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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第一章 寄奇怪会
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よそよそしい教室


 猫耳はどうにか引っ込められたが、銀髪は無理だった。マクラが乗り移ってなくても同様。染める時間はないし、そもそも染めるためのアイテムも持っていない。光の具合では黒に見えないこともないだろうと信じて、そのままアパートを出る。

 通う高校には、早歩きで約三十分。朝の軽い運動にはちょうどいい。

 昨日の雪が踏み固められたのか、道が凍結している。小学生が走り回るには危ないかもしれない。踏み込みをほんの少し強くして、滑らないようにする。


『あっ雪だるまだ』


 家から出て十五分ほど経った頃、体の中からマクラが語りかけてきた。僕と視界を共有していて、外の様子も見えるらしい。

 多少の人目はあるが、小声で話す分には問題ないだろう。会話に乗ってやる。


「目が松ぼっくりだ。冬の真っ只中というに、どこから拾ってきたのやら」

『雪だるまって、どうやって作るんだ?』

「芯となる雪玉を作って、雪の上でゴロゴロと転がすんだ。周りに雪が引っ付いて、どんどん大きくなっていく。それを二つ」


 去年の冬までは、僕も作り方を知らなかったのだけれど、真島柿が教えてくれた。僕が必要以上に凝り性だったから、二人で一緒に暗くなるまで作った。

 ジュワッと目頭が熱くなるのを、どうにか振り切る。


「作ったことないのか?」

『うん』「積もったのは初めてか?」

『初めてじゃないぞ。里じゃよく積もってた。もう慣れっこだ。でも、一緒に雪遊びしてくれる友達がいなくて』

「……なるほど」


 哀愁の漂う声音。大きな耳を下に垂らして、シュンと落ち込むマクラの姿が、容易に想像つく。同情心が湧き上がり、かける言葉を探してみる。


「今はもう、雪が固まってて無理だけれど。いつかまた雪が降ったら、一緒に雪だるま作るか?」


 なし崩し的に、生きる理由を作ってしまった。


『えっいいのか? やったー! 約束だぞ』

「ああ、約束だ。でも、二人で目一杯雪遊びするには糸が邪魔だな」

『そーなのか。じゃあ切りたいな』

「ハサミじゃ切れなかったしな。どうすればいいのか……」


 近くに駅があるためか、周りの人通りが多くなってきた。うちの高校の生徒もちらほら混じっている。トーンをさらに小さくした。


「そろそろ『独り言』は辛い。お喋りはここまでにしよう。話しかけてきてもいいが、首振り以外の反応は出来ないと思ってくれ」

『分かった。どーせ人間の授業もつまらないだろーし、マクラ寝とく』


 人間の授業()、か。

 まあ確かに、高校までにやることは、あくまで人生を効率よく進めるための潤滑油であり、個々人の興味関心に基づくものではないから、大勢にとってエキサイティングでないのは事実だ。

 ジャージ姿の教頭に挨拶しつつ、校門をくぐり抜ける。校舎の向こう側にある運動場が、ひどくぬかるんでいた。持久走は中止かな、と持ってきた体操服を眺める。下駄箱に靴をしまって、代わりに上靴を出した。

 二年一組の教室に着く。当然、真島柿の席は空だった。

 数秒のち、フイと視線を背ければ、目前に未交がいる。


「にゃっほー。ちゃんと学校来たんだね。えらいえらい」

「僕自身が休む理由はないからな」

「ふーん。休む理由にしたくないんだね。あれ? 髪の色が薄くなってない? へー、ストレスでホントに白っぽくなるんだ。そんなにショックだったのか、あはは」


 無造作に手を伸ばし、僕の髪に触った。サラサラ撫でられる。周りで流れる、咎めるような空気。慎めという圧力。僕に対してではなく、未交に対してだ。

 恋人が亡くなったばかりの男に、遠慮がなさ過ぎると。

 後ろに下がり、未交の手から逃れる。微笑んだ彼女は、「今日の体育は体育館で卓球だって」と有益情報を言い残してから、自席に戻った。クラス女子の中で一番スマッシュが得意だから、張り切っているのかもしれない。

