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愛だの家族だの、もう耳障りでならない。
それらが本来どういうものなのかを知る事すら、もう無駄だった。
「ターシャの愛するという説明には
“する”の他に、“してくれる”、“される”
という言葉が使われていた。
従うという事ならば、任務と同じか?
頼まれた事をやり遂げる事も、愛するってやつなのか?
でも、その息遣いと体温と表情からは、一致しないな。
大事にされ、守られる事も、愛する事であるのなら、トップは何故そんなに長く痛みを伴うんだ?
……ありがとうってやつを、言われていないから?
頼んだ事をしてくれた時、感謝する事を意味する様だけど、それが有るのと無いのとで違ってくる可能性があるのか」
不味い空気に、少々咳が出る。
そこへ更に、後味の悪いやり取りばかりが続いた。
しかしこうも聞き入ってしまうのは結局、彼に興味がある。
そんな場合ではないと言うのに、いつまでも自分は、厄介な生き物だ。
ヘンリーは、顔を正面に向けて言う。
「俺がやるそれは一方的なもんで、その子が言う心地いいもんとは別もんだ。
環境が違えば生き方も、得るものも違って至極当前。
俺は不要な殺人鬼だ。
感謝なんてもんからは無縁だ。
ここまでだ。もう喋るなっ…」
震える声には、悲しみと焦燥が乗せられていた。
これまでよりも早口で、最後は吐き捨てる口調になる。
発言を止めたルークを前に、ヘンリーは項垂れた。
左腕がゆっくり耳を塞ぎ、手は頭に触れ、髪を握る。
それは、今にも毟り取りそうだ。
ルークは彼に近付くと、その震える肩に手を差し出す。
「どうしてデータが無いのか、よく分かったよ。
もう、思い出す訳にはいかないんだね。
………そんな風になってしまう環境は、俺も嫌だよ。
それもまた…簡単に許す訳にはいかないな」
廊下から差し込むサイレンと警報ランプは、2人をぼんやりと照らし続けている。
「行こう」
ルークが手を差し伸べても、ヘンリーはそれを横切るだけだった。
その足取りは錨を引き摺る様で、フラフラと武器庫に向かっていく。
過去に対する憎悪を滾らせていた。
汗で湿った髪の隙間から垣間見える目は、生気を失っている。
左手は、徐にハンドガンを掴んだ。
ボディの黒とシルバーが、警報音と共に放たれる赤で点滅する。
外向きに角度が付き、静かにマガジンが高音を立てて滑走。
殺意の重量が加わると、握り、静止する。
その間、嘗ての数々の悲鳴や苦痛が脳裏に走り、消えた。
1丁と1人の、時化たちっぽけな空間。
変わり果てた利き手に視線が移ると、鼻で笑い飛ばす。
ヘンリーが右側のベルトフックにホルスターを装着した時、これまでよりも大きな爆音がし、地響きがした。
彼はデスクのラップトップを取りに戻ると、ルークの背後を通過し、廊下を出た所で立ち止まる。
「………あの子と…居てやれ…」
「そうするよ。
ところで、何でトップまで銃を持つんだ?」
廊下からの連連たるサイレンと共に、互いの体は赤い点滅を浴びている。
それに何も答えず、彼はその場から立ち去った。
しかしルークは指示を聞かず、ずっとその背中を解析し続ける。
どのくらい前からなのか、体内の働きがずっと不安定だ。
不整脈も観測でき、全身に重みを感じる程の倦怠感があるのか。
それを可能な限り隠してきている。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(12/5完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。