[5]
ターシャは不意に、両耳に触れる。
細く、白い糸が2本捉えられた。
それらは美しく光り輝きながら、彼女の頬から耳、髪を、まるで手で撫でる様に這って擦り抜ける。
聞こえていたアマンダの声が糸となり、そこにもう1つが合わさり、太くなる。
それらは優しく、焦っていた心をみるみる癒した。
明瞭な視界が生まれ、涙すらもそれらは拭う。
気が付くと、階段の半ばで立ち止まっていた。
何が起きたのかは分からない。
しかし、足はやっと前に進み始める。
正面のドアにそっと近付き、耳をすませた。
物音を感じないそこを僅かに開くと、同じ様な部屋が再び並んでいる。
だが、妙だった。
まるで何処かに人が偏っているのか、誰も居ない。
廊下に足を忍ばせ、背を屈めて移動し、部屋という部屋を横目で確かめていく。
その途中、窓の外に目を向けた。
両脇のイーストとウェストに沿って、ずっと見下ろしていく。
中庭に目が留まると、ゾロゾロと部下達が行き来していた。
出入りする先は、4基で最も低い塔。
忙しなく何かを運搬しているそこには、夜中に広間で見かけた人達も居た。
「研究所……」
ターシャは、そこが恐らく成り済ましている施設だと見た。
組織に、何か動きが生じている。
あの男が言っていた決定事項とは何か。
警察が来る事に怯む様子も無く、冷静沈着な態度だった。
何が奴をそうさせているのか。
頭上では小さな爆音が響き、天井から振動を感じた。
見上げた途端、それに合わせて警報が鳴り響く。
目覚めて脱走した際を思い出させるそれは、建物中を轟音で満たす。
ターシャは怯み、戸惑った。
その場の白い屋内は、瞬く間に赤点滅を見せる。
このままでは、誰かが消火しに来る。
空咳が喉を刺激する。
嘔気も催す中、ここから距離を取ろうと、赤く点滅する廊下を駆けた。
その場の点滅は視界を酷くチラつかせ、足が勝手に重くなる。
建物全体が、再び短い爆音に揺れた。
身を縮め、外に出るべくドアを探す。
冷や汗が滲み、悪寒もする。
倒れるものかと意識しながら、懸命に何かに縋る様に突き進んだ。
顔は、襲い始める倦怠感に険しくなる。
そこへ、壁から陽光が広く射す間が見えた。
連絡橋に続くガラス扉を発見すると、次第に目が開き、足は早まる。
全体重をかけて押し開けると、風が擦り抜けた。
焦げ臭く、他の異臭も含んだ煙が目に沁みる。
片目を閉じ、橋に飛び出すと、真っ青な空に光り輝く陽光が迎え入れた。
太陽は眩しく、強い日差しに手を翳すと、進行方向に佇むガラス扉を見る。
Westと記されたそこに向かって、一目散に駆けた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(12/5完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。