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皇国の海軍将校  作者: Tatsu
最終章 皇国の海軍将校
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皇国の海軍将校

平成元年十一月 終戦記念日

フィリピン、レイテ島では日本()()、アメリカ合衆国、フィリピン共和国の三ヶ国で初めて終戦記念式典が開催されていた。レイテ沖海戦で、辛くも勝利した日本海軍は、フィリピンに上陸した米兵20万人を包囲、これを交渉材料に一部条件付きで、日本は降伏した。

表では徹底抗戦すると訴えてた上部も、裏では将来のことを見据えて和平交渉を進めていたのだ。

天皇制存続だけは最優先の条件としてあり、日本において神にも等しい天皇陛下は存続された。だが、大政翼賛会は解散、新たな民主主義政党が続々と立ち上がり、日本は民主化していくことになる。大日本帝国は日本皇国と名前を変えながらも、米国の占領下に陥ることはなかった。

終戦後数年して、平和主義と国民主権を基軸とした新たな民定憲法、日本皇国憲法が施行されることになる。

当然、日米共に反日、反米感情は強く残っていたが、共産主義の拡大により次第に協力体制を築いていき、民主主義の2大国家として西側陣営を率いていった。

日本軍は解体はされずも大幅に軍縮され、戦艦や航空母艦といった大型艦なども米軍に接収された。

戦後旧体制の上層部は一掃され、しばらくは混乱するも、皇国を想う若手将校たちにより、伝統を残しつつ、新しい体制で皇国軍を作り上げていった。





 有村元帥慰霊碑


レイテ沖海戦にて、第一部隊司令部や第一戦隊司令部、第二部隊司令部が壊滅した際、軍令部より出航してきた有村少佐(当時)が指揮を執り、補給部隊の撃滅に成功したと言われている。

その後、有村少佐は皇国軍に残り、新上層部として日本海軍を長年支えてきた。

昨年、75歳で没す。

都市伝説では、有村元帥は自分の墓に自分と共にある人物の遺骨を埋めるように言い遺したという。そして、慰霊碑に彼女の遺言からある言葉が刻まれた。



皇国の海軍将校ここに眠る。


この結末を考えていたのは昨年の春あたりには思いついてたんですが……ここまで遅くなってしまいました。すみません。


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