伝説の剣をへし折った俺が、伝説の勇者になるまで
『小説家になろうラジオ』の中のコーナー、「タイトルは面白そう!」に投稿するべく「伝説」というキーワードでタイトルを考えたのですが、あらすじを考えていたらノッてきてしまい、結局小説として仕上げるところまできてしまいました。投稿には間に合いませんでしたが、せっかくなのでここにアップしとこうと思います。
小説としてはだいぶ甘い作りですが、楽しく書けたので、軽く読めるものになっていると思います