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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第一章 寄奇怪会
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可愛らしい猫又のプロローグ

 某傑作寄生される系漫画を読み、「クリーチャーよりも猫耳の女の子に寄生された方が嬉しいのでは?」と気づきを得て書きました。よろしくお願いします。


 物の怪大会議。

 扇形の会堂に列席するのは、古より存在する凄まじき魑魅魍魎ども。各々が妖力を練り、体に纏い、自らの存在感を誇示していた。場は、針で突けば破裂しそうな緊張感で溢れている。

 その中に、あまりにも場違いな、小さく可愛いだけの猫又がちょこんと座っていた。

 名はマクラ。「枕詞」のマクラ。あってもなくても意味は変わらない、ただ綺麗に整えるために添えられる、いわば和歌のパセリ。自分はまさしくそれなのだと、今日以上に深く感じたことはない。

 銀色の髪の上で、大きな耳が垂れ下がっている。緊張し、萎縮していた。大妖怪たる母の代理として手を挙げた過去のバカな自分を、責めたい気持ちでいっぱいだった。自分はいつだってバカだと思う。

 つぶらな瞳をキョロキョロと動かす。

 右は百足鬼の鋼丸、左は雪女の白々燐。歴史に名を残すほどではないが、有名妖怪だ。街で見かけたならミーハーとして喜ぶ。しかし、大会議というガチの場で挟まれても、気後れするだけだった。オセロみたいには、心は変えられない。


「はわわ。やばいぞ。ちびっちゃいそう」


 ボヤく。もう帰りたい。

 本当に泣きそうになる寸前、壇上の空間が裂けた。立派な白髭を蓄えた、大柄な老天狗が現れる。お付きの者が手を叩き、「静粛に」と言い放った。

 会堂の張り詰めた空気が、一瞬で凍る。


「ワシも老いた」


 ぐるりと辺りを見渡した老天狗は、すぐさま語り始めた。見たら分かるよとマクラは思ったが、さすがにそれを口に出すほどにはバカじゃない。

 大人しく続きを待つ。


「かつてほどの力はない。このまま妖怪棟梁を続けても、引っ繰り返されるのは時間の問題じゃろう」


 へえ。あの人が妖怪棟梁。とマクラは感心する。顔は初めて見るが、名前だけなら知っていた。確か葉流さんだったはず。しかし、「引っ繰り返される」という言葉がどういう意味で使われたのか、マクラには分からなかった。

 頭から床に転がる葉流さんを想像して、頭蓋骨がパカッと割れそうだなと、アホな結論に至って納得していた。もうこの段階で、演説の内容についていく目はない。


「だから」


 葉流は、声を低くする。


「三百年ぶりのVOTEを行う」


 全員、呼吸をピタリと止めた。

 なぜそうなったのかマクラには理解出来ないが、とりあえず自分も息を潜める……だが直後、


「「「ワアアアアアッ!!」」」


 と、会堂は熱狂的に盛り上がった。手を打ち鳴らし、立ち上がり、喝采する強き者たちに混じって、マクラも一緒に喜んでみる。何が何だか意味不明だが、騒ぎに乗じるのは楽しく感じた。

 その後、VOTEとやらのルール説明が行われたが、場の状況に追い抜かれ、一瞬で置いていかれたマクラに、もちろん理解出来るはずもなく。いつの間にか会議も終盤、「諸君らの健闘を祈る」という激励で締め括られ、解散となった。

 狐につままれたような気持ちとなりながらも、「詰まるところどういう議題だったのか」を周りに聞く勇気も出ず、マクラは帰路に着く。早く帰って、自分のボス、すなわちご機嫌斜めで出席したがらなかったお母さまの面倒を見なければならない。

 お小遣いで買ったドライフルーツを食みつつ、猫又の里に帰るための妖怪門(ゲート)に赴く。スマートフォンで妖怪掲示板を眺める。今週、里の最も近くに転送してくれる妖怪門は、南西にあるイタリアンレストランからわずかに離れた位置に出現しているらしい。


「近道しよーかな」


 進路を曲げて、人気(ひとけ)のない細道に入る。ドライフルーツの袋を口に咥え、てってってと走り出した。

 耳をピョコリと動かし、止まる。

 誰か来る。「遮ります!」と叫びながら、男性型の妖怪が、屋根から飛び降りてきた。

 頭の帽子を外して、優雅に一礼する。


「どうも! 遮れるのは日差しだけ、でもそれ以上を期待された帽子の付喪神、冴義理です!」

「ど、どーも。マクラは猫又のマクラだぞ」


 名乗られたので、マクラも名乗った。

 二又に分かれる尻尾を、フラリと動かす。


「マクラに何の用だ」


 困惑する。どうして自分などのクソ雑魚妖怪が呼び止められたのか。相手にされる価値など持っていないことを、マクラはよく自覚していた。

 マクラが自慢出来るのは、己の愛くるしさだけだ。「お前は可愛さ以外テンでダメだが、可愛さだけなら一級品だ」とお母さまから言われたこともある。


「お前、弱そうじゃないですか!」


 帽子の付喪神、冴義理はそう言った。


「なので、我がご主人様が気持ちよくVOTEに参戦するため、雑魚の露払いをと思いまして!」

「え」


 マクラはやっぱり、状況を理解出来なかった。自分が宣戦布告されたということに、まったく気づいていなかった。

 すでに攻撃されたことにさえも。

 ボトリと、彼女の左腕が落ちる。ツンと香る血の匂いと、その温かさ、すぐ後に襲いかかってくる猛烈な痛みによって、マクラはようやく事態を把握した。


「……あ、あ、あ、あっ!?」

「遮る、遮る、遮ります!」


 口元を歪める冴義理、恐怖と痛みに表情を歪ませ、泣き始めるマクラ。即座に右腕も落とされた。命の危機に、硬直する筋肉を振り切って、冴義理とは逆の方向に逃げる。


「いやっ! やだっ! なんでっ!? くるな!!」

「遮りますよ! 遮られてください! いいですねっ」


 いいわけがない。恥も外聞もなく、マクラは泣き叫びながら逃げる。死に物狂いの逃亡虚しく、右足を奪われた。もう走れない。

 呆気なく転倒し、そのまま容赦なく殺される、かに思われた。

 別に、マクラの生存願望が天に届いたとかそういうのではなく、たまたま妖怪門の配置換えがその時間に発生し、たまたまマクラの転倒先に現れた。しかも、妖怪門は発生後おおよそ一秒の間のみ、発動が不安定で、どこに飛ばされるのかがアトランダムとなる。一秒後以降は固定されるが。

 まさに運命の悪戯。

 死にかけの猫又は、妖怪門に飲み込まれ、どこへとも知れない場所へと旅立っていく。


「……この冴義理が、遮られた……?」


 後には、黒々とした殺意に眼を染める、厄介な妖怪が残った。


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