マクラの向上心
「どのくらいの祓い屋が牢獄を使えるんだ?」
差し込む夕日で、部屋がオレンジ色に染まる。ホテルの窓から見下ろす「隠れ家」の景色は、実にエレガントだった。ガラスのコップに注いだ炭酸水をチビチビと飲む。心地よい痛みが口内で弾けた。
対面に座る写魏が答える。
「5%」「少ないな」「成人の七割が牢獄使いな妖怪と比べると、そりゃそう」
彼女と婀歴は、今夜はこのホテルで泊まるらしい。ビュッフェ形式の夕食を済ませたのちに、僕は「祓い場」の寮に帰るつもりだが。帰るという表現はおかしいか。本来の僕の自宅は、高校から徒歩三十分の場所にあるアパートの一室だ。
ローラは帰宅し、共織はどこへとも知れず消えた。部屋にいるのは、僕とマクラ、写魏に婀歴の四人だけだ。
「人間は、妖怪ほど上手く魂を活用出来ない。魂に椽転の理が備わっているだけで、世の中的にはとても珍しい。況して異界構築なんて、一部の才能ある者にしか許されない奇跡。もちろん私も橋絵も使えない。多分、葉友梨も」
「共織と、あと根守は使ってたが」「詛璃が牢獄を発動出来るとは知らなかった」
「あいつ隠してたのか」「秘密なんて、友達同士でも珍しくないと思う」
「まあそうだけれど」「でも、牢獄は祓い屋の誉。内緒にする理由がない」
写魏は俯く。「なんで黙ってたんだろう」と呟いた。
「も、もし根守さんが自分の牢獄について公言してれば、公言出来るような状況にあったとしたら、あんな風な暴走は絶対してなかったですよ……私は、お父さんが原因と疑ってます」
「やっぱり家族関係に問題が?」
ベッドでゴロゴロ、ゲームに興じていた猫又が伸びをする。同じベッドに腰掛けていた婀歴は、マクラの足を避けて端に寄った。シーツに手をかけてちょいちょいと引っ張る。シワを伸ばしているらしい。
それから、婀歴は訥々と続ける。
「根守さんのお父さん……根守家の御当主さんは……寄奇怪界に協力した妖怪に殺されてしまいましたが……ちょっとおつむの弱い人だったんですよ。で、謎にプライドが高く、自分に理解出来ないものはクソだというタイプの人で……勉強が出来る、想像力もある娘をひどく嫌っていて。バカにしていて。直接的な虐待こそありませんでしたけども」「独善的な父親だったんだな」
「詛璃の牢獄によってもたらされる禍いが『昇華』なら、多分、あのバカ当主の理解の範疇を超えていた。彼にとってはナンセンスで馬鹿げた牢獄だった。だから全否定されてしまった。『恥ずかしい』とか『気持ち悪い』とか、散々に罵られた挙句に、自分の世界に閉じこもってしまったのかも」
「肉親に貶されては、歪んでしまっても仕方ないな」
最近学び始めた家族問題ではよく聞くケースだ。
だからと言って、彼女の行いが許されるわけではない。それに、婀歴・写魏の推測が合っているという保証はなかった。根守詛璃もその家族も死に絶えてしまった以上、真相は闇の中だ。
「落ちこぼれに優しくないのは、良くないぞ」
「実感が籠ってるな。根守の場合は逆に、出る杭打たれるという感じだが」
「マクラさんは銀の舞姫で、生まれつき魂が硬いですから、妖力按転が上手く出来なくても仕方ないですよ」「今はだいぶやれるようになったんだぞ」
そう主張して、マクラは掌に緑の炎を灯す。「おお、本当に出来てますねぇ」と婀歴は興味深そうに見つめた。研究職の目になっている。
「白々燐さんの教え方がすっごい分かりやすかったんだぞ」
「ちゃんとお礼は言ったか?」「言った!」
「当瀬さんと霊青線で繋がった影響でマクラさんの魂が柔らかくなったというのが、按転が可能になった一番の理由と思いますがね。えっと。白々燐さんというのは、雪女の?」「そうです。三年前からの友人で」
「彼女もVOTEに参加してらっしゃるんですか?」
「一応VOTEのリストには載ってるが。ずっと『タッグなし』ですね」
「棟梁になる気がないんですか? 実力は十分だと思いますけど」
「元々僕を誘うつもりだったようです。が、すでにマクラを組んでしまってて」
「なるほど……VOTEのリストを見せてもらってもいいですか?」
「マクラ」「今ゲームしてるのに」
渋々と妖怪スマホを手放す。婀歴は画面をスクロールした。感心したように唸る。「い、いつ見ても錚々たるメンツですね」と呟いた。妖怪社会の現勢力図についてもしっかり勉強しているらしい。
「マクラさんは現在四十票。トップ帯にいますね」「分不相応でしょう?」
「カムイさんは三十票と」「行方を晦ませてから増えている」
「真似九頭子が温矢くれむのタッグ妖怪ですよね?」「そう」
「現棟梁に、彼女のVOTE参加資格を取り消してもらうことは出来ないの?」
写魏が尋ねてくる。
「どういうメカニズムかは不明だけど、『白震』は禊力と妖力を組み合わせて生じる現象なはず。温矢くれむはあくまで人間。妖怪と切り離してしまえば妖力は生み出せない。あの凶悪な技を封じられる」「良い方策だと思う」
僕は深い頷きを返した。猫神に憑依され、生命力が急速に失われていく金の巫女モウフを助けるべく、術で擬似的な霊青線を作り出して繋げられた、という前例がある以上、くれむと妖怪を確実に分断出来るわけではないが、それでもやってみる価値はある。
「白々燐を通じて、天狗の葉流とコンタクトを取ろうとしてるが」
「が?」「一週間前から連絡が取れていないようで」
大妖怪ギツネと同じく。伝説の吸血鬼、大妖怪ギツネこと九尾、天狗葉流などを筆頭に、古の魑魅魍魎と音信不通の状況。国畑も行方不明。猫又のお母様とは電話もメールもSNSも可能だが。
嫌な予感がするものの、祓い屋はくれむで手一杯だ。妖怪のことは妖怪に任せるしかない。白々燐は、何か分かったらなるはやで伝えると言ってくれている。
「な、なんだか、閉塞感がありますね。打てる手立てが限られてると言いますか」
「温矢くれむの出現を待つしかない。どこに隠れてるんだろ」
「さあ。明日、直接戦った灰學に、話を聞いてみるつもりだ」
婀歴はスマホをマクラに返す。受け取ってから、ゴロリと仰向けになるマクラ。ダラけている。腹が減ってるんだろう。十八時十五分。そろそろホテルのビュッフェスペースが開放される頃合いか、と立ち上がった。
猫又がボソリと言う。
「マクラ、牢獄も使えるようになりたいなぁ」
セリフから垣間見える向上心に、僕は少し嬉しくなった。尋ねる。
「どんなのがいいんだ?」「うーんだぞ。そうだなあ」
少し悩んでから、マクラは答えた。
「ゲストをハッピーな頃の自分に閉じ込めて、骨抜きにするぞ」
「へえ。僕とは逆のコンセプトだな。いいんじゃないか?」
マクラは十七歳。同い年の僕が言うのは変かもしれないが、その未来は可能性に満ちている。「頑張ろうぜ。お互いに」とハイタッチしてから、ビュッフェスペースに行くべく部屋を出た。




