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※約1800字でお送りします。
#08. Reboot 脱出 [6]
人の観察をする様になると、気付けば、
向かう場所の先々にあるガラスや鏡に目が留まる。
そこに映る自分が浮いていないか、
不安で確認する癖がついた。
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父は名声と会社を守るべく、
警察と裏で取引をし、事故を隠蔽。
ヘンリーは父から事故当時の内容を淡々と聞かされるが、どうしても腹落ちしなかった。
シャルに対して殺人未遂を犯した息子の話を、父は聞かなかった。
父の口から改めて事細かに出来事の内容を聞けず、断片的な記憶を頼りに自ら調べ、事故ではなく事件であるとヘンリーは捉えるようになった。
「………散々…見てるだろ…」
完全な同類ではないが、アンドロイドと然程変わらない義手。
しかしイーサンは、見た事も無いそれに釘付けになっていた。
わざわざ晒した事など無い。
また、生い立ちやこの身に起きた事など、碌に打ち明けた事も無い。
思い出す事で、抗えない恐怖と殺意が湧く。
それこそイーサンに似て、体を持って行かれてきた。
利き手を失った事故。いや、事件だろう。
その事実を、まだ知らないままだ。
残っているのは、断片的な当時の記憶のみ。
ヘンリーは、上腕の装着口に輪状に仕込まれたラダーロックを解き、僅かに引き離す。
筋電センサーが離れた事で、光は消えた。
イーサンは驚きながら、外れたそれを手に取る。
腕力、握力、指力を脳の伝達を受けて動かし、場合に応じて力量変換する仕組みだ。
「まだ軽くできるだろう?AIも付けたら?」
着用する者の使用パターンを学び、そこに組み込まれていく知性を磨き、癖や伝達も滑らかになる可能性がある。
しかし、オリジナルの仕組みを省いても、最新技術らしくない。
改良の余地だらけにも関わらず、これまで着手してこなかったのは、それよりも優先すべき事が常々あるからだ。
「……もういい……
そいつを長く…見たくない……」
イーサンは数秒、ヘンリーの引き攣った横顔を眺めた。
失った際のショックを解消できていないまま、ここまできている。
それによる発作など部下には関係無く、ものを含めて、見せるものでもない。
直らないならそれでいい。
だから早く戻してくれと、顔を背けたまま、黙って願っていた。
イーサンは義手を膝上で縦にし、やっと最後のパーツを填める事に成功。
その後、瞬きを忘れているヘンリーに静かに装着した。
それが戻ってきた事で、彼は数秒、震える瞼を閉じる。
「いい所なんて…
自分がここと思った所に過ぎないわ…」
レイシャが近付いて来ると、イーサンが振り返る。
「ここでずっと生きられるなら本望だな。
そうしてる内に、俺達みたく、起こすとかって言う様になるか?」
どこか遠くを眺めながら、彼は小さく笑いながら零した。
「死ねばどこかへ行っちまうって言うんなら……
どこなんだよ……」
そんな云われもあるが、レイシャは肩を竦める。
興味が無いと言いたげに、静かに息を吐いた。
僅かだが、今やっと一息つけている。
その最中、静寂を微かな金属音が切った。
ヘンリーは左手を浮かせ、ゆっくりとイーサンに伸ばしていく。
2人はじっとそれを見ていた。
伸ばされる手は徐々に人差し指を突き出すと、イーサンの胸元を小さく叩き、止まる。
「…………良くも……悪くもな……」
静かに囁く様に言うと、手は戻っていく。
誰かの胸に残る。
その中に焼き付く様に、一生残り続ける。
例え遠くに居り、それまで考えてこなかった存在すらも、急に近付き、刻まれる。
最悪も含め、忘れる事は無い。
彼はそれを、身をもって知っていた。
ヘンリーの視界の中で、レイシャの手が数回揺れる。
覗き込んできた彼女と、目が合った。
「その変換、もう外したらどう…」
静かに告げる顔は、不安に満ちていた。
都合のいい様に手掛けて以来、そのままである。
彼女の顔を見てから、イーサンは尋ねた。
「威力の調整はできるんだろう?
最大、どれくらいまで出せるんだ?」
「………10倍…」
「!?ゴリラじゃん…」
平均腕力や握力からして、それに近いと瞬時に発言したイーサンに、レイシャは青褪める。
ずっと傍に居ながら初耳だった。
自らが鍛える事で、更に威力は増してしまう。
それだけの力を叩き出したい程のものに、駆られてきた。
「今度作り変えてやるよ。
そうすりゃ、もっと楽になるかも」
ヘンリーはイーサンをそっと振り返ると、力無く微笑み、再び正面のガラスを向く。
心の奥底を擽ってくるこれは、何だったか。
そっと首を傾げ、考える。
恥ずかしい、か。
正面のガラスに薄く映る自分の顔と、両脇に居る2人の顔に、視線を往復させる。
何の違和感も無く、馴染んでいる。
こんな時間を、自分の様な人間が過ごしていいものなのか。
変わり果てた、有りの儘の自分。
それはこんなにも荒み、汚れ、黒くなったというのに。
「…………そりゃ……どう…も……」
感謝をする事もされる事も、相応しくない。
殆ど口にしてこなかったが、言っておくべきだった。
こんな大罪人に彼等は寄り添い、笑うのだから。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(11/29完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。