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後編

 この書は当然PCで書いている。OSのタイトルが同じ数字でも、何通りかバージョンがあって、古いものはもうサポート切れていて脆弱性がどうとか。自動更新が煩わしいから切っておいたら古いものになったようだ。が、特に問題は起きていないから大丈夫だろう。でも一応予備ファイルは外部メモリにも残しておく。万一にでも流出したら大変だが、そうそう無いだろう。


「 縁翠は蒼倉に死を告げるが、納得していない様子だった。

『…何言っているの?こうして話しているじゃない』

「私は霊感がありますので」

『まるで私を幽霊みたいに…』

「ここの下流で死体が複数見つかっています。また、滝の中腹に岩に引っかかって裂けた死体も見つかっています。それらはこの滝で自殺したものと考えられます。きっと、あなたが今しようとしたように道連れにしたのでしょう。あなたが…」

 誘わなければ、引き返せる人もいたかもしれない。縁翠はそう言おうとして言い留まった。

『な…』

「あなたは死の記憶を思い出さなければ満たされません。死のうにも既に死んでいるのだから、死にようがありません。気づかなければ次へ進めない」

 蒼倉は髪をかきむしり、不気味なものを見る目で縁翠を見て後ずさった。

「蒼倉さん、きっとあなたは自殺に成功している。少なくとも既に死んでいる」

『まだそんなことを…』

「あなたは死ぬ際に強いストレスを受けて記憶喪失か、朦朧とした状態で飛び降りたのか、いずれにせよ死ぬ際の記憶がない」

『う、嘘でしょ…?私は死ぬのが怖くてまだここにいるんだ。一歩が踏み出せずに…』

 縁翠は印刷した新聞記事を取り出した。


 …(略)…川にて発見された死体は同市に住む会社員、蒼倉幸さち (26)さんと判明。…(略)。


『偽物でしょ。作ろうと思えばできるんじゃない?』

「…では今日の年月日を言ってください」

『ええと…昨日が11月10日で日曜日だから、11月11日…、いや一日経ってると思うから12かな?』

「年は?」

『2019年!年まで言う必要ある?』

「今日は2021年4月4日ですよ」

 

 沈黙が流れた。ほどなくして口を開いたのは蒼倉。

『何言ってるの?確かに、私はストレスで頭が上手く働いてないだろうけど、何が何でもめちゃくちゃじゃない』

「あなたは死んだことに気づかず、死のうとしている。あなたの日付は進んでいない」

『じゃあ未来人様、私の問に答えてみてよ!今が2021年だっていうなら答えられるはず』

 蒼倉は怒鳴るようにに尋ねた。声が一部裏返り、キンキンと響き、聞き取りづらい。

『東京五輪が2020年夏にあったはず。日本の金メダル獲得数は?今から調べてもいいよ』

「それは…」

『ほら言えない!嘘ばっか!」

「2020年に五輪はありませんでしたよ」

『何言ってんの?猛暑で中止とか?』

「世界でパンデミックが起きてそれどころじゃなくなったからです」

 蒼倉は首を傾げ、縁翠を信じられない目で見た。

『はあ?嘘つくならもっとマシな理由にしてよね』

「…ではこっちからも質問しましょう。向こうの山、見えますか?今が11月中頃なら、あんな風に雪が積もっていることがありますか?」

『今年は早いのかもしれない…』

「昨日の山の様子はどうでしたか?」

『いっぱいいっぱいで、周囲を気に留めなかったから分からない…。私は滝の上に来て、ふっと気が楽になって、やっと色を取り戻したんだ。最初に色づいたのは緑…』

 蒼倉はふらつき、額に手を当てた。

「……、薄々気づいているのでしょう?自分すら騙して、気づかないふりをしている」

『……』

 重い沈黙が流れ、蒼倉は喉だけで喋るような声を絞り出した。

『…でも怖い。思い出そうとすると、血の気が引いて、危険だ近づくなと言っているみたい』

「あなたにしかできません。勇気を出して」

 縁翠は蒼倉の手を握ろうと伸ばしたが、蒼倉の体が透けて掴めなくなっていた。縁翠の持つ除霊用の道具では触れられるが、痛みを与えてしまう。実体では手を握り、勇気を分け与えることもできない。

