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#11. Almost done 実行[1] 冒頭
部下2人に連れられ、ターシャはエレベーターから強引に押し出される。
この時点からの上層部の様子をお届けします。
※約1900字でお送りします。
青白いスポットライトが、寝そべるジェレクに淡く差し込んでいる。
骨格、各関節に仕込んだバッテリーと予備データ基盤の確認という、緻密な作業に勤しむ部下2人。
間も無く終わろうとするその手は、終始震え、幾度となくピックを落としていた。
部下達は焦っていた。
これから何が起こるのか、曲面ガラスの向こうで液晶と睨み合う上層部を見て、不安になっている。
ヘンリーのデスク横には、ビルが肘をついて着席していた。
頸椎のソケットには、ケーブルがインサートされている。
製造機の操縦席前の液晶に、行動履歴が表示されていた。
遭遇してきた人間やその会話の映像が、そこに流れている。
ルークやアマンダ、ターシャの発言の何もかもが流れる最中、飛び込んだのは島の者達のやり取り。
ヘンリーは表情を一切変えず、じっとそれを眺めていた時の事。
突如、補佐2人が顔色を変え、反射的にヘンリーの両脇に飛び込んだ。
イーサンがビルからインサートを弾く様に引き抜き、レイシャは激しい衝撃音を上げながら、モニター電源を落とした。
彼女は液晶を掴んだまま、震える。
2人のその動作は騒々しく、向こうの部屋の部下が驚き、振り返る程だった。
聞いていられなかった。
それでもヘンリーは、何処か一点を凝視したまま、動かない。
しかし、デスクに乗せられていた右手が勝手に震える。
それを隠す様に、拳を握った。
その動きを捉えたレイシャは、堪らず左手でそれを包む様に握る。
相変わらず、顔も視線も一切変えない。
だが、彼は今、動悸がしている。
震えはそれに合わせて増していった。
眼振が起こる中、無言で、激痛と怒り、焦燥を呑み込んでいく。
彼女は全てに気付き、また彼は、気付かれてしまう。
触れるな。
何度もそう言って、彼女を突き放してきた。
だが今は、そうする気力もない。
それどころか、怯える様に、縋る様に、握り返していた。
補佐2人の小さな息遣いだけが、その場の空気を振動させる。
遂にバレた、なんて事ではない。
もう、見ていられない。
いつまでも、聞いていられない。
顔も名前も知らない、どこぞの者が放つ脈の無い声を。
俯く2人からは、勝手に乾いた笑みが零れた。
こんな事もまた、無くならない。
この先も、無くなりはしないだろう。
それが悉く、腹立たしい。
∴(結論)
周囲が求める普通というものが上手く理解できず、叩かれ続け、立っていられなくなった。
そこに更に向けられる鋭い言葉や、取られる態度が痛く、怖かった。
また、それらを受け続ける事で、命が失われる光景を見た。
更には、生き様が歪む光景も見た。
信じ難い事に、それは他人によるものに限らず、家族によっても起きてしまう。
それが憎たらしく、許せない。
だから選択した。
向こうで順応する事から、逃げる事を。
大嫌いな者から逃れ、私にもある彼に対する責任と、犯した罪を背負い、共に生きる事を。
やっと、傍に居てあげられる。
私もまた、居たかった。
それが限られていようとも、それは私にとって、最高の利益だ。
∵(理由)
原型である研究所を活かした、守られた空間。
ここで、同じ目的を持ち、其々の仲間が持つ知識と技術を合わせながら、生きていく事。
同じ経験や悩みを持つ者同士で、何かを共に手掛け、共に向き合う。
やっと最高の利益を手に入れ、楽に生きられた。
向こうでは、手に入れられなかった。
その理由は考える度、いつも同じである。
俺は、馴染む事が下手だから。
俺が、間違いばかりを犯すから。
過度に敏感な感情をコントロールする術を学べず、悔やみ、妬み、憎みが増幅した。
そして、多くの人間を傷つける事しかできなくなっていた。
⋂(共通部分・集合)
家族、学校、職場の誰よりも、トップは耳を傾けた。
殆どは言葉でなく、体現してくれた。
シリアルキラーである彼に寄り添い、匿う決断をした我々もまた、罪人。
しかし、半壊した彼によって、もう一度この地で生きてみようと思えた。
我々は、彼と共にどこまでも落ちてやる。
何故なら、どんなに歪であれ、彼だけは光をくれたのだ。
限られていたとしても、これは自分達にできる、自分達だけの決定であり、最高の利益である。
Γ⊨(論理的帰結・範囲)
既定通りでない。前例が無い。一般的でない。
リスクが高い。利益が無い。
次々現れる壁や不評の声は、絶えなかった。
俺は、当たり前の事が出来ない。
どれだけ巧みに言葉を準備し、選び、連ね、放っても、殆ど煙たがられた。
有りの儘を閉ざした生き様が、終いに、憎い対象を殺す快感を招く。
そして、ただ人の為になりたかった己までも、俺は殺した。
ヘンリーは、ただ佇んでいる。
心や目の前で巡る、痛々しく、弱々しい彼等丸ごとを、ただ凝視していた。
※名前に振り分けられた記号は、数学で実際に使用されているものです。( )内は、その記号の意味です。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(12/5完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。