[15]
イーストに続く連絡橋に出ると、黒煙が忽ち高く立ち込める。
それは再び、咳の症状を齎した。
ただの煙ではない。
吸い過ぎては毒になる。
ヘンリーは足早にイーストに向かった。
その背後には、様子を気にするルークが付いている。
そこへ、正面のガラス扉からジェレクが現れる。
部分的に焼け焦げた服装は、細かな穴を見せていた。
煤も僅かに観測できるが、動きが速かったか、大きな損傷は無い。
彼の背には、退室する前に装備したショットガンが掛かっていた。
「部下共が馬鹿みたく消火活動してるぞ。
被害を抑えようと。
補佐官の指示の元、俺達は外側のみに付いてる。
あいつ等、偉くここが好きなのな。
あんたの言う最終判断とやらに、ピンときてねぇ様だぜ。
俺等の方が空気読めてんじゃん」
強風と黒煙に服や髪が小刻みに靡く。
その中を時折、火花が舞った。
ヘンリーは小さく溜め息をつくとスマートフォンを抜く。
その横で、ルークが目を丸くさせた。
「消火?できる訳ない、それじゃ死者が出る!
ターシャはアマンダに任せられる。
俺、下に行くよ」
途端、彼は来た通路を引き返そうとした。
しかし、ヘンリーは左手で即座にそれを止める。
「死なせる訳にはいかない。
それはトップも同じだろう」
それでも彼は、何も言わず静かにルークに首を振り続けた。
そこへ再び、下から爆音が轟く。
連絡橋が激しく揺れ、下の階でガラスが飛散する音がした。
炎の先が見え、今にも上階へ燃え移ろうとしている。
「おい新型ぁ」
ジェレクの声にルークが視線を向ける。
彼は颯爽と接近すると、ヘンリーの腕から容易く彼を引き剥がし、連絡橋の縁に背を叩きつける。
すぐさま彼の胸倉を掴み直し、今にも真下へ落とそうと、縁の外へ彼を押し出していく。
「てめぇの任務はあの放火魔の護衛だ。
とっとと付いてろ」
ルークの上半身が縁の外へ出ていくが、ジェレクの掴みかかる腕にしがみ付き、落下を止め続ける。
「負傷者が増えてる!
引き摺ってでも下ろさせる!」
「トップが話をつける」
「それでもだ!」
ルークはジェレクを大きく押し返し、イーストから火災現場のサウスに移る判断をし、ガラス扉に駆けた。
ジェレクはそれをすぐさま追う。
ガラス扉が開いたと同時に、慌てて上がって来たハッカーの部下が目を見開いた。
2体が真正面から激しく、また、高速に駆け込み階段扉へ消え去るのを見送る。
彼は、緊急事態を伝えにやって来た。
「トップ!この煙のせいで、厄介なのが来る!
俺が時間稼ぎするから、早くガレージ行きな」
彼はそう言って、常に抱えている自分のラップトップをヘンリーに揺らして見せる。
悪戯な様子を含めた得意気な顔は、どこか楽しげだ。
「後、もう敷地内のデータ抹消と、必要な分は移行させた。
ボートの位置特定させないように、ガードも完璧。
トップがする事だけに集中しなよ」
そう言って再び屋内に戻ると、ヘンリーも即座に中へ入る。
イーストの屋上で、企みを実行するつもりか。
やって来た彼は、階段扉に向かおうとする。
「お前…」
いつも掠れた聞き取りづらい声でも、部下は振り向く。
しんとする住居が並ぶ廊下には、轟々と鳴る火災音。
数秒目を合わせると、ヘンリーは続けた。
「……様に…なったな…」
「ああ。もう蹴落とさせやしねぇよ」
ハッカー集団から排除された彼。
とある廃退地区の射撃場で雇われていた彼は、その時の扱いもまた酷く、解雇されるところを引き取った。
ヘンリーの顔の様子も、分析し慣れている。
何かを心配するような目と、言葉を選んでいる様子。
その顔を見た彼は、階段扉から顔だけを覗かせて言った。
「ご心配無く。ちょっと揶揄ってやるだけさ。
後でな!」
MECHANICAL CITY
本作連載終了(12/5完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。