轍破
妖怪京都にはゲームセンターは三つあるが、そのうち最も規模の大きい場所がここ、「プレインググラマー」である。二階の休憩室に、一人の妖怪と一人の人間がいた。ダンスゲームで一時間ほど遊んだことで、すっかり疲れてしまったようだった。道に咲く小さな花の妖精にして――背が高く顔立ちも精悍でとてもそうは見えない――VOTE参加者の轍破は、スマホを弄る少女に問いかける。
「本当にこの後、白々燐に会うの?」「何度も何度もうるせえな」
少女は不機嫌そうに眉を顰める。右手から伸びる青い糸をしならせた。轍破の首元に衝撃が走る。
「痛いじゃないか! いくら自分が痛みを感じない体質だからって。僕は痛いんだからね! 不必要に他人を傷つけてはいけないよ。何度言ったら分かるんだい」
「お前がおんなじことしか言わねえのが悪い」
「じゃあ違うこと言うよ! 明明後日から学校だけど春休みの宿題ちゃんとやった? 読書感想文とかさ」「死ね」
さらに倍強い衝撃。「跡になっちゃうよぉっ」と叫んで、轍破は蹲った。結果、少女のスカートに勢いよく頭を突っ込む。ゼロ距離の膝蹴りを喰らった。
転倒してうつ伏せになる。
「死ね」「連続で『死ね』は落ち込むよ」
「轍破を代償にして宿題と学校、あと日本を破壊出来たらいいのに」
「非連続的なスケールの広がりに驚愕を禁じ得ないよ」「それがあたし」
特に意味もなく、這いつくばる轍破の背中を踏みつけた。踏まれた方は苦しそうな呻き声を出すが、少女に気にする様子はない。
嗜虐的に笑って、彼女は言う。
「白々燐には会う」「なんでだよぉ」「どうして反対するんだ?」
「だっておっかないじゃないかぁ。あの雪女。目が合えば凍らされそう」
「あたしとどっちがおっかない?」「え?」「答えろ」
「えっと。次のゲーム何しよ……」「答えろってんだろあぁんっ!?」
少女の全身から紫の波が立った。凄まじい量の禊力。休憩室の壁が吹き飛ぶ。轍破も弾かれた。床に叩き付けられる。成り行きでこんな暴力女に仕えることになった、自分の不幸な運命を呪った。
一寸先は闇という人間の諺が染み入る。
「もちろん白々燐の方がおっかないです」
「だろぉ? ちなみに、どっちの方が可愛い?」
「そりゃあもうあなた、湯刺零仁様でございますよ。見た目はね。これは僕の本心」「これは本心ん?」
スタッフが走ってきた。轍破は慌てて立ち上がり、湯刺零仁による器物損壊を謝罪する。後からやってきた店長は大らかに笑い、「子供のやったことだし」とお咎めなしで許してくれた。弁償だったら借金せねばならなかった。轍破は心底ほっとする。
「あたしは子供じゃねえ!」「まずは感謝しなよ零仁!」
「あぁんっ!? クソがっ」「どうもありがとう店長さん!」
「元気でいいねえ〜」
微笑まれる。羞恥心の高まりを感じた。ゲームセンターにはもういられない。轍破は零仁を引きずり、建物の外に出る。
「ええっと。白々燐との待ち合わせ場所は『三色かふぇ』ってところで良かったっけ? 約束の時間まで早いけど。もう行く?」
「ああそうだな。小腹も空いたし」
「僕に奢れって言うんだね? はいはい。はあ」
轍破は溜息を吐く。しばらく歩いてから、ブツブツとボヤいた。
「まったく。どういう風の吹き回しなんだか。いつもの君なら『会いたい』って言われても即突っぱねるじゃないか。この前ラブレターをもらった時もさ」
「差出人が有名な変態ドMだったんだぜ? 視界に入れるだけでごめんだね」
「踏んでやったら良かったじゃないか」「上靴の裏が汚れちまう」
「とっくの昔にガムまみれでしょうに」「ほっとけよ」
