[5]
「ねぇ」
視線を正面に向けた。
今、こうして冷静に寄り添ってくれているのは、リンダという心強い同僚である。
「ぶちまけなよ。ここにあるもん全部…」
そう言って、ターシャの胸を人差し指で小さく叩いた。
ターシャは背を向け、缶コーヒーを握る手を手摺りに預ける。
そこからは、如何にも生きる事に疲れているオーラが立っていた。
リンダはただ、静かに言葉を待ちながらコーヒーに口を付ける。
「………どうしたらいいの」
今にも風に掻き消されそうな震える声を捉えると、口を離した。
ターシャは、まるで宙を放浪する様に空を見上げ続ける。
そんな彼女の様子にリンダは悲愴な面持ちになり、手摺りにかけられた手をそっと包み込んだ。
空を見上げたままの廃れた目から、涙が伝い始める。
「ターシャ…」
「死んだんだよ…親友が…」
知っていたリンダは俯き、小さく頷く。
ターシャはふとリンダの手を退かすと、体の向きを変え手摺りから離れた。
リンダは自分から僅かに遠ざかったターシャの小さな背中を眺める。
その肩は震え、勝手に溢れ出る涙を止められなくなっている。
「あの子……あたしの目の前で死んだんだよ…」
突如、当時の映像が抉り出された。
「あたしだけが助かって、あの子は死んだ!
あたしが落とした、たかが紙切れ1枚を拾いに道路に戻った、あの馬鹿は!」
語気が強まると共に振り返ったその表情は恐ろしく、リンダは居ても立っても居られず彼女に抱き付く。
しかし、大丈夫だと必死に慰める声は届かず、彼女は両肩を掴まれ、背中に激しく手摺りを受けた。
その衝撃でターシャが手にしていた缶コーヒーは、向こうの都会の海に放たれる。
咄嗟に掴もうと手を伸ばしたが、間に合う訳が無かった。
それはそのまま真っ逆さまに落ち、消えた。
その光景は、あの時目の前で飛んだ親友の事故の映像を更に呼び起こす。
柔らかな長いココナッツブラウンの髪に白い肌。
スタイルが良かった彼女の満面の笑みが露わになると、突如喉が締め付けられた。
呼吸困難に陥り、消えた缶コーヒーに向かって伸びていた腕は力無く引かれ、体はその場に崩れ落ちた。
リンダは心底辛い中、その縮んだ背中を擦って抱き寄せる。
「見た…?」
小さな囁きに耳を澄ませようと、リンダは彼女に顔を近付ける。
「あの時と同じよ!あの時と全く同じ!」
声を震わせ激しく振り向くと、大声を上げ始めた。
「ああやって手を伸ばしたのに!
近くまで駆け寄って手を伸ばしたのに!
あの子ったら…あの子ったらもうっ……
気付いたら目の前に居なくてっ…!
今みたいに消えちゃってっ…!
あたしはあの子を助けられなかったっ!」
「違うよそうじゃない!」
忽ち己を責め始める彼女に焦る。
「あたしがあの子を殺したのよ!」
天を突く様に放たれた金切り声を浴びながらも、リンダは叩いてくる拳を受け止め、言った。
「そうじゃないよターシャ、そうじゃない…」
そして、そこからはもう、何も放たれる事は無かった。
ターシャはただ泣き崩れ、頭の中では親友を亡くした瞬間が何度もリピートされる。
遂に彼女は自分の足で立てなくなり、リンダが部署から応援を呼ぶと休憩室まで運ばれた。
その後、早退が決まるが親の迎えを拒み、1人で帰宅する事になった。
部長が心配しながら会社の前でタクシーを呼び止める。
ターシャはよろめきながら乗り込んだ時、彼はドアが閉まるのを遮ると言った。
「落ち着いたら連絡するんだ。
それまでは一旦、仕事の事は忘れろ。
心配するな、君の居場所はちゃんとある…」
彼女は絶望する表情を残したまま僅かに数回頷くと、去った。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。