[3]
※約1830字でお送りします。
#12. Complete 細胞の記憶 [1]
保安官達の視線は上空を向いている。
赤い沿岸警備隊のヘリが敷地内を確認すべく
近い距離を緩やかに旋回した。
「!?」
火災現場から外れたレイシャは、サウスとイーストを繋ぐ連絡橋で目の当たりにしたヘリに、顔を強張らせた。
彼女の手足、顔には、経皮曝露により僅かな皮膚の炎症が生じている。
限りある防護服とマスクは部下に全て回し、未着用だった。
ヘリが立ち込める黒煙に視界を覆われている。
その更に向こうからは、小さく複数の厄介者達の船が観測できた。
最悪で絶望的な状況に全身が震え、冷静さを欠いている。
ここでのあらゆる出来事が、勝手に脳内で再生された。
この場所が失われる。
それを疾うに構えていたヘンリーだろうが、彼女には、彼程の心の準備ができていなかった。
邪魔するなと心底叫びたくなり、自然と体が手摺りに伸びる。
今でも小さな爆発が続くフロアでは、仲間の大半が負傷し、イーストのガレージへなんとか移動しているところだ。
薬品が招く歪な炎は、薄青さを混ぜる朱と赤で、あの白を基調とした空間を全て覆いつくしている。
ターシャの攻撃により負傷していた部下2人は、過度な煙の吸引により意識が朦朧としていた。
救助は何とか間に合い、応急処置を受けている部下達のボートは、間も無くここを出る。
撤退に向けての準備は完了していた。
海洋バイオテクノロジー研究所であるノースや、メインの研究施設サウスとウェストからも、予め持ち出すと決めていた物資を積んでいる。
蒸気が発生した事で生じる、目と気道への刺激。
皮膚の炎症、嘔吐、幻覚、幻聴にショック。
更に、発がん性物質。
この拠点で備える数々の薬品が混合して招いた惨事は、更に追い打ちをかけて炎を上げた。
「レイシャ!」
突如、イーサンが彼女に激しく飛び付く。
彼が体を押したのか、爆風が押したのかは分からない。
気付けば2人共、イースト入り口まで大きく吹き飛び、全身に衝撃を受けた。
サウス入り口が爆風と炎に破られ、高々と黒煙を上げる。
そのまま巨大な火柱と化す光景に、レイシャは更に言葉を失った。
橋は揺れ、軋み音まで上がる。
継ぎ目が揺れる今、ここは落下するだろう。
「立て!」
脇に居た彼に強引に腕を引かれ、そのまま住居であるイーストへ飛び込む。
橋が徐々に、傾斜を作っているのを振動で感じた。
「彼は!?」
「下で落ち合う!」
イーストでは、有事の時以外にゲートは開放しない。
現状から正に必要とされるそこは、緊急脱出ルートだ。
警報が鳴り響く階段を、2人は無言で駆け下りる。
激しい息遣いだけが尾を引き、螺旋を真下に描いていった。
薄暗いそこは、外からの爆発音を再び受け、横揺れする。
混乱するレイシャを気にして、イーサンは時折彼女を振り返る。
頭の中では、爆発前に話していたヘンリーとの通話が勝手に思い出された。
………
……
…
…
……
………
レイシャを介して出された撤退命令を、部下達は一時無視した。
全員が、消火できる可能性と意地に縋った。
しかし、結局手に負える訳が無いと思わされた時。
レイシャは突如、フラフラと連絡橋へ出て行った。
もう、司令塔としての役目を果たせなくなっていた。
まるで何かが、膨大な速さで彼女の正気を奪っている様に思えたイーサン。
現場で幾度となく彼女を呼んだが、全く届かなかった。
被害が拡大するだけの状況だ。
彼は全員に改めて撤退命令を放ち、イーストへ促す。
その後、不安定な彼女を追いかけたのだが、スマートフォンが鳴り、ガラス扉を出た所で立ち止まる。
「何処に居るんだ!?もう出るぞ!」
出るなりヘンリーに吠え飛ばすと、酷く咽せ、息が上がった。
ガラス扉横の壁に背を預け、返事を待つ。
しかし、彼は相変わらずの物言いで、命のリスク回避を優先するよう指示するばかりだった。
それに苛立ち、イーサンは強引にその緩やかな発言を遮る。
「馬鹿にすんな!んな事分かってる!
でも簡単に何でも従えねぇんだよ!
そういう人間の集まりだっての、分かってんだろ!
あんたが選んだ部下だ!
ここは居場所だった!あっさり見放せねぇんだよ!」
また、やってしまった。彼は直ぐ後悔する。
落ち着けと、背後の壁に拳を叩きつけながら言い聞かせた。
悔いと怒りに震えながら、小さく謝罪する。
それでもヘンリーは、後に自分が合流する事と、整ったボートから出させるよう静かに伝えるだけだった。
「もう全員下りてる…さっさと来てくれ…」
通話は無言で断たれ、イーサンは深々と溜め息をついた。
その後、棒立ちになるそこに熱波が襲い掛かる。
このフロアを中心に、サウスは巨大な揺れを起こした。
不意に舞い込んだ爆発の兆候に彼は目を剥き、反射的に踵を返す。
そのまま、連絡橋でしどろもどろするレイシャに瞬時、飛び付いた。
………
……
…
MECHANICAL CITY
12月5日 完結。18時に以下の3投稿を致します。
最終話
キャラクターエンドクレジット
作者後書き
また、SNSにて次回公開作品の発表を致します。
X/Instagram(@terra_write)
20:50~ 完結後 作者感謝メッセージ(必読)
20:55~ 次回公開作前書き
21:00~ 次回公開作発表
感謝はお伝えしたい為、お越しください。
次作は、気が向きましたら是非。