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無期限の休暇を余儀なくされ、1週間。
ベッドに佇み、窓からじっと夕日が海に触れるのをただ眺めていた。
次第に沈んでゆき、マッドレッドは徐々に水平線の向こうへ消されていく。
それと共にターシャの部屋からも射光が消える。
微かな波の音が潮風に乗って吹き、上半身をレースがそっと撫でた。
彼女が住む場所は、会社がある街とは比べ物にならない程静かで、穏やかな田舎の風景を漂わせている。
休暇を再び与えられてから1歩も外へ出ていなかったが、やっと外が恋しいと思える様になってきている。
気分転換をする気力すらも沸かず、家で俯いていたその顎も、上がるようになっていた。
ベージュの絨毯には、沢山の仕事に関する物が散乱していた。
他社がデザインした作品の写真や、自分のデザインの下書き。
他にもファッションに関する雑誌やその切り抜きが、ベッドにまで散らばっていた。
白い壁には、友達との思い出の写真がコルクボードに留められている。
その中には自分のデザインが採用され、受賞した時の物も混ざっていた。
賞状はしっかりとした額縁に入れられ、デスクの傍に暗く佇んでいる。
机の上には鉛筆や色鉛筆が転がり、コンピューターの画面はずっと暗いまま。
一体いつから触れなくなったのか、キーボードには埃が積もっている。
完全に日が沈み、部屋は暗くなった。
ふと、天井を見上げる。
幼い頃、父親が貼り付けてくれたフロレセントの12星座がこちらを見下ろしていた。
「……Aquarius」
水瓶座にそっと囁いた。
そこへ窓から何か小さな硬い音が転がり、振り返る。
窓枠に、ちっぽけな黄金虫が着地に失敗し、仰向けで藻掻いていた。
その体勢は戻ると、後ろ羽を剥き出し、前羽を開いては閉じてを繰り返している。
頭はエメラルドで、羽は薄茶色。
何がしたいのか。
飛びもせずまるでコンピューターのフリーズ状態を思わせた。
人差し指で背中を撫でると驚いたのか、足を広げ、地面に這いつくばる。
僅に笑みが零れた。
「……あんたいいね…」
一向に動く素振りを見せないそれを凝視する。
「アマンダ見た…?
…夜はそこで眠ってるの…?」
星座に目が向き、撫でる指がいつの間にか止まり、窓枠に落ちていた。
風がまた、吹き込んだ。
レースが大きく煽られ、上半身をその中に包み込み、隠した。
「外に…出たい……けど…」
すると黄金虫が突然飛び立った。
短く声を上げ、仰け反ってしまう。
そして手を窓枠に付けては僅かに顔を外へ出し、飛び立った方向を探る。
すっかり夜に溶けて消えたそれは、代わりに彼女の目をそのまま晴れた夜空へと導いた。
賑わう街から離れたここはまだ、星がよく見える。
「ターシャ入るわよ」
ノックに気付き振り返ると、母親が細くドアを開け、顔を覗かせた。
ドアが微かに軋む音が部屋に響くと共に、暗闇に満ちていた部屋を廊下からの明かりが差し込む。
そこからは夕食の香りも漂った。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。