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エレベーターはそのまま5階へ下った。
そこは採用されたデザインを実現させる製作部。
しかし彼女は、その階で停止したという事にも気付かず、険しい表情で外を睨んでいた。
その目は徐々に怒りに染まり、手が当てられていたガラスは曇り始め、震える。
そして髪を掴み、今にも毟りそうになる。
息も徐々に上がり、街の画は消え、親友の顔が大きく浮かんだ。
そこへ誰かの手が肩に触れた。
「ターシャ?」
「!?」
彼女は咄嗟にその手を大きく振り解き、飛び上がる。
衝動でエレベーターが大きく揺れた。
「……どうした…」
製作部の男性スタッフが心配し、中まで入って来ていた。
彼女は息切れしながら目を大きく見開き、動揺する。
「ごめんなさい……」
恐ろしく疲弊し汗ばむ姿に彼は眉を顰め、そっとフロアへ導いた。
引かれる手によろめきながら、やっと真っ直ぐ立つ。
部署の空気が痛すぎて顔を上げられない。
しかし、彼は気さくに笑いかけた。
「気にするな。君は8階に行ったんじゃないのか?」
そこでやっと気付く自分にげんなりする。
彼女はいつも明るく、活発な性格だった。
発想力が豊かで、最年少なりの感覚を活かし、作品をデザインし続けてきた。
だが、そんな自分は今はどこにも居ない。
「ごめんなさい……」
視線を足元に、また同じ言葉が出る。
「ターシャ」
製作を一時中断させてまで声をかけにやって来たのは、その部署で一番仲が良い女性スタッフ。
「久しぶりじゃない、心配してたのよ。
テキストの返事すらくれないんだから…」
「………ごめん…」
目は勝手に泳ぎ、目の前の2人の顔を見れない。
「復帰、早かったんじゃないのか」
何も答えられないまま、不意に腕時計に目をやる。
持ち場に戻るまであと5分を切っている事に、今度は慌て始めた。
「も、もう行かなきゃ!ありがとう!」
再びエレベーターに駆け込み8階のボタンを押すと、呆気なくその場を去って行く。
上昇する数字をただ、取り残された2人は眺めた。
「噂通りだな」
彼は呟くと、下の階へ向かう為再びエレベーターを呼ぶ。
隣に居た彼女は、未だターシャから返事が来ていないメッセージボックスを開いたまま、心配の表情を浮かべた。
8階へ着くなり、オフィスへ一目散に走る。
駆け抜けた拍子に、廊下の壁に張り出されたデザインの原紙の隅が靡いた。
辿り着いた先のドアを開けると、画板に張った用紙に鉛筆を走らせる音、キーボードを叩く音、印刷機の音が一気に押し寄せた。
「多いわね最近」
コーヒーを片手に副部長が声をかけてきた。
「わざわざ製作部へ引き返して、ご用事?」
「………ごめんなさい…」
副部長の手が、上下する彼女の肩に伸びた。
「しっかりなさい」
そう言い残して、デスクに戻って行く。
その言葉が圧し掛かる中、しばらく棒立ちになり、オフィスの風景を目だけで見渡した。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。