『うううぅ…』

 低い呻き声が蒼倉はうずくまり、両手で頭を抑え、何かを振り払うように首を左右に振っている。瘴気が滲み出していき、辺りに広がっていった。

 縁翠は触れられない手を見て、忌々しそうに歯を食いしばった。

 その時、どこからともなくシャンシャンと神楽鈴の音がした。

 縁翠の後ろでガサガサと音がし、振り返るが、そこにあるのは冠雪の常緑樹のみだった。

 縁翠が蒼倉の方を再び向くと巫女装束の少女がしゃがみ、両手で蒼倉の手を握っていた。一般的な赤と白の巫女装束ではない、しかし、神聖な雰囲気を纏った服だ。すぐ横の木に1.5mほどある神楽鈴のついた杖を立てかけていた。

『大丈夫、私がついています』

 蒼倉が涙で腫れた目で巫女を見ると、巫女はにっこりとほほ笑み返した。蒼倉が抱きかかると、巫女は腕を広げて胸に抱えた。上等な服が汚れることを微塵も気にしていない様子で。蒼倉は肩を震わせ、嗚咽が漏れ、巫女は頭を撫でた。

『情けない…年下の子に…こんな…』

『……』

 巫女は無言で抱き寄せ、背中をポンポンと叩いた。瘴気が噴出し、辺りに広がるも、巫女が神楽鈴の杖を地面に突き立て、シャンと鳴らすと蒸発するように消え去っていった。

『ごめんね…ごめんね…』

 蒼倉は体の震えが徐々に収まり、大人しくなった。心なしかさっきよりも随分と小さく見える。

『…全部思い出した。あの人たちは私が殺したようなもの。もう、どうしたらいいのか分からない』

『これ以上繰り返してはいけません。彼らは死に、もう戻らない。あなたは死を受け入れ、天に昇るのです。よく頑張りましたね』

『ヒクッ、あり…ありがとう…』

 蒼倉は張っていた緊張が解けたようにぼやけ、煙となって天に昇って行った。

 巫女は立ち上がり、袴についた土埃を手で払った。

「そこの巫女?さん、一体何者だ?」

『巫女で合ってますよ。…端的に言えば、この山で活動している除霊師です。名前は言えません。ネットで探せば容易に見つかってしまいますから』

 古風な服から唐突に現れる現代の言葉に縁翠は狼狽えた。言われてみれば髪型や眉の整え方といい、口紅の色といい、いかにも現代の若者だ。髪の艶を見るに歳は20行かないくらいか。

「この感じ…。…君は人柱か。現代でもまだそんな風習が…」

『…詳しいですね。これ以上の詮索はやめておきなさい』

 巫女は杖を手に取り、縁翠に近づいた。

『それと、現代に残る風習ではありません。昔の霊たちの儀式によって、私はこの身となりました』

「…君はそれでいいのか?」

『私が望んだことですから。後悔が全く無いと言えば嘘になりますが、それ以上の充実を得ています』

 巫女は姿を消し、縁翠の側面から現れた。

『人生は選択の連続で、その選択には後悔が付きものでしょう。後悔を感じないのなら、酔っているか、喜びも何もない味気のないものです』

「他の選択肢を知らなかったんじゃないのか?」

『それはありえますね。ですが、全てを知ることは不可能ですし、機というものがあります。その機を逃さないようにするには、その時点で持つ情報と能力で臨むしかないのです』

「…高校生くらいに見えるが、随分と達観している…」

『この身となる儀式時の年齢はそうですが、それから何年か巫女をやっていますから。私に子供をやってほしくても、それには応えられません。いいですか?』

「あ、ああ、すまない」

 縁翠は気圧され、咄嗟に謝罪の言葉が出た

「俺はもう山を降りる。幽霊が生者を惑わし、滝壺に落としているに違いないから対処してきてくれと頼まれて来たんだ。それももう終わった。君のおかげだ、ありがとう」

『こちらこそ。あなたが結界を破ったお陰でここに入れました』

「結界?」

『ほら、そこの紋章。消えているでしょう?』

 指さした先にあった木の板を見て、消えかけた模様があったことに縁翠はそこで気づいた。気づかないうちに消していたのだろうか。

『私に会ったことは誰にも言ってはいけません。言えば言霊があなたを呪うでしょう、そしてやがては死に至る』

「…分かった。黙っていよう」

 巫女は冷たい表情から一転してニッと笑った。その明るい笑顔は、こちらが本当の姿なのだと感じさせた。

『ありがとう…。生きている人と話すなんて久しぶりで嬉しい…。生きていたころの欲とは違う感じがする。それらの欲は満腹でもういいかと思うように醒めている。でも心を動かすような出来事は求めている。それは楽しくても、悲しくても、優しくても、怖くても、何でも構わないから』

