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点々と半開きした窓から、細く春風が入り込む。
日の光がオフィスを暖かく照らし、その中で、コンピューターでデザインの仕上げを行うスタッフ達。
真剣な眼差しを浮かべ、デザイン画に命を吹き込む様に彩る。
オフィスの隅では、以前仕上がった新しい洋服がボディに着せられ、それを前に立ち話する複数の背。
前まではそこに彼女の作品も立ち、そこに居た。
「クローディア」
部長の唐突な声に肩が竦む。
「早く持ち場へ付け」
その声からもまた、呆れを隠す様子が犇々と伝わってきた。
頭から押し潰されそうになりながら、か細く返事をしては移動する。
未だ白紙の持ち場。
仕事の遅さを嘲笑うかの様に、それは風に靡いていた。
これまでは鉛筆を切らす程、描いてきたのに。
あの日々が幻にすら思う程、散々動いていた手は硬直してしまっている。
幸せに満ち溢れていた過去に見捨てられる中、荷物を雑に置いた。
力なく、倒れ込む様に席につくと、目の前で靡く憎たらしい用紙を睨み付ける。
「……………返せ……」
段々と胸の底が熱くなり、用紙を思い切り画版に抑え付け鉛筆を握った。
彼女の突然の激しい行動に周囲は仰天し、目を見開いている。
(友達を奪って満足!?まだ足りないの!?
今度はスキルまで奪うの!?ふざけるな!
あたしが何をしたの!?あの子が何をしたの!?
何もしてない!何もしてないじゃない!)
「ターシャ」
呼びかけも他所に椅子の転倒が轟く。
「何もしてないじゃない!
なのに何で全部奪われなきゃいけないの!」
叫び声はオフィスを占領した。
響くのは、彼女の息切れだけだった。
全員が、彼女の変わり様に困惑している。
その数々の顔が傾れの如く襲い掛かり、よろめき、画版の前に膝から崩れ落ちた。
そこにはまるで、幼児が落書きしたか様な、濃く、太く、真っ黒に乱れた蜷局が走っていた。
「っ!?」
描かれたそれに引き、青褪めた時、脇に居た仲間が肩を支えた。
「部長。ちょっと出させて下さい」
部長は崩れ落ちた彼女を見下ろすと、小さく返事をした。
彼女の目からは、完全に光が失われている。
「済んだらこっちへ来い」
そのまま部長は周囲のスタッフを手で煽り、仕事を再開するよう促した。
「ちょっと来て」
仲間に肩を掴まれ、成すがままどこかへ連れて行かれる。
2人の背中が消えた時、ほんの僅かな小声が複数、オフィスを這い始める。
耳障りなそれらに、部長は派手に咳払いして止めた。
手を引かれ、訪れたのは屋上。
燦々と照り付ける陽光に、放熱させようとする微風。
そこの柵から真下を見下ろせば、相変わらずの交通状況が窺える。
それは次第にスパイラルの底へ引き込もうとした。
定まらない視界の中、震える両手で柵の手摺りを掴む。
右足は自然と、柵に掛かる。
螺旋の先が僅かに、近付いたが―
「飲みな!」
ふと、頬に冷たい物が触れ思わず手摺りから手を放す。
冷えた甘い缶コーヒーが手渡されるも、開けずに握ったまま、虚空の眼差しは無配慮極まりない広大なシアンに泳ぐ。
(……見てるの…?)
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。