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#09. Saving 架け橋の島
「沿岸警備隊が来てる。オーナーに会わせろって」
こんな偶然があるのだろうか。
出て行った2人が見えなくなるまで眺める最中、少々安心した。
背後にある離れた建屋からは、明るく人を迎え入れるエバの声が小さく聞こえた。
「いらっしゃい!
あらまあ可愛い警察さんだねぇ!」
ふとエバの元に現れたのは、ココナッツブラウンの長髪をヘアクリップで簡単に纏め上げた、水色シャツに黒ベストを着用した女警官だった。
「探してる2人がいるんだけど、知らないかしら。
私と同じくらいの」
高くて明るい、親しみやすい声にルークは席を立ち、振り返る。
「おやおや。
こっちも色々あって助けてもらいたい所なんだけどねぇ。
その坊やと、あの子が大変みたいなんだよ」
そう言いながらエバは玄関に向かうと、表から少々離れた所で背を向けて立つターシャを呼んだ。
ルークは静かに、女警官と互いに見つめ合っている。
そこへターシャは飛び込んだ。
「…………嘘っ…」
目の前に立つ女警官が、声に振り返る。
ターシャは、喉が締め付けられた。
「ターシャ!良かった、会えて!
ルークに集中しちゃって気付かなかった」
「ひゃああっ!」
堪らず叫び、咄嗟に踵を返すと躓いた。
恐怖のあまり、その場から疾走する。
アマンダは入り口を飛び出すと、慌てて彼女を追った。
良かった、会えて。
その言い方は、本人だった。
だけど違う。もう彼女ではない。
彼女ではないのだ。
走りながらそれを刷り込み続けるが、恐ろしくリアルな瞬間は、脳裏に焼き付いて離れない。
浜に向かって疾走し続け、林の終わりまで辿り着く。
飛び出したそこにかかる、薄い陽光のベールの先の光景に、凍て付いた。
桟橋に居るのは、間違いなくあの地でレザーを着ていた男。
端からもう1体も、そこに合流していく。
ターシャは堪らず、彼等と対面するロンに叫んだ。
「そいつ等の話、聞かないで!おじさん!」
「ター…」
声に咄嗟に振り向いたロンが言い掛ける中、ターシャはアマンダに追い付かれた。
そっと肩を掴まれると対面姿勢になり、抱き締められる。
ロンは何気ない光景に肩を竦め、あれは知り合いかと呟いた。
それを共に眺めていたジェレクが補足する。
「親友だ」
「へぇ!そりゃまた!」
彼はそう言ってから前の警官2人を改めて見ると、念の為の確認をした。
「警察さん、悪いが身分証見せてくれ」
ビルはサングラスを外すと、無言で手帳を見せる。
ジェレクも横から、それを摘んで突き出した。
雑な持ち方に風で微かに靡いている。
ビルは瞬時にそれを掻っ攫うと、流れで彼のミラーサングラスも取った。
そのまま彼の手の甲に2つを叩きつけると、ジェレクは持ち方を修正する。
「失礼」
ビルはジェレクを睨んでから、低い声でロンに告げる。
「あ、いや。もういいさ」
その場もまた、実に自然だった。
「何やらあそこの、何だ、海洋研究所で困り事でもあるみたいでな。
死んだ人をロボットにしてる?とかで。
警察に連絡しろと。
急過ぎる話でな。
何が何だか分からなくなってたんだ」
「そこからの脱走者で、連れて来るようにとの依頼だ。
被験者が居なくなり、何なら向こうが困ってる。
仕事にならない、と」
ターシャは変化を見せる彼女に必死に抵抗をするが、離れない。
硬過ぎる体。冷た過ぎる肌。
強引な抱擁に、再会の喜びや熱いものなど何も感じなかった。
その時ふと、彼女の髪から香りが漂う。
それに抵抗する動きが止まり、アップスタイルになった髪型をふと見上げた。
こめかみに残された髪に目を這わせていくと、手に取って眺める。
そこには艶があり、自然な髪だった。
「化粧メーカーのお姉さんが、新しいスプレーをくれたの。
あ、ねぇデザイン順調?何の企画してるの?」
「は!?」
耳を疑い、髪を咄嗟に手放す。
アマンダはターシャの顔を覗き込んだ。
「賞を貰った事があったんだっけ?
教えてもらったの。
補佐官は遅いのよね。
大事な事なのに、早く教えてくれればいいのに。
友達も呼んで、お祝いしたりするの?
私も早く、馴染めるようになればいいんだけど…」
「そんな…有り得ないっ!」
ターシャは彼女の体を必死に押し返すと、抱擁する腕が少し緩んだ。
「ごめん、力が強過ぎた。大丈夫?」
腕は緩んだとは言え、解放はされない。
ターシャは怒りに手を震わせ、閉じた目に力を入れた。
初対面の時よりも、アマンダに近付いている。
抱擁する中、密着する頬。
視線を彼女の首後ろにやれば、薄っすらとホクロまである。
それでも、彼女は作り物。
こんな事はあってはならないと、言い聞かせ続けた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(11/29完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。