[8]
本章のスペシャル回 1本目。
後に残り2本をお届けします。
レイシャはシャットダウンした画面に視線を落とすと、顔にジワジワと恐怖を滲ませていく。
焦りが込み上げ、やがて、いつまでもそこに立つヘンリーに接近しようとした。
だが、突如手を掴まれる。
「放してレアール!放してっ!」
レイシャは懇願の叫びを放つも、彼女は聞かない。
その態度に思わず頬を引っ叩き、涙ぐむ。
「お願いっ……」
レアールは数秒置き、レイシャをそっと解放した。
レイシャは、プラットフォームからガレージに上がったヘンリーの両腕に掴みかかり、引き寄せようとする。
「どうしてよ!ねぇっ!
貴方だって!貴方だって来ていいっ!来てっ!
一緒に生きてていいっ!」
その叫びに周囲も察し、ヘンリーを引き込もうとする。
だが、レアールが即座に彼等を抑制した。
ヘンリーは、船内の騒ぎから大きく掻っ切る様に顔を背けるのだが、左手は乱暴にレイシャを抱き寄せてしまった。
機械音を立て、力いっぱい彼女を胸に拘束する。
その力は凄まじく、彼女の胸部は圧迫され、息は徐々に詰まっていく。
掴まれる肩に痛みが走った。
彼女はその腕を解放させようと殴り、苦しむ声を漏らす。
彼の頭の中で、記憶が走馬灯の如く走った。
ここへ完全移行する日も、彼女はこんな風に泣き付いた。
予想外の事で、必死に振り払おうとした。
殺人犯である自分に、本当は付き纏わせたくなかった。
だが、出来なかった。
彼女の友人の自殺をその場で知り、突き放す手が止まってしまった。
友人に続き、自分までも立ち去ろうとしている。
それは彼女にとって、連続的に居場所と生きる意味の殆どを失う事になる。
また彼女は、自分自身の事も責め続けた。
突き放せば何が起こるのかを想像すると、つい、目を合わせてしまった。
否。どれも言い訳だ。
そんな日のそんな時に、再び出会ってしまった。
二度と会えないと思っていた彼女との、最高で最悪の再会に、機械の手が離れなかった。
しかしもう
「独りじゃない……行け…レイシャ……」
彼は顔を突っ伏して表情が分からないが、藻掻き苦しむ彼女の耳元で、とても緩やかに言葉を囁いていく。
だが、今の彼女にそれを上手く聞き入れられる訳がなかった。
ただただ解放を求める苦痛の声が、勝手に絞り出される。
あと、少しでいい。
その利き手は反射的に拘束を解き、右手に動きを切り替えていく。
息苦しさから開放された彼女は、大きく息を吸う。
そこへ、髪に何かを感じた。
職業柄細い指に一切の自信は無く、激しく怯え、震えていた。
それでも彼は、中指と人差し指でそっと彼女の髪を撫でていく。
彼女の両手は冷えてゆき、汗で湿る彼の黒い肩に、虚しく指先が乗る。
髪を滑り落ちた不器用な手は、直、彼女の左肩を優しく叩いた。
「っ!?」
震える囁きの間に、やっと一言が零れ落ちる。
レイシャは堪らず身を離し、ヘンリーの目を捉えた。
彼は自ら呟いていながら、目に僅かな驚きを浮かべている。
ユラユラと首を振る彼女を捉えると、弱々しくだが、微笑んだ。
これまでに無い行動を取る彼を見て、部下達は居ても立っても居られない。
だが、レアールの抑制に敵う訳がなかった。
レアールは部下達を転倒させた後、脱力して声を失うレイシャを船内へ引き込む。
しかし、隙を見たイーサンがレアールの脇を擦り抜け、ヘンリーの胸倉に掴みかかった。
「従えるか!目ぇ覚ませ!あんただって必要だ!」
怒りに血走る目は震え、右拳を掲げて怒鳴る。
殴ってでも船内へ引き込もうとするが、ヘンリーは左手でイーサンの首を掴んだ。
ガレージに上がって直ぐの所で、イーサンは拘束してくる彼の左腕にしがみ付く。
息が苦しくとも、鋭利な目を向け続けた。
「曝露でイかれたか…とっとと行け…
王の命令は絶対だろ……」
ヘンリーは言い終わると、悪戯に笑みを浮かべて見せる。
イーサンは尚も抗い、声を絞り出した。
「いいっ…俺も残るっ…!
