罪人は資産
「はは。失敬失敬。人生でめっちゃ勝ってそうな羨まけしからん人間を見てしまうと、激しい拒絶反応によってついつい呼吸困難に陥るから」
「大変だな。その濁った目を抉ってみたらどうだろう」
「賢いなあ。グッドアイデア。IQも高そうで、ますます息苦しくなってきた。婀歴、酸素ボンベを持ってこい。こいつの顔を殴って潰す」
「嫌です。深海に沈めますよ。酸素ボンベだけ持たせて」
「おお。橋絵が人の頼みを断ってる」
写魏が目をパチクリさせる。婀歴の「パッシー」からの成長に驚いているらしい。
現在、「隠れ家」に来た写魏たちがいつも使っているというホテルの一室にいる。倒れた共織矢回を窓際で蘇生させたら、「日光はダメ」と主張して押し入れに収まり、体育座りで話し始めた。不気味な座敷童感がある。幸福に縁はなさそう。
共織を深海に送り込むのはいい考えだと感じた。あんなにジメジメしてかつ暗い場所はない。カイコウオオソコエビみたく、マリアナ海溝最深部で元気にやって欲しい。
「ジメジメにも、暗いにも限度がある。何より水圧でぺしゃんこになるわ」
「もうぺしゃんこじゃない。胸」「殺すぞローラ」
「ローラさん、殺しますよ」「ローラ、今のは死刑」
多方面の怒りを買ってしまい、恵まれた側のローラは冷や汗を流す。「まあまあ」と宥めた。クレイジーサムライガールズから睨まれる。コンプレックスを抱えているようだ。話題を変えねばなるまい。
「共織。さっきの少年でどういう実験を行ったんだ?」
「実験台と決めつけるなよ。人聞きの悪い。『気持ちいいことしない?』って言ったらホイホイついてきた。それで約束通りに、術で作った新型の快楽物質を50ミリグラムほど脳に送り込んだだけさ。理論通りに効果覿面だった」
「典型的な実験台じゃねえか。男の子の夢と欲望を弄びやがって。依存性とかあるわけじゃないよな」「さあ?」
少年は家に帰した。ホテルには連れてきていない。
共織はとぼけた口調で言う。
「要経過観察だね」「あまりにも違法で草生える」
写魏がケラケラ笑う。申請しても絶対に通らなさそうな実験だ。先にネズミやモルモットで試しておくのが不可欠だと思う。
「一応、野良猫とケットシー、それぞれ五十匹で事前にテストしてるけどね。特に害はなかったよ。ケットシーのIQが有意に低くなったくらい?」
十分大きな害である。可哀想なケットシー。同情しつつ、「歯磨きしてくる」と席を外す。マクラが話しかけてきた。
『なんて言ってる? 英語で分からなかったぞ』
「事前実験で猫に違法レベルの高そうな薬物投与したらバカになったって」
『ヒィ。あいつ怖いぞ』「安心しろ。お前はすでにバカだから」『キレるぞ』
洗面所のドア越しに、ローラの唸り声がくぐもって聞こえる。
「ヤミ。まさか人間でも五十人試そうとしてるんじゃないでしょうね」
「罪人貸出の申請ってどうするんだっけ? 自分でやったことなくて」
「……あんたみたいな危険人物に貸し出してもいい重罪人は少ないわよ」
罪人の貸出サービスがあるのか。シャーマニズムの人権意識は低いようだ。サンプルバイアスも気になる。
冷たい水で顔を洗った。白く清潔なタオルで拭いてから戻る。
「私が申請しても二十人でしたし」「私は十五人」
「そうなの? 信用力が低いわね。私は六十人まで通るらしいわよ。申請したことないけれど。人にかける術ってやっぱり怖いじゃない」
「へえ。楽しいよ。ダメにしてもいい人間をダメにするのは」
「写魏さん。一人や二人は仕方ないですが、でも、なるべく壊さないようにしないと……罪人も資産なんですから。と、とにかく、共織さんでは五人くらいが限界だと思います」
「はあ。まったく世知辛い。ローラで六十人って、昔と比べてかなり審査が厳しくなってるんじゃないか? こうなれば一般人でも拉致するかね」
耳を疑う物騒な会話だった。せっかく学んだ常識が崩れそうだ。サムライガールズの感覚では、罪人って資産なのか。道徳が欠如している。写魏たちもいつか資産として計上されて、どこかに貸し出されていくのだろうなと想像した。
「雑談もほどほどに、本題に入ろうか」「本題?」
「共織を探していた理由だよ。禊力使用が体にもたらす負担についても研究してるんだろ? 専門家として聞きたいことがあって」
「相談料は一億円」「少年を騙して実験台にした件は黙っといてやる」
「ちっ。小癪な。弱みは見せちゃいかんのだな。だがな。それでも覚えとけ小僧。科学の発展に犠牲は付き物だ」「お前から死ね」
「ははは。なんでも聞いてくれたまえ! いてっ」
押し入れの仕切りに頭をぶつける。天罰としては不足している。世界をより良くするために、一トンハンマーで思いっきり殴りつけたい。くれむ対策チームにこいつを加えようか。肉壁要員として。
「僕の友達に、禊力の椽転と使用で、髪どころか片目までショッキングピンクに染まっちまった少女がいる」「ふむふむ」
「町代祝。気の弱い、優しい奴だった。人の痛みを知れる奴だったはずなんだ。なのに六日前に自分の両親を殺して、それ以降行方知れず」
「ふふふ」
何がおかしいのか、共織矢回は微笑む。続けた。
「やばいね」「矢回。語彙力」
「今考えると、髪が三分の二ほどピンク色に染まってから、どうにも様子がおかしかった気がする。カラーチェンジ自体に健康への悪影響はないらしいが。陽の気を禊力に替えるのに、魂をフル回転させるのは間違いない。適性があっても耐性がなかったら、魂をとてつもなく疲弊させ、擦り減らしてしまうのも、感覚としちゃ分かるんだ」「うんうん。そうだね」
「禊力椽転によって急激な魂の劣化が発生する。それは、人の理性を壊しちまったりするのか? 優しい女の子が親を殺して、親の死体を風呂場へ乱雑に放り込んでから、財布だけ持って逃走を選ぶようになるほどに。教えてくれ」
「あー…………はいはいはいはい」
共織は頷く。コメカミをトントンと叩いた。すぐに見解を述べる。
「魂が劣化しても、脳機能に障害は一切発生しない。現実の肉体による、脳に溜め込まれた情報へのアクセスに支障が出るだけ。魂の主な仕事、本来的な役割は、高次元的な精神世界と、物質世界に存在する我々の肉体とをリンクさせることだから」「え? じゃあ」
「理性が損なわれたりはしない」
断言される。
「本能的欲望に対する理性があるのは脳。魂じゃない。でも。魂には、似て非なる機能がある。それは、『真なる自分』という高次元体を包み隠す暗幕。オブラートだ。故に魂の劣化は、『真なる自分』を暴くのである。つまり」
「つまり」
目を見開く。心に暗雲が立ち込める。絶望に支配された。僕は彼女のことを、何も分かっていなかったのだ。
共織矢回は、残酷な真実を告げる。
「曝け出されただけだよ。日の下に。マチシロハフリとやらの本性がね」




