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※約1700字でお送りします。
「撤退なら、トップも早く準備した方がいい」
ヘンリーは何も言わず、スマートフォンを抜く。
だが、手はダイヤルしかけて止まった。
トラウマによる息切れが小刻みに零れ、発声をやはり邪魔してくる。
一時目を閉じ、指令を送信する事に切り替え、文字を高速にタップし始めた。
この場に掛かる靄に濃さが増し、薬品の臭いが入り混じる。
その時、ルークはヘンリーのラップトップに目を向け、ある事を問う。
「ターシャを植物人間にしたのが俺だって、本当?」
その声にヘンリーは、黙ったままラップトップを彼の方にそっと寄せた。
数秒それを見つめたルークは、キーボードに触れ、遺体データを探っていく。
そこからターシャと自分のデータを開き、照合した。
「……そうか...接触してしまったのか。
そして、俺は転落してそのままここに運ばれてきた。
だから家族を知らない。
彼女が言う家族ってのが、俺が思うものと一致しなかったのはそういう事か」
ヘンリーがジリジリと流し目を向けた時だった。
まるで疾風か。
瞬時、部屋に籠り始める異臭が途切れる。
観測が追い付かず、サイレンが鳴り響く空間は刹那、激しい打撃音に消された。
ルークの左手はヘンリーの首を掴み、レイシャのデスク横の曲面ガラスに叩きつけていた。
またヘンリーは、左手でそれを掴んで制御している。
互いの利き手は、軋む程に震えていた。
殺してやる。
殺させやしない。
その2つが衝突し合う中、ヘンリーは小さく苦笑を浮かべた。
やってしまった。
こんな感情まで、彼に伝えてしまったのか。
ルークの握力と打撃で、人間であるヘンリーは容易く即死させられるだろう。
しかしまだ、彼はそれをしていない。
ヘンリーの手は、ルークの手首に加えられる限りの力を込め、握力に制御をかけ続けた。
「彼女は言った。
亡くなった人は、遺族に安らかに眠れる様に祈られながら、火葬や埋葬されるものだと。
しばらく考えてみて、思ったさ。
それはきっと遺族も、亡くなった人に告別し、落ち着いて先を生きる為に、そうやって整理をつけるんじゃないかって」
互いの力は緩まない中、ヘンリーは、無言で彼の言葉を聞いている。
その顔には汗こそ流れているが、どこにも焦りが無く、目は闇に落ち、虚ろだった。
「あの島のオーナーは、人には其々、繋がりがあると言った。
俺には俺の家族が居る。
つまり、俺の家族は俺と対面できず、整理がついていない可能性がある。
それはまた、彼等を悲しませている事になる」
ルークの顔は顰め面になっていく。
他とは違う搬送手段で自分がここに来た事を、改めて確認した。
ヘンリーの首を掴む腕は、みるみる痙攣を起こし始める。
「………えっ……せっ……」
その言い方にヘンリーが目を見開き、咄嗟に左腕の装着口を掴んだ。
途端
「何で返さなかった!?
返せよっ!俺を直ぐ返せよっ!」
その怒鳴り声は、あの時のアマンダから学習したものだった。
ルークが元の表情に戻るのに2秒以上要し、やっとヘンリーの首が解放される。
自分が殺されるべき者と分かっていても、彼にそれをさせる訳にはいかなかった。
そればかりは腕を壊してでも、阻止したかった。
だが、今はすんなり解放された事に驚いている。
右手で首に触れ、荒い息を吐きながら目を逸らした。
ルークは手を2回払い、片手を腰に当てる。
「補佐官は…変わったのか……」
ヘンリーは壁に背を預けたまま、俯き、小さく咳払いした。
「………俺が……そう…した…」
ルークは何も答えず、ヘンリーを細部に渡って観察し始めた。
「………俺の解析は…するな……無駄だ……」
「むだ?何だ?それ」
あまりいい意味に感じ取れないと見て、眉を寄せる。
その返答を得られなかったルークは、そのまま解析を続けた。
「俺が怒鳴る前の言葉で、義手の装着口に触れた。
目の色も急に変わった」
何事も無かったかの様に、疑問の仕草を見せながら続ける。
「その手にも結局、満足してないな。
今までの様子や、さっきの俺の言葉に対する反応を見る限りだと、返して欲しい、か。
また、俺の呟きもきっと、誰かに言った事がある、もしくは同じ様に呟いた事がある。
その気持ちは今も継続し、解消されていない。
ずっと痛くて、苦しいままだ」
ヘンリーは、焦燥に震える目を閉じていく。
「もういいっ……無駄だっ……」
MECHANICAL CITY
本作連載終了(12/5完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。