あんたが不要ならっ…俺も不要だっ…!」
その言葉にふと、ヘンリーは眼差しを和らげる。
「言ったろう……そんな奴は居ない……
俺はここ…お前は未来……それだけだ…」
イーサンが更に口を開こうとした途端、ヘンリーは義手のロックを外し、身を引いた。
首を掴んでいた手は瞬時に緩み、イーサンは咽ながらその落下を防ぐと呆然とする。
顔を上げると、ヘンリーはそっと頷くまでに留めた。
船内の皆は、乗ってくれと手を伸ばし、声を上げようとするのだが
「彼はもう、貴方達のトップではない」
それに皆が凍てついた瞬間、ガレージの扉が激しく開け放たれた。
ビルは颯爽とヘンリーの横に来ると、未だ下船しようとする部下達を船内へ追い返す。
その間、レアールがコックピットへ移動し、シフトレバーが倒された。
それに合わせ、ビルはプラットフォームを力いっぱい足で押す。
ボートは数秒して最高速を出し、みるみる距離を取った。
「嫌…嫌…待って…待って!」
レイシャは尚も駆け寄ろうとするが、躓き、力無く崩れる。
(…なん…で……)
最後の一言が焼き付いてならない。
どうして、言ってしまうのだ。
互いが自然に成立させていたルールではないのか。
一方、このふざけた事態に、イーサンはプラットフォームから飛び出そうとするのだが
「これは彼が唯一、嘗てより決めていた判断であり、最後の望み。
彼の為でもあるこれに、従わない選択は無い」
エンジン音を上回るレアールの声が、その場の全員を縛り上げた。
ビルは、このガレージに着くであろう機動隊と対面するべく、待機に入る。
ヘンリーは静かに扉を開けると、遠ざかる部下達を振り返った。
一時、辺りが無音と化す。
部下達が微かに捉えた彼の顔は、落ち着き、真っ直ぐな目をしていた。
昼の陽光が、ヘンリーの目に僅かに差し込む。
震える目は、遠ざかる部下達を瞬き無く捉えていた。
こんな最悪の地で、彼等は変わった。
皮肉なものだが、それでいいだろう。
ふと、右口角を上げて笑った。
そこに、白光を纏う細い糸がビルをフワリと這う。
「―結局、気張りっぱなしの舵取りだな。
ON/OFFが無いせいで、おかしくなっちまったか―」
いつか、ここでトップとして勤め始めた頃、悩んでいた。
そして貰ったその言葉は、今は妙に変化している。
ヘンリーはこちらを見向きもしない彼に横目を向け、歪な現象に鼻で笑った。
「最悪の助言に感謝だ……
お陰さんでこの通り…最高実績だ……」
消えかかる様な言い方と共に、彼は扉の向こうへ颯爽と消えた。
轟々と燃え盛る拠点が、遥か遠くに離れていく。
プラットフォームに出ようとするレイシャの背を、レアールは突き刺す様に止めた。
「彼の言葉を、よく聞くのね」
尚も顔を突っ伏したままのレイシャだが、動きは身震いしながら止まる。
部下達はそれを背に、コックピットを振り返る。
「― 生きろ。
誰が、どこで、何と否定しようとも、君達は必要だ。
積み上げてきた物を通じ、今、我々は繋がりを得た。
どこで、どうあろうと、想い、遺る。
策を、選択を、仲間を、能力を信じ、己を悉く貫け。
それはこの先も、人類が美しく、
長く在り続ける為であり、未来の為だ ―」
レイシャの左肩は疼き続ける。
やっと寄り沿う事ができた大切な存在が、遠のき、歪み、崩れていく。
息は、今にも止まりそうだ。
「レイシャ」
レアールの力強い呼びかけに、彼女は未だ応じない。
「私は、貴方と彼の役に、最後まで立つわよ。
また、会えたのだから」
途端、レイシャは肌を粟立て激しく振り返り、目を見開いた。
聞いた事の無い発言に、震えが込み上げる。
柔らかく、しかしどこか強さを含んだ言葉。
最高速のボートが立てる飛沫を浴びながら、レアールはゆっくりと肩越しに振り返る。
その動きと共に、白光を纏う細い糸が一筋、彼女の髪に沿って靡き、消えた。
その後、口元だけでレイシャに微笑んだ。
MECHANICAL CITY
12月5日 完結。18時に以下の3投稿を致します。
最終話
キャラクターエンドクレジット
作者後書き
また、SNSにて次回公開作品の発表を致します。
X/Instagram(@terra_write)
20:50~ 完結後 作者感謝メッセージ(必読)
20:55~ 次回公開作前書き
21:00~ 次回公開作発表
感謝はお伝えしたい為、お越しください。
次作は、気が向きましたら是非。