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#06. Please wait 決定 [19]
「何なのっ…それっ…!
あんた達なんかよりずっと真面目に生きてるわ!
こっちが怒ってるのに!
何でそんな目を向けられなきゃいけないの!?
勘違いも甚だしい、異常だわ!」
最後の発言に被さる様に、イーサンの目から突如、正気が飛んだ。
椅子から激しく前方に飛び出し、彼女に掴みかかろうと右手を伸ばす
空になった鉄格子。
そこに灯る青白いスポットライトは、操縦席で精密ドライバーを操り続けるヘンリーを照らしていた。
工具を掴む右手は強張り、先程から何度も落としている。
熱と、咄嗟に出過ぎた力により、手首から指先を動作させる為の複数の連結が外れていた。
素手に切り替えてもその隙間は狭く、届かない。
邪魔する震えに、修理は難航する。
脇に補佐2人が居ても、自分の事にはSOSを出さない。
出せないのだ。
別の事で思考が巡っており、ピックはまた転がる。
取る事もなく、しばらく呆然と見下ろしていると、目の前からピックが消えた。
消えてしまった。
左腕が突如、何かに引かれ、小さく軋み音が鳴る。
「何考えてるんです…?」
イーサンが脇で問い掛けても、反応しない。
それは、わざとではない。
彼は今、聞こえないのだ。
ピックが消えた。
だから、残された手でやるしかない。
しかし、その手は震えている。
震えている原因は何か。
生理的振戦か。
精神的緊張か。
不安と恐怖を神経がコントロールできていないのか。
そう言えばまた、吐き気がしている。
今度はどの札が出るのだろう。
2人が居るから移動をしたいのだが、体は重かった。
「なぁ、ヘンリー…」
外れた嚙み合わせは手際よく、実に器用に填められていく。
巡る2光は、力量変換の青と、筋電位の白。
それらは滑らかに流れ、機能自体に異常が無い事を示している。
レイシャがデスクから振り返り、ヘンリーを見た。
彼は、正面のスポットライトを凝視し、石の様に動かない。
「俺は……
誰かと居る事がどういうもんか、ここに来るまではよく分からなかった……
向こうを…いい場所とも思えなくて………
普通じゃないんだろう……歪んでるんだろう……
けど…ここは居場所になったよ……」
彼はここに来るまで、感情をコントロールする術を学ぶ機会から、悉く外れて生きていた。
嘗てより共存する性質。
攻撃的になるのは、決して求めているのではない。
自分が持つルールに固執してしまう傾向にあった。
また、コミュニケーションを取る中で、間に混ざる冗談の判別が難しい事もしばしば。
鋭利な発言に敏感で、過剰に怒ったり、恐れもした。
それらに対し、反射的に暴力で反発してしまう。
また暴力を振るわれる事があれば、その何倍もやり返してきた。
それはまるで、体が持って行かれる様な感覚だった。
成人しても理解を得る事が困難であり、誤解も絶えなかった。
「普通」と呼ばれるものに、周囲と共に在れるよう一方的に合わせる努力をした。
しかしそれもまた辛く、そうする事に疲弊して馴染みきれない。
そのストレスが解消される機会すら、無かった。
家族も、そんな彼に埒が明かず苛立った。
故に、傷害罪を犯した経験がある。
前科が付いた事で、家族や友人、職場との関係が上手くいかず、失った。
年月が経ち、落ち着いたのかと思っていた矢先、ターシャと話す事で発覚した。
その気質は、まだ失くなる事なく存在している。
それに一時的に絶望した。
一方、ヘンリーに似て膨大な知識を入れ込める優れ者だ。
「少しは変わったのかな……
…あっちに居る時は…自分をどうしたって受け入れられなかった………
小さな事で簡単に落ちるし…逃げるし……
弱っちいよな………
攻撃しちまうんだから、当然逃げてくさ…
だけど………
俺だって、困ってたんだけどな……」
ピックを操りながら、彼は力無く笑った。
向こうでは、工業技術に触れた事が無かった。
だが習得が早く、簡単に身に着いた。
同じ要領を経て、アンドロイド製作を極める。
その最中、自分に似た者や興味を持つ者と出会い、自分の事をゆっくりと話す事ができた。
それにより、やっと冷静に体とも向き合えた。
其々に向き合い方がある組織。
廃退地区や、ついそこの街から来た違法者達。
そんな彼等もまた、自ら死を選択しかける事があっても、生きたかった。
そして出会った、ヘンリーとレイシャ。
2人もまた共犯者だが、部下1人1人の分析をし、潜在能力や強みを引き出した。
限界がある、この地で。
「いい加減、少しは甘えてくれよ……
ここで自由に居ていいのは、部下だけじゃない。
頼むよ……」
静寂の間は、ヘンリーの目の中で揺れ、体が僅かに痙攣する。
一点凝視していた目をジリジリと、まるで恐れる様にイーサンに向け始めた。
その目の向け方も、急に真正面から向き合えなくなった癖である。
また、声を聞き逃したのか。
お前は聞こうとしない、だから聞こえない。
そんな事も言われた記憶が、不意に過る。
顔を向けると、利き手が遠ざかっていた。
それを修理する救世主が、霞んでいく。
「…………?」
何か言ったかと、ヘンリーは僅かに首を傾げた。
イーサンは息を吐いて肩を竦め、填まりが悪い1本の骨格に苦戦する。
「なぁこれ、どうなってるんだ?見てみても?」
イーサンは怒らなかった。
それで良かったのだろうか。
そんな事もまた、独りで気になってしまう。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(11/29完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。