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※1860字でお送りします。
ヘンリーは、微かに震える右手をポケットに入れると、やっと肩越しに振り返る。
虚ろになる目を合わせる事なく、下を見たまま言った。
「………俺が何か……
そんな事……後でいくらでも分かる……」
その言葉には、部下達も疑問を浮かべる。
ターシャは腕を掴まれたまま、じっと彼を睨み続ける。
「………ご立派な信念だ……
それこそ…築いてきたもんがあっての事だろう……
…お前はそれを…わざわざ傷付ける為に…
戻って来たのか…」
「バカ言わないで!言ったでしょ!
終わらせに来た!あんた達はここまでよ!」
数秒、その場が吹き込む風だけになる。
薄暗い空間に響く、焦燥の息遣い。
そこに、床を這う様な重い声が零れる。
「………こちらにも決定事項があってな…
…俺は今更…そちらが掲げるもんに…
興味もなけりゃ…考え直す気も無い………」
考え直せないが、正か。
ターシャはつくづく歯痒くなり、顔を険しくさせた。
「ああそう!つまり、言う事が聞けないって事ね!?
なら結構!
ここに警察が来る事は、もう決まってる!
後悔するのね!」
ヘンリーは目を痙攣させる。
「………戻った狙いがそれならば…無駄だ…
…その子に時間を使え…」
ターシャは、彼の視線の先に居るアマンダを僅かに見ると、再び鋭利な目で振り返る。
「意味が分からない…何?
その間に、あんた達は逃げるっての?
あたしをどんなにこの子と過ごさせても、変わらない!
それこそ無駄よ!」
「時は今…限られた……
お前が取るべきものは…リスク以外にある…」
アマンダはそれを耳にし、ターシャの肩に触れる。
「ターシャ、落ち着いて。
私と一緒に居れば平気だから。
トップ、彼女とこのまま下に居る」
その発言は、どこか必死になっている様だ。
「いいアマンダ。
あたしだって、決めてる事がある。
もうこれ以上、好きになんかさせない」
ターシャは、アマンダが肩を掴む手をそのままに、ヘンリーを睨む。
アマンダは、どうしたってここの者に従ってしまう。
それに流されては、組織を、ここを止められない。
ヘンリーは視線を僅かに逸らした後、再び彼女を見据える。
分かり切っていても結局、口は止まらなかった。
「最後だ……選択は他にある……止めろ……」
「罪人の忠告なんて聞ける訳ないでしょ!放して!」
ターシャは背後の2人の腕を振り解こうと、激しく揺さぶる。
ヘンリーは、変わる様子が無い彼女をしばらく眺めてから、その背後に居る部下達に目を向け、小さく頷いた。
「来るんだ」
それを機に、共に居た男の部下がターシャの腕を引く。
ターシャは騒ぎ立てながら、ガレージの外に消えていった。
アマンダは途中まで駆けて止まると、ヘンリーを振り返り、近寄る。
目を合わせるなり彼女は、彼の目から首、胸部と徐々に視線を這わせた。
だが、急に機械の手が視界を翳す。
どういう訳かと、彼女は首や体を動かし、それを避けようとした。
その動きに合わせ、手は器用に遮り続ける。
彼女は諦め、動きを止めた。
「………俺の解析は…するな……」
入り口付近で、イーサンが2人を見ながら待っている。
彼はその様子に、緊張の目を浮かべていた。
「トップ。
彼女やここの皆は、助かる?助かるわよね?」
ヘンリーは手を彼女の目に翳したまま、視線をゲートの向こうへやる。
どこまでも広がる、晴れた大海原。
その更に向こうの、陽光を受けて輝く水平線を凝視する。
「………どこで…どうあれ…互いに想ってる…
そのまま見ててみろ…」
「助かるの?」
「………あと少し…かかるがな…」
彼は言い終わりに手を下ろすと、足早にイーサンを通過し、奥へ消えた。
アマンダは追おうとしたが、傍の彼を見て立ち止まり、その体に視線を這わせる。
「緊張してたのが落ち着いてる。
それも、凄く安心してる」
解析通り、彼は気の抜けた笑顔をふと浮かべた。
新たに誕生した保安官。
ヘンリーは彼女を、起動者である彼を、否定する事はなかった。
2人はそのまま、ロビーまで進む。
「で、どうする?上がるか、下に居るか」
「ターシャ…もう会えない…?」
「いいや、ただ、今ではない。
発言からリスクを感じた。
残念だが、その上での判断だよ。
でも…
君はまだ、彼女にできる事があるんじゃないか?
きっと」
「……考えてた。
向こうに着いた時、上手く話せなくて怒鳴ってしまった…
けど、抱きしめに来てくれて、手放せなかった…
さっきも謝ってくれた。彼女はずっと優しい。
今の態度だって、私を想っての事……
下に居るわ…やる事がある…彼女の為に…」
イーサンは頷くと、彼女の腕を軽く叩いて静かに微笑み、去った。
アマンダは、自分の家がある広間へ姿を消した。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(12/5完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。