[19]
ターシャが乗るボートはガレージに着いた。
彼女は助手席の横に座り込んだまま、前方を睨む。
ボートが停まると、ビルが素早く下船。
ガレージには上層部、ボート脇には白衣の部下3人。
ゼロ2体が担架を横に待機していた。
ビルは、静かに立つヘンリーに、変換機器を渡す。
「コンプリートしていない。
半分も到達しない内に弾かれた」
その場に居る者は、ビルに目を丸くさせた。
しかし、どこかで予想をしていた結果か。
ヘンリーは表情を変えず小さく頷き、それを胸ポケットに仕舞う。
ビルはその後、ガレージを去った。
ボートの無惨な姿と、未だ繰り広げられる後方のボートでの取っ組み合いに、部下達は唖然としている。
「こりゃ酷い兄弟喧嘩だ…」
イーサンが呆れた表情で呟いた横で、レイシャが暴れる新型を食い入る様に見ている。
プラットフォームから下半身が沈んだルーク。
水没するまいとしがみ付く彼の隙を見たジェレクは、床に伸びるルークの腕を掴んだ。
それに合わさる様に、ルークはジェレクの腕を掴み返すと、そのまま大きく彼を引き、あっさり海中へ落としてやった。
「俺の勝ちかな」
しかし、ジェレクは無言で水中から飛び出すや否や、油断するルークを海中に引き摺り落とした。
ジェレクはそのままプラットフォームに上がり、颯爽とガレージを後にする。
「あーあーあーもう、直したとこだってのに!」
端に居た部下の1人が、つい面倒を漏らしながら彼を追った。
レアールがアップにした髪を解き、風に靡かせながらレイシャの前に来る。
「無傷で何よりよ」
「当然よ。争いは男に任せるのが一番」
発言に合わせ、彼女は口角を上げた。
イーサンは彼女達に呆れ、顔を引き攣らせる。
ルークが停止していた場合に備えていたゼロは、その任務を特定できず、自ら去っていった。
それに合わせ、レアールもその場を後にする。
アマンダはコックピットから出ると、ターシャを立たせようと手を差し出した。
しかし、ターシャは俯き、動かない。
先には、上層部が居る。
その再会に、短く、強く息を吐いた。
酷い葛藤がある。
目の前に立つ彼女の姿も、耳にしてきたルークの言葉も、揺るがすものはある。
しかし、彼等を含めここに居る故人は、組織によって作られたアンドロイド。
その行いは罪であり、成敗されるべきである。
ターシャの考えは、変わらなかった。
到着してから1分程間を置くと、アマンダの手を取って立ち上がる。
アマンダは、それからも未だ動かず佇む彼女を眺める。
もう片方の手には拳が握られ、体温は少々高い。
先程よりも鼓動は落ち着いているが、まだ僅かに速い。
怒りか、焦燥か。
アマンダはそれを解析すると、ターシャと同じ様に下を向いた。
そんな2人を横に、ずぶ濡れになって顔を歪ませるルークが下船する。
彼が進む真正面には、レイシャが立っていた。
彼女は口を小さく開けたまま瞼を失っている。
彼女の頭の中では、ジェレクと争う最中に聞こえてきた彼の声が、ずっと繰り返されていた。
ルークは何も発言しない彼女に、首を傾げ
「ははっ!何だ?その顔」
「!?」
彼女のグレーの瞳は大きくなる。
微かにぼやけた視界に、真っ直ぐ見つめてくるルークがいる。
彼はまた、首を傾げた。
「ああ、感動か。
発見したり想像が叶うと、補佐官はそんな顔をする」
ルークはふと微笑を浮かべると、ヘンリーに向かっていく。
レイシャは変わらず、それに置いていかれていた。
部下達はただ、System Real/Rayに釘付けになる。
ルークが次に見つめているのはヘンリー。
それをただ眺めるレイシャだが、2人の会話どころか、今は周囲の物音1つ聞こえない。
突如掘り起こされたあらゆる記憶の中で、静かに、頬に1滴が細く伝った。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(11/29完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。