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名前のない物語

捨てられたウェディングブーケ

作者: 中田カナ

「その結婚、ちょっと待ったーっ!!」

荘厳な礼拝所のドアが突然大きな音を立てて開かれ、祭壇の方へ1人の男が走り寄ってくる。

今まさに誓いの言葉を口にしようとしていたはずの花嫁は、ブーケを投げ捨てて男の元へ走り出す。

「ごめんなさいっ!私、やっぱりこの人と一緒になります!」

手に手を取って礼拝所から走り去る2人。祭壇の前に取り残された司祭と花婿。

いったん静まり返った参列者達は、やがてざわざわし始める。

花嫁の父親が花婿に土下座して詫び、花婿側の親族からは怒声が上がる。

花嫁の母親は気を失って倒れ、周囲の親族があわてて支える。

そんな騒動の中、私は足元に落ちていたブーケを拾い上げた。

花嫁からブーケを受け取ると次に結婚できるとかいうけど、こんな場合はどうなるのかしら?

まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど、このブーケは結構自信作だったんだけどなぁ。


私の職場である花屋へ元花婿さんがやってきたのは騒動から1週間ほど経った頃だった。

「貴重なお時間を割いていただいたのに、多大なご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした」

お詫びの品なのか焼き菓子の詰め合わせの箱を手渡され、深々と頭を下げられてしまってこちらがあわてる。

「あ、あの、どうかお気になさらず」

貴方は全然悪くないじゃないですか・・・と思ったけれど、すぐには言葉が出てこなかった。

「貴女は彼女の古くからのご友人だそうですね?」

「ええ、まぁ」

学校はずっと一緒だったので友人と言えるかもしれないが、たいして親しくもなかったので招待状が届いてむしろ困惑したくらいだ。

「そちらこそ大変だったんじゃありませんか?」

「まぁ、確かにようやく落ち着いてきたところではありますね」

元花婿さんは苦笑していた。


「実は今日こちらへうかがったのはお詫び以外にも理由がありまして・・・あのウェディングブーケは貴女が作られたそうですね?」

「あ、はい」

彼女からの依頼でウェディングドレスのデザイン画からイメージを起こし、仮縫いのドレスも見せてもらって具体的なところを決めていった。

「せっかくあんなに綺麗に作っていただいたのに、無駄になってしまって本当に申し訳なかったです」

ウェディングブーケを作るのは私にとってはあくまで仕事の1つ。

でも誰が持つものであろうとも、いつも私なりにその人の幸せを願いながら作っていた。

「いえ・・・仕方のないことですから」

だがその後、元花婿さんは思いがけないことを言い出した。

「あのブーケ、まだあまり出回っていない新品種の花を使っておられましたよね?おかげで花嫁のドレスよりもブーケに目が行ってしまいましたよ」

「・・・え?」

確かに以前行った花の見本市で気になっていたものを取り寄せて使っていた。あのドレスの色に合うと思ったから。

「あれはうちの領地で生み出された品種なのです。人気が出るのはもう少し先かと思っていましたが、意外なところで出会って驚きましたよ」

「そうだったんですか」

そういえば、この方は王都に隣接する領地をお持ちの貴族だったのよね。

温暖な気候と一大消費地である王都に近いこともあって特に農業に力を入れていて、品種改良なども積極的に行っていると聞いた。かくいう私も何度か花の生産農家を見学させていただいたことがある。

「王都に滞在している時は市場調査を兼ねていろんな店をまわっているのですが、あのブーケを作った貴女のお話を聞いてみたかったのです」

その後は結婚式の話題はまったく出ず、ひたすら花に関する話をした。生産者側との情報交換は私にとってとてもいい勉強になった。



その後も元花婿さんは時々お店を訪れては話をしていくようになった。私だけでなく花屋の女性オーナーとも話したりしている。

あいかわらず花のことがメインだけれど、時が経って多少余裕も出てきたのか、あの結婚について触れることもあった。

「あまり大きな声では言えませんが、正直なところ彼女が逃げてくれてありがたいとも思っているのですよ。そもそも彼女の側からの強い要望で、その当時は立場の弱かった我が家は断れなかったのです」