「娯楽が少ないからな。テレビでも持ってこようか?」

『今の私じゃ楽しめないよ。あれは生きている人の欲を刺激するものだから。お話できて楽しかった、それだけで十分。小食になったみたい。あれ?食事に例えてばかりだ。もっと語彙を身につければよかったな…』

 軽妙なトーンではあるが、その目は憂いを帯びていた。

『だけどもう会わない方がいい。現世の存在が幽世の私に近づきすぎれば帰れなくなる』

「…そうだな。直接会うことは無いとしても、せめて何かお供えしようか?ここは家から車で30分くらいだ。来ようと思えば来ることができる」

『できればもう二度と来なくて、忘れてしまうのが安全だけど…、甘えてもいいの?』

 縁翠は首を縦に振った。

『それじゃあ…シュークリームを…。あそこにある小さな洞窟…周囲は緑に覆われているけど、洞窟の入口は白い石で出来ていて、その奥に墓石…私たちの墓石があるから、その前に』

 帳が降りたようになっている部分の向こうにあるという。行く際には足場に注意が必要だが、あの絡み合った蔦を切るなり解くなりして進む必要がある。

「なるほど。分かった」

 縁翠はスマホを開いてメモをし、ポケットにしまった。

『お気をつけて』

 巫女はそう言い残して姿を消した。突風が吹き、ザザザと葉の擦れる音、ギャアギャアと鴉の鳴く声が、人の声の変わりに辺りの音を支配した。滝壺に落ちる水の音は相変わらず遠くに、しかし確実に変わらずあった。

 最初の物音は巫女ではなかったのか。結界で近づけなかったのだから。ただ動物が通り過ぎただけだったのだろうか。縁翠は不思議に思いながら、日の沈んだ山を下りて行った。」


 以上が事の顛末である。

 蒼倉がしたと思われることは、誰も見ていないので本当に彼女のせいか分からない。彼女が思い出したと言っていたが、関わったのはあの地で自殺した人全員とも限らない。はっきりしないのに必要以上に悪く言うつもりはない。もう少し生きていたら、いくらか住みやすい世の中になっていたのじゃないだろうか。彼女の過ちは、彼女が既に死んでいるので償いはできない。あの巫女の子の言う通り、これ以上繰り返さないくらいしか彼女にできることはない。どうしようもないのだ。何とも後味が悪い。

 最後に疑問がある。あの巫女の子はきっと生きたい気持ちもありながら人柱の道を選んだのだろう。だとするなら、生きるチャンスを自ら捨てた蒼倉に対して腹を立てなかったのだろうか。自分は得られなかったものを捨てた者に対しての苛立ちは無かったのだろうか。もしかしたらあの身では生に執着しなくなっていて、そんな感情も湧かなかったのかもしれない。彼女に同情し、救いたいという思いでいっぱいだったのかもしれない。私にとっては、何か利己的な理由があった方が腑に落ちるが、それを求めるのは私のエゴだ。あの子に万が一また会うことがあったら、それを求めて意地悪な問いかけをしないよう、ここに記すことで尋ねたい自分を意識し、抑えよう。いや、こうやって疑問を持ち、幽世の者に近づこうとすること自体が良くないのかもしれない。頭の中から文字の上に移し、満足して遠のくとしよう。

 記 縁翠


 縁翠はPCの電源を落として立ち上がって伸びをした後、台所でお茶を飲み、ベッドに入って眠りについた。

 深夜、静寂の支配する闇の中、PCはひとりでに点き、ブルースクリーンに英語で文字が書き込まれていった。そして、再びシャットダウンした。起きたときには気づきはしないだろう。普通は何が起きていたかわざわざ調べることはしない。

いつもながらタイトルやタグが自分の中でしっくりこない。しかし完璧は無いのだから、ある程度の妥協は必要か。

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