 八時二十五分の予鈴とともに、担任の武良咲先生が教室にやってきた。もちろん昨日の葬式にも来ていて、そして、ずっと自分を責め立てるような顔をしていた。真島柿の机を見て、分かりやすく怯む。生徒の死に耐えられないのか、短いホームルームののち速やかに去っていった。

 教室の空気は、どんより暗い。特に僕の周り。まるで深海だ。シーラカンスにでもなった気分だけれど、それを言うと、とてつもなく大きな顰蹙を買ってしまうに違いない。元々そういうキャラでもない。

 数学の教師が、居心地悪そうに教壇に立つ。一時間目、二時間目の化学、三時間目の古文と、いつもよりずっと重苦しかった。普段通りなのは未交ぐらい。

 あるべき日常を取り戻すのに、少なくとも一週間はかかりそうだ。憂鬱になる。


「えーと、あまり進みませんでしたが、今日の古文は終わりです。次回までに問題集の該当ページをやっておいてください」


 四時間目、体育だ。女子にはウォーターサーバー付きの更衣室があるが、男子は教室で着替える。通気性が良く寒い体操服で、体育館へと向かった。

 普段は簡単に相手を見つけられるが、今日は避けられた。片面ラケットを持って、一人佇む。全体を見渡せば、同じような状態の未交を見つけた。

 空気を読もうとしない性格ゆえか、彼女は特に同性からかなり嫌われていて、こういう授業ではいつも浮いている。優しい真島柿ですら、未交には警戒心を向けていた。別に、一人でも寂しそうな様子はないが。

 ただ、僕が誰ともタッグを組めなかった時にだけ、なぜか未交から誘ってくる。おかげで僕はあぶれない。たまにはこっちから誘うことがあってもいいかと、「卓球やろうぜ」と彼女に声をかけた。


「うん」


 カンカンカンカン、ラリーを続ける。勝ち負けを決めるゲームじゃないからか、得意のスマッシュを放ってこない。僕も攻撃を仕掛ける気にはならなかった。授業が終わるまでずっと続きそうだ。


『楽しそうだな、それ』


 中からマクラが話しかけてきた。起きたらしい。『変わって欲しいぞ』と言われて、突然、体の支配権をすべて奪われる。お前、全取り出来たのか。スカッと、球が後ろに飛んでいった。


「? 当瀬くんなら、今のは取れるよね?」

「すまない、油断した」


 口だけは、僕の意思で動いた。マクラは僕の体でサーブを試みるが、全然上手くいかない。「どうしたのさ」と眉を顰められる。まさか、卓球初心者の妖怪に取り憑かれてるんだとは返せない。


『うー、無理だぞ! つまんない!』


 マクラはようやく、僕の体を手放した。拗ねてしまったのか、それからマクラは黙ってしまう。僕は精彩を取り戻したものの、「当瀬くん調子悪いの?」と、体育が終わるまでずっと、未交から心配された。

 昼休みになって、「独り言」が出来る場所を探す。最上階、美術準備室前の廊下にやって来た。誰もいない。窓の額縁に肘を掛け、「なあマクラ」と口を開く。


「急に取って代わるのはやめてくれ。不審がられる」

『急じゃなきゃいいのか?』

「大丈夫だと判断したなら許可する。ずっと中はマクラも窮屈だろうしな」


 廊下に座り込み、弁当の包みを開く。教室だと食べにくい。ここは物理的に冷えるけれど、精神的に凍えるよりかはマシだ。


「授業中、マクラの睡眠による安らぎ効果か、想定よりも憂い度合いが小さかった気がする。学校にいる間は寝といてくれたら嬉しい」

『お嫁さんが死んじゃったもんな、辛くもなるな。分かった、一肌脱いでやるぞ』


 恩着せがましく言われた。

 寝るだけで脱がれても困るし、しかも結婚はしていない。僕はまだまだ、ひよっこの高校生である。ひょっとすると妖怪の世界では、恋人関係も夫妻関係も変わらないのかもしれない。

 そこのところは、聞いていない。


「ごちそうさま」


 弁当を食べ終わった。気は進まないが教室に戻る。五時間目は地理だったか。

 階段の曲がり角に差し掛かった時、その向こう側からいきなり女子生徒が現れて、箒を大きく振り上げながら、必死の形相で襲ってきた。


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