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※約1850字でお送りします。
サイレンのけたたましい音と、点滅する赤が、暗い持ち場に入り混じる。
それ以外に何も無い空間で、ヘンリーはふと、これまでの様子をじっと眺めていたルークを振り返った。
「………あの子の位置は…」
「火災現場から離れて、ウェストに向かってるみたいだな。
吸入曝露や経皮曝露はあるだろうけど、移動ができる程だから命に別状は無いよ。
多分このまま、ビルとアマンダと合流する。
彼女もまた、随分なものだな。
許せない事があると、こうなるのか」
ヘンリーは間を置き、それに小さく頷く。
許せない事がある事で何が起こり得るか。
それもまた知っているが故の、それだ。
ヘンリーはデスクのラップトップを開く。
ルークはそこに近付くと、首を傾げた。
「何でだ?リスクがあるのに」
この事態を他所に2人は、冷静に話しを始める。
素朴な質問を横に、ヘンリーはある作業に入る。
ビルから返却されたコンパクトデータコレクターのコネクター部品を、コンピューター用に取り換え、挿し込んだ。
何か準備をしていたのか、キーボードを打つのではなく、クリックパッド上で手先を動かし、複数の纏めていたファイルを移動させている。
「…………君が…向こうで話していた事に似てる……
それとは別に……強い感情もあるが…………
あの子は既に…貫き…やり遂げる事を決めている……」
作業から目を離さないまま、一呼吸置いて続けた。
「…………ここの決定と同じだ……
中身こそ…違うがな……」
彼のこめかみからは、汗が一筋流れ落ち、デスクの影に消える。
「…………決定や宣言を貫く事は……
肯定的に捉えられ……
多くの場で…承認も得やすい……」
別の画面が開くと、そこにもデータが次々と出現した。
それを全て選択し、次々と挿し込んでいるそこに移していく。
容量の都合で数秒かかる間、前屈みになっていた上体を起こし、進行状況のゲージを見下ろした。
「…………また一方で……
行動の選択を広げる必要が無くなり……
状況に応じてどう動くか…
自然と決まるようになる……」
画面にコンプリート表示が出ると、疲労を見せる目を左右させながら、最後の移動作業に入った。
「つまり……
既に…ここを壊し…
我々を察に突き出す事を決めている彼女は……
それに向かって…進む事だけに意識する………
何かを決める事もまた…1種のストレス……
それをする頻度を削減する……
それもまた…メリットだ……
深く考える必要は…彼女にはもう無い……
この地でならば…特にな……それに…」
データの移行作業が完了するとそれを抜き取り、ポケットに再び仕舞いながら、ルークをそっと振り返る。
「…………俺の声は特に…もう……聞こえないよ…」
言い終わりには、力無い笑みが含まれていた。
ルークは黙って聞く最中、何かを返答する事もできただろう。
だが、それよりも気になる事があった。
「……ずっと隠してる。
さっきから、痛いんだろう?」
彼は解析でき、また、してしまう。
もう、部下はここに来る事は無い。
ヘンリーは堪える事を一時止め、デスクに両腕を付くと大きく項垂れた。
息を整えようと、深呼吸をする。
倒れる訳にはいかない。
こめかみから伝った汗を、顎下で拭った。
この事態に驚きはしたものの、この生き方を決めたと同時に、長続きしない事もまた、分かっていた事である。
いつか、遂に己が豹変し、崩壊したあの時。
ただでさえ有限である命を、自ら更に削った。
そうと分かっていながらもやはり、焦燥と悔いは込み上げる。
ビルのデータを介して耳にした、外部の人間による発言は、封じている過去を再び抉り出した。
これもまた予想外で、もはや笑えてくる。
ルークは瞬きしながら、そんな彼に真っ直ぐな眼差しを向けていた。
声も無く笑っていたヘンリーは直に、目を閉じて溜め息をつく。
隣の彼が見せる顔に、仕草に、声に、結局苛立っている。
否定されたそれらだが、そうであった事も忘れる程に、求める様に思い出しながら手掛けた。
ほんの些細な、幸せであった時の事を。
その頃を細部に渡って、何処までも解析してしまった。
指示に従うばかりではないSystem Real/Ray。
目指してきた生々しい再生に、最も近い存在。
それでもやはり、偏った。
疑問を呈する事や、痛み、苦しみは容易く表現でき、それらの反映は悉く速かでならなかった。
レアールやジェレク、アマンダ、広間で過ごすRには、部下だからこその反映がなされている。
彼等や、自分には無い彼等が持つ能力は貴重であり、どんな形になろうとも維持されるべきだ。
失くす訳には、いかない。
ヘンリーは、目の前のラップトップの液晶を睨みつけた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(12/5完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。