士の力もあり、家族や世間の声も明るいものが大半だ。
それでも、彼女はこの結果に納得していないまま、この場に立ってしまっている。
「あたしは……彼等の話を聞かないといけない……」
彼女の行いにより、逮捕の機を逃したとも言える。
しかし証拠の様子や、未だ居所が掴めない点から、計画性に優れた犯罪組織であるとされた。
彼女は立ち上がると、足元を見る。
自分はこうして、助かってしまうのか。
「あたしには…知らない世界がある……
知らない事がある……
貴方達を…彼等を通して気付いた事がある……
教わった事がある……」
痛みと闇で溢れる機械の街。
日々、その存在を思い出す事で、次々と考えを巡らせるようになっていた。
アンドロイド達の言葉1つ1つは、鮮明に記憶している。
その裏には、痛みを負い、罪人と化した組織の影が合わさった。
「アンドロイド達を介して、何かを願っていたんじゃないかって思う……
自分が本当は、なりたかった人間……
自分が求めていた人間……
浴びせられた言葉を返していたのか……
もしくは言いたかった事なのか……
今は、そんな事を想像してる…」
ふと、消滅したあの地の方角を見た。
「あたしはあの場所を…彼等を忘れない……
彼等の場所が特定できたら…頼んでる事があるの……
その為に、あたしは変わるよ……」
光る水平線。
今は亡きあの地は、彼女の中で輪郭を露わにする。
ルークの家族は日々、組織の出頭を願って生きている。
彼の家族に会った際、ルークの話を沢山した。
けれども皆は耳を疑い、口を揃えて言う。
息子から掛け離れている、と。
他所で人と会っている時は、そんな風だったのだろうか、と。
だが、何もかも違っている訳ではない。
誰かを想って行動する所や、愛をはっきりと伝える様子は彼らしい。
一家で最もやんちゃで、なかなか聞き分けの無い自由な末っ子だった。
事細かに物事を深堀りし、論理的に喋る姿など想像できないと言う。
ターシャはまた、遠い何処かを眺めて考えていた。
では一体、自分は誰と過ごしていたのか。
確立してしまった悪の存在。
そのファクターを、ターシャは探していた。
取り巻く環境の歯車が歪み、それらの連鎖によるものではないか。
SOSを出せない。
削ぎ落とされた勇気と自信。
増幅する寂寥、孤独、怒りの果てに象られた、殺意。
この世にはまだ、足りない物があるのではないか。
自分の体を見つめ、考える。
両手足、目や耳がある五体満足の体。
決して、当たり前ではない。
奇跡的に設けられたこれらを、何の為に使うのか。
膨大な数の答えから、自分の答えと正しさを見つけたい。
大き過ぎる、無茶な夢だろうが、ロンが言う様にしたいのだ。
人を笑顔にし、幸せを共有し、輪を生み出すという事を。
両手を力いっぱいに組むと、彼女は祈る。
「守ってくれて……ありがとう……」
暫し風や音に耳を傾けた後、僅かに零れた涙を拭い、立ち上がった。
そして、静かに波打つ広大なサファイアブルーを眺める。
目を閉じ、深く、深く深呼吸した。
(あたしはもう一度…返ってきたんだから…)
穏やかに波打つ海から風が大きく吹き上がり、髪が宙で踊る。
それは強く、一瞬にして去った。
あの時聞こえた、2人の声の糸が擦り抜けた感覚にどこか似ている。
徐々に目を開け、空に向かって微笑んだ。
彼女は踵を返し、歩き出す。
「?」
今、誰か笑わなかっただろうか。
首を傾げ、数秒そこを振り返り、肩を竦める。
誰も居ないそこに再び背を向け、歩み始めた。
小さくなるその背中は真っ直ぐで、逞しい。
― きっとまた成功するわ ―
― ああ、絶対 ―
彼女が纏うボルドーのパーティードレスは、陽光を受けながら風に光を躍らせる。
明るく高い声は、どこか嬉しそうだ。
その隣では、ライダースジャケットが身を翻した際に、微かな乾いた音を立てる。
低く凛とした声で、彼はほんの短く呟いた。
2人は、未来へ立ち向かう彼女が見えなくなるまで、見守った。
陽光で帰り道が温かい。
人気が少なく、つい周りも気にせず考え事をして歩いていた時。
ターシャは向かいから来る男性にぶつかり、咄嗟に謝罪する。
その男性もまた、本を読みながら歩いており、彼女に気付かなかった。
ターシャは慌てて落ちた本を拾い、彼に返す。
「ああ、悪かったね..................ありがとう」
「いいえ」
清々しく、優しい声をした男性は、実に穏やかな笑顔を浮かべながら左手でそれを受け取ると、背を向ける。
ほんの束の間だ。
どういう訳か、歩み始めてからもその人が引っ掛かる。
目に留まったのは僅かだが、本にはリーダーシップとあった。
ターシャは目を見開き、慌てて振り返る。
散々聞いていたその声は―
そこにはもう、誰も居ない。
ターシャは、目を震わせる。
彼は、消えてしまった。
そのまま、ゆっくりと空を見上げる。
近いようで遠い。
大地からは捉えられる事の無い、冥界と呼ばれるそこは、遥か彼方に存在するのだろうか。
また彼等は、魂と化し、生者を守る使命を背負い、再び生きているのだろうか。
MECHANICAL CITY
12月5日 完結。18時に以下の3投稿を致します。
最終話
キャラクターエンドクレジット
作者後書き
また、SNSにて次回公開作品の発表を致します。
X/Instagram(@terra_write)
19:50~ 完結後 作者感謝メッセージ(必読)
19:55~ 次回公開作前書き
20:00~ 次回公開作発表
感謝はお伝えしたい為、お越しください。
次作は、気が向きましたら是非。