「で? 白々燐とは素直に会うのはどういう了見なんだよ。まさか、君ともあろう者が、不届き者の不良が、長い物には巻かれろ主義に鞍替えしたのかい?」
「誰が不届き者の不良じゃ!」
轍破の脛を蹴る零仁。妖精の瞳が涙で溢れる。タッグを組んで約二ヶ月、蹴られ続けた皮膚の一部が、徐々に紫色に変わりつつあった。虐待だと訴えたい。
「あたしはな。子供じゃないけど『よいこ』だから。テレビの『よいこのみなさん』系テロップが言うことはちゃんと聞いているんだぜ」
「嘘つけ。薄暗い部屋の中、至近距離でスマホ画面をガン見してたくせに」
「あぁん!?」「キレてないで、質問に答えて欲しいな、なんて」
「ちっ。風の噂で聞いたんだ。雪女と、この四十票持ってやがる猫又のタッグが友人らしいぜ」「へえ」
だからなんだ? と轍破は思った。少し考えて、ハッと脳裏に閃光が走る。ひょっとして、四十票持っていると言う猫又とお友達になりたいんじゃないだろうか。自分と似た境遇にある少女に、シンパシーを覚えたに違いない。それで、白々燐に渡りをつけてもらいたいと。
轍破は微笑んだ。可愛らしいところもあるじゃない。
友達作りに協力するのは吝かではない。ぜひその猫又と仲良くなろうと、相方を鼓舞するために口を開きかける。
「あたしらに会いたいなんて言ってのこのこ現れた雪女を人質にして、猫又どもの牽制に使ってやるのさ! フハハハハ!」
零仁は高笑いする。期待の一万メートル下の思惑。あまりにも狡猾で残忍な計画に、轍破は愕然とした。
「あな恐ろしや。神様仏様吸血鬼様、この邪智暴虐を是とする女に天罰が下りますように」
轍破は敬虔に祈る。こうして毎日祈っている。なし崩し的にVOTEに参加すると決まってから、「勝負なら負けたくねえ!」と攻撃性を剥き出しにして、どんな卑怯な手でも勝利のため使おうとする零仁に対し、お花の妖精轍破は常にヒヤヒヤさせられていた。冷えて枯れそうだ。
彼の祈りが通じたのか。右にあった土産店が、突然爆発した。
激しい風に煽られる。相棒が傷付かぬよう、轍破は咄嗟に守る。背中に無数の礫、あるいは商品が当たる。ガラスの破片が突き刺さる。すごく痛いが、庇って良かったと心の底から感じた。
ようやく破壊の嵐が止む。
「大丈夫?」「……あ、あんがとよ」
抱く腕を振り解き、零仁はふいとそっぽを向いた。顔が赤くなっている。轍破は気づかない。土煙の奥を睨みつけている。
人影が現れた。禊力を軽く発することで、彼女は視界不良を解決する。髪の毛と左目がショッキングピンクの女。轍破は目を細めた。こいつはVOTE参加者だと直感する。
「やべえな」
零仁はやれやれと肩を竦めた。頬を引き攣らせながら呟く。
「漫画やアニメじゃ、ピンク頭の女は地雷と相場が決まってるんだ」
「悪い情報だね。零仁も染めたら?」「あん?」
「轍破とそのタッグさんだよね? 現在票数トップの」
「人違いです」「そうだよ!」
湯刺零仁は胸を張る。せっかく誤魔化してお帰りいただこうとしたのにと、轍破は肩を落とした。もうこれ、戦う雰囲気じゃん。棟梁の座をかけて。ただのお花の妖精に過ぎない自分にとっては、地位や権威などどうでもいいのに。
彼は争いが苦手だ。好戦的なバディにいつも振り回されている。
「私の名前は町代祝。アホ狛犬がカムイの相方」
町代と名乗った少女は、ゆらりと構える。
「さあ私に集中して。殺し合おう。私も轍破くんたちに集中するから」
こいつ戦闘狂だ。絶対にヤバい奴じゃないか。さすがピンク頭。
轍破の優しい心は、ブルリと震え上がった。
轍破と零仁は、作者的に名コンビなんです。もっと早くに出したかった。設定上では大火災や温矢くれむとニアミスしてたりします。奇跡的に生き残ってる。




