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ターシャの決意 スペシャル
※約2100字でお送りします。
退院した当日、数名の友人が訪れた。
目に余る程の祝いに、久しぶりの家庭料理。
温かい言葉。
最高に幸せな時間である。
何より、亡くなった筈のターシャの奇跡的な帰還だ。
アマンダやルークが助けてくれたのだと、皆が口々に言って触れてくる。
また時に、ヒーローだとも言ってくるのだが、とんでもなかった。
帰宅できていながら、心は何もスッキリしていない彼女は言う。
「あたしは……あたしは身勝手だったよ……」
行き場を失くした視線を、テーブルに立つシェルピンクのライラックに向ける。
初夏の花が、もう咲き始めているのか。
口を噤む彼女の頭に過るのは、“事実は変わらない”というビルの言葉。
花が優しく慰める中、合わさる様に母親が髪を撫でる。
いつだって、こんな温もりがある。
不安になれば、誰かがこうして触れてくれる。
これが当たり前だ。
しかし、そうではない人もいる。
久し振りの部屋は、実に懐かしかった。
香りもオブジェも、見ていて安らぎをくれる。
最後は、あの嵐の日。
発作に苦しんだ最悪の夜に、更なる悲劇が舞い込んだ。
淡い空間で、じっと思い出す。
悲惨な記憶だが、今は冷静に向き合っている。
心が癒され、考える余裕はみるみる生まれていた。
これもまた、実にありがたい事である。
だが、この様に自分を取り戻す事ができない人が、世の中にいる。
大きくベッドに腰掛け、目を落とした。
そこには、数々の福祉関連の職業資料が広がっている。
心理カウンセラーの資格や福祉ボランティア、その他にも障がいに関するパンフレット。
更にその横に寝そべるのは、カウンセラーから貰った犯罪心理学の書籍。
ターシャはそれに、そっと触れた。
自分の行いが怖く、沢山泣いた。
命の危険を連続的に感じた時間は長過ぎて、苦しかった。
しかし家族や専門医が丁寧に寄り添ってくれた事で、今の自分がいる。
ふと、退院の日に会ったカウンセラーの話を思い出した。
………
……
…
…
……
………
陽が射し込む病室の窓を背に、先生は静かにコーヒーで喉を潤す。
「だけど、この世界もまた、大変だよ」
ターシャの手元に重く圧し掛かる本を目で差しながら、先生は言う。
多くの影響を激しく受け、焼き付いているが、最も残っているのはルークの言葉だった。
“存在してはならないと言われる人の誕生を、
回避する。
誕生してからではなく、
もっと前から手を打つ必要がある”。
「例えば家族が犯罪者になってしまったら。
それを、どのくらい考えた事があるだろうか」
先生の表情も、言い方も優しいのだが、彼女は口籠ってしまう。
「………簡単じゃないさ。
だけどそれに向かっていく事は、世界を知り、
人を知り、自分を知る機会を得られる」
僅かに開いていた窓の隙間風を受け、クリーム色の柔らかなカーテンが靡く。
先生は、ベッドに腰掛けるターシャの前の椅子に座った。
「孤独や無力感。我慢ができない。
存在しない方がいいのではないか。
他にも沢山のネガティブな感情が重なる時、
揺れ動く。
“生きたい”と“死にたい”が。
自信がもてなくなり、塞ぎ込む。
そうなると、窮状がずっと続くと確信してしまう。
またそれを齎した者や環境、社会に対する怒りや
憎しみ、不信が強く出る。
そうして、視野狭窄が起きていく。
柔軟性を欠き、合理的な、客観的な判断を
導き出せない状態に陥っていく。
そして高い確率で、鬱状態になっていく。
やがてそれが、自らを死に至らしめる選択をとる事に繋がりやすくなる。
……簡単に言ったが、そんなプロセスがある。
それを辿って実行してしまうケースは、
日常で当たり前の様に起きている」
受け取った書籍を握るターシャの手に、力が入っていた。
「証拠品から出た虐待が事実ならば、脳に萎縮や変形が生じている可能性も出てくる。
例えば体罰は前頭前野、暴言は聴覚野、強いストレスは扁桃体にダメージを負うとされている。
目の前で両親や、誰かが人に暴力をふるう場を見聞きすれば、視覚野に影響が出る。
癒えなければ成人してからも関係無く、トラウマとして残ってしまう」
どこか張り詰める彼女を見て、先生はそっと微笑む。
「だから、サポートがいる。
彼もまた、助けられる命だった。
そして、守られるべき命だった。
彼の父親や、率いていた仲間も、
どうしているのやら…
救助に繋げる為にも、現れるべきだ。
一刻も早く」
………
……
…
…
……
………
現在の仕事は、辞める。
この手は何も、服を作る為だけにあるのではない。
ターシャは、自分の手を見て人生を振り返った。
この先、自分にどんな結果が下されても、いつかもう一度、誰かの力になる為に、自分の再生の為に再出発する。
自分の人生はありがたい事に、温かい家族や仲間によって、幸せと愛で満ち溢れている。
あの地で、酷く痛々しい人間を目の当たりにした。
未だ行方知れずの彼等は今、どこで何を感じているのだろう。
ここで生き方を見直した時、自分も未来を変えられるだろうか。
科学者ではないが、これから変わる自分のやり方で、未来を変えてみたくなった。
あの地で出会った彼等もまた、生きるべくして生まれた。
本当は自分の様に、幸せに生きられる道がどこかにあっただろう。
ターシャは窓辺に身を寄せる。
今度は人を、正しく、安全な場所で光らせたい。
窓の隙間から吹き込む夜風に、内から射す電球色を受けたレースは、優しく彼女を包んだ。
MECHANICAL CITY
12月5日 完結。18時に以下の3投稿を致します。
最終話
キャラクターエンドクレジット
作者後書き
また、SNSにて次回公開作品の発表を致します。
X/Instagram(@terra_write)
20:50~ 完結後 作者感謝メッセージ(必読)
20:55~ 次回公開作前書き
21:00~ 次回公開作発表
感謝はお伝えしたい為、お越しください。
次作は、気が向きましたら是非。