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快晴の空には雲が増え、時折、太陽を覆っては海を藍色に変える。
ボートは減速し、正面には広々とした島が現れる。
点々と建屋が見えるが、その島の縁には船着場と思われる桟橋が複数、距離を空けて伸び、そこに数隻の船が並んでいる。
クルージング船や、ヨット、今自分達が乗る様なジェットボートも波に揺れており、その周りで人々が何かしらの作業をする光景が窺えた。
ターシャは、砂嵐の様に何かがチラつく視界を拭おうと目を擦る。
ルークに貰った水も、あまり喉を通らなくなっていた。
ボートが更に減速すると、鳥の如く水面を滑走してきたジェットスキーの男が近付いて来る。
サングラスに黒のキャップ。
オレンジのライフジャケットを着けた、半袖短パンの彼は、ルークの横に着いた。
「ここはどこ?一体何だ?家族って居る?」
ルークが発言する最中、ターシャは重い体を咄嗟に起こし、立ち上がる。
その途端、屋根に頭を激しくぶつけ、声が詰まった。
「何だ遭難船か?
偉く良いボート乗ってるなお2人さん!」
1人笑いながら、彼はハンドルを捻り角度を変える。
「ここは海のサービスエリア。
寄ってけよ。停めるとこ教えてやっから着いて来い」
ライフジャケットの彼は、言い終わりに愛想よく笑みを見せ、素早く方向転換する。
「へぇ。まだ教えてくれるのか?」
淡々と去るその背中を見て、ルークは追いかける。
ターシャは現れた彼と話す間も無く、頭を抑えたまま周辺を慌てて見渡す。
考えなければならない事があるが、どうしても端に寄せられてしまった。
それだけこの場所が不思議でならず、吸い込まれる様に見入ってしまった。
広く、丸いその島は、中央に木々が生い茂っている。
森と表現するには大袈裟に思える所から、林だろうか。
だだっ広い砂浜から伸びる数ヵ所の桟橋の脇には、コンクリートで出来た倉庫の様な四角い建物が立っている。
中には同じ形状で、木材でできている物もあった。
現時点で見かけた船は恐らく、それらの建物に余裕で入る事ができるだろう。
その脇を行き来する作業員は、自分の地元で見かける馴染みある格好をしていた。
きっと何処かから来た船乗り達に漁師、機関士、航海士もいそうだと、場所の雰囲気から予想する。
ボートが桟橋の横に着いた。
背の高い木造建築がそこに聳え立ち、それを横目にターシャはフラフラと下船する。
その時、眩しい陽光が酷い眩暈を引き起こした。
足を急に取られ、膝から崩れ落ち、激しく咳き込む。
視界が再び、砂嵐の様に定まらなくなり、立位を保てない事に混乱した。
辺りが暗く狭まっていき、恐怖に息を荒げる。
不意に感じる気温の高さや、そこに吹く生温い風が、気分不良を更に引き起こした。
「おい嬢ちゃんどうした!?」
誘導した男がジェットスキーから飛び降り、駆け寄る。
そこへルークも下船すると、その横にしゃがんで彼女を見た。
「少し寝た方が良いな。
喉が痛いから、あまり水も飲めてない」
ターシャは酷く疲れ、全身に何かが大きく圧し掛かっている様な感覚に陥る。
倒れている場合ではないというのに、体は痺れ、言う事を聞かない。
それに喉も痛過ぎ、焼却炉での妙な薬の臭いが鼻について取れない。
そこへ、背中に柔らかく温かい物が乗っかる。
駆け付けた男の厚い手に、自然と涙が伝った。
「助…けて…」
ターシャは汗を滲ませ声を絞り出すと、そのまま力尽きてしまった。
「おい!救護室に運んでくれ!
君も来るんだ。一体どうしたんだ?」
ルークはその場に座り込んだまま、ターシャが手にしていた水のボトルを床に付け、揺らしながら答えた。
「何の補給もしてないんだ。
そんな中あちこち走り回って、多分怖い物も見て、パニックになって、飛び出した」
「パニックになって飛び出した!?
どこから!?」
「海洋バイオテクノロジー研究所」
「研究所!?ああそれでそんな格好……
その下…まさか………」
「ああ、驚かせてごめん。
服があると、助かるよ」
そう言うとルークは、愛想よく笑みを浮かべて見せた。
向かい居るライフジャケットの彼の表情を、早くも学習した様だ。
その後すぐ、駆けつけた他の者達と、運ばれるターシャと共に、ルークは島の奥へ導かれた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(11/29完結予定)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。