何年か前の天候不順による大凶作に加えて新規事業の予想を上回る負担が重なり、経済的に厳しかった時期があったのだという。今はもう新規事業も軌道に乗って完済しているそうだが。

彼女の家は平民ではあったが、大きな商会を営む裕福な家だった。融資の条件の1つに婚約もあったらしい。考えてみればいかにも彼女が好きそうな外見だし、さらに貴族という身分もある。

「でも、自分から望んでおいて逃げてしまったのですか?」

「一緒に逃げた相手がどういう男かいまさら知りたくもないですが、貴女も古くからのご友人なら彼女のことはいろいろとご存知でしょう?」

ああ、そういうことか。

裕福な家で何不自由なく育ち、何でも自分の思い通りになると思っていた。恋愛に関しても同様で、友達の恋人であっても平気で奪うので、女性の友人は極端に少なかった。学生時代はたいして接点がなかった私にまで結婚式の招待状を寄越すくらいだから推して知るべしである。そして手に入れてしまった恋人は、すぐに飽きてしまってポイ捨てを繰り返していた。

さらに自分に酔うタイプだったので、おそらく結婚直前は2人の男性の間で揺れる自分自身に酔いしれていたのだろう。周囲に迷惑をかけることなど欠片も思いもせずに。

「貴方も大変でしたのね」

「ご理解いただきありがとうございます」

元花婿さんは苦笑しながらそう言った。



あの結婚式の騒動から1年が過ぎた。

夕方の店じまいがほぼ終わりかけた頃、あの元花婿さんが花束を抱えて現れた。

「花屋さんに花束を持ってくるという無礼をどうかお許しください。この花束は私の気持ちです。どうか私とこれからの人生を歩んでいただけませんか」

ひざまずいて私に花束を差し出す。

小さな花束だけれど、どれも珍しい花ばかり。この季節には咲かないはずの花まである。

この方と話すのはいつも楽しかった。私の気持ちも少し揺れ始めてはいた・・・でも。

「お気持ちはとても嬉しく思います。でも、私は貴方にふさわしくありません。私は平民だし、それに・・・」

うつむいて小声になってしまう。

「貴女が夫と早くに死に別れたことは、この花屋さんのオーナー・・・義理のお母様にうかがって存じております。オーナーはいつまでも過去にとらわれず、自分自身の幸せをつかんで欲しいと言っておられましたよ」

いつのまにかすぐそばに来ていたお義母様が優しい笑顔でそっと私の肩を抱き、何も言わずに大きくうなずいた。私もお義母様に向かってうなずき、花束を掲げる男性に向き合う。

「本当に私でよろしいのですか?」

「もちろんです。どうかこの花束を受け取ってください」

そっと手を伸ばして小さな花束を受け取った。

お義母様と花束をくれた男性の暖かさに私の涙は止まらなかった。



さまざまな準備を終えて、私は馬車で彼の領地へと向かっている。

道の両側にはどこまでも花畑が広がり、まるで楽園にいるかのようだ。

王都では花を育てる場所などなかったので、もしできることならやってみたいと言ったら、庭の一角を私に預けてくれると彼は言った。

そういえば、逃げた花嫁は結局うまくいかずに出戻ってきたと風の噂で聞いた。でも彼女と私の人生が交わることはもうないだろう。

最初の結婚は若すぎる2人に余裕などなく、式も挙げられなかった。

私は初婚ではないから式を挙げることに抵抗もあったけれど、彼は私が作った私達2人だけのためのブーケが見たいと言ってくれた。

あっけなく病でこの世を去ったあの人は、こんな私を許してくれるだろうか?


流れていく景色を眺めながら私は頭の中で思い描く。私自身のウェディングブーケを。

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勇者は獲物を逃さない【連載版】
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「名前のない物語」シリーズ
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― 新着の感想 ―
[一言] 心がホンワカと温まる素敵なお話を、ありがとうございます。 作者様の作品は安心感たっぷりで読めるので、大好きです(*^_^*)
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