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やがて、ガラス張りの高層ビルのエントランスが見えた。
強い陽光を受ける窓を見上げては、目が眩む。
午後に向け、気持ちを入れ直し身だしなみを整えた人。
中にはその逆で大して服装に気を使わない人。
平然とこの時間を生きる人々は、あっさり彼女を追い越していく。
その後を重い足取りで追い、自動ドアが開いた。
日差しを散々受けていた場所から突如足を踏み入れたそこは、視界を一時暗くさせる。
大理石で敷き詰められた床を進んだ。
真っ白のスニーカーは、長く履いている事を醸し出している。
紺のダメージジーンズに、黒のタンクトップの上からはブルーを基調としたチェック柄のシャツが羽織られ、歩行と共に揺れていた。
袖は肘の上まで捲り上げ、やや高い気温を思わせる。
会社の服装は自由である。
どこかボーイッシュを感じさせる今日のスタイルは、彼女の根本的な性格を引き立たせるものであり、一番落ち着く格好だ。
しかしもっと真逆のスタイルになる時だってある。
それくらいお洒落が好きだからこそ熱意は反映され、デザイナーになれた。
だが今は、そんな事すらどうでもいい。
人が出入りする騒音が漂う中、ゲートの傍までやって来た。
傍に設置されたフロントに立つ女性2人は、互いに黒のスマートなスーツを身に纏い、コンピューターや電話対応と向き合っている。
彼女はゲートにIDを翳した。
ブルーの細長いライトが円形に灯り、入場許可が示される。
流れで正面のエレベーターに向かい、ボタンを押しては溜め息をつく。
後ろからの話し声にうんざりしたのだ。
「最年少のデザイナーって…」
「そうまだ新人の。最近一気に評価落ちたとか」
ナップサックの肩紐を握る力を込め、ターシャは咳払いし、エレベーターのドアが開くと同時に中へ飛び込んだ。
「っと、おい!気をつけろ!」
中から下りてくる人間が居る事も忘れ、怒鳴られてしまった。
しかしそれにも目を逸らすと、虫の鳴く様な声で上辺だけの謝罪を放ち、素っ気無くドアを閉めた。
「何なのあの子」
下りてきた女性社員がついぼやく。
「ああ例のスーパーデザイナーだろ」
隣の男性社員が言うと、もう1人別の男性社員が首を横に振りながら言った。
「所詮まだ20代初っ端。社会を分かってない」
有り触れた大人達の発言はそのまま、外へと遠ざかっていった。
エレベーターの隅にもたれかかり、外の風景を見下ろす。
先程の行動に引かれ、他に乗り込む者は居なかった。
1人の空間。
それは心底幸いである。
いつもと変わらない立ち並ぶビルの風景。
遅れる事もなければ早まる事もない時間のスピード。
決まった時間に昇っては沈む太陽。
そして、あの日から全く晴れる事のない心。
日々を生きる自分も、その中で考える事も常に同じ、ただただ虚しい。
8階で止まった。
そこは新作を生み出し、洋服専門店やファッションショー等に送り出す、デザイン部及びコーディネート部。
入社当時は彼女のデザインした服が抜擢され、実際にファッションショーにも採用された事があった。
だが、そんなスキルもすっかり失われている。
その影響で、事情を知らない者からは痛い視線を浴びるまでになった。
常々頭の中はそれらを含む最悪の画が巡っており、服どころではない。
自分が降りる階である事も認識しないまま、ドアは閉まった。
「あら?」
閉じたエレベーターの前を通りかかったスタッフが立ち止まり、首を傾げる。
「誰か降りた?」
声をかけられた周囲はただ、肩を竦めるだけだった。
間違いだったのかと、そのままそのスタッフは持ち場に戻って行く。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。