[3]
「食べられそう?サンドイッチ」
ターシャは食卓につくと、母親に小さく頷いた。
「洗い物、できそうならお願いしていい?
もうすぐ行かないと」
流れで母親が依頼してきたが、彼女はすぐ余所見しながらカップに口を付けた。
思い切って頼んだのだろう。
不安定な娘に対し、どう向き合えばいいのかずっと考え、悩み、今この瞬間まで気遣っている。
以前まではそうされる事も堪らなく嫌で、放っておいて欲しかった。
だが、何だか今日は違った。
「いいよ。やっとく」
勝手に零れた返事には少々意欲があり、ふと笑みも浮かべる。
両親はそれについ驚き、久方振りに家庭に家族の光が灯った。
新聞が畳まれる音がし、父親がジャケットをスタンドから取っては隣にやって来た。
「行ってくるよ。今日は?出かけないのか?」
「その前にネクタイはしなくていいの?」
ターシャの指摘に夫婦で目を丸くさせると、笑いが零れた。
「そうだった。どれがいいかな」
「あたしがあげたやつ。そのスーツに合うから」
紺色にストライプが入ったデザインのそれは、その姿を一気に引き立たせる。
娘の言葉にとてつもなく嬉しそうな表情は、一層爽やかさを増した。
「私も支度するわ」
母親もまた、安堵する表情で席を立つ。
「アマンダの…」
ターシャの口から、自然と零れた。
ふと、葬儀に行っていない事が蘇る。
「アマンダに………会って来る……」
「……1人で平気なの?」
母親の言葉に顔を上げる。
「大丈夫……どの辺かな」
父親が顔色を気にし、そっと肩に触れた。
「週末に一緒に行かないか?」
本当はそれがいいのだろうけれど、気分は違った。
行かないといけない様な気がするのだ。
ターシャは首を横に振ると、父親に微笑んだ。
「ありがとう。でも平気……話したいから…」
その言葉にまだ心配はあるものの、両親は尊重した。
両親と別れ、ダイニングの片付けを済ませる。
部屋に散らかったままの物を一通り箱に詰め込み、クローゼットに押し込んだ。
また引っ張り出したい。
出して見せる。
そう胸に言い聞かせた。
着替えようと姿見に映る自分に目をやる。
何だか懐かしい気持ちになりながら、押し込んだ箱の上にかかる数々の服を眺めた。
その手は自然と、長袖の白いシャツワンピースが掛かるハンガーを掴んだ。
「……これでいっか…」
色々選ぶつもりが、不思議と直感で手に取り部屋着をベッドに脱ぎ捨てる。
脛の半ば辺りまでの丈だが、ライトブラウンのレースアップベルトを巻き、丈を膝の辺りにまで調整した。
姿見に映る自分からは徐々に、纏わりついていた重い物が取れていく。
気が付けばアクセサリーにまで手が伸び、わくわくしている。
細めのダブルラインバングルにピアスは、窓からの陽光がを受け、控え目なゴールドの輝きを与えた。
「よし…」
下りてきては、用意していた小さく束にした庭の白のカーネーションを手に取る。
黒のレースアップブーツを履くと、何の躊躇いも無くドアを開けた。
柔らかな陽光は一気に全身を温め、眩しさについ手を翳す。
風が体中の隙間を擦り抜けた。
空気を大きく吸い込むと、そこらから漂う花の香りが鼻腔を擽り、小さくくしゃみが出る。
心地よさに揺られ、軽い足取りで彼女は出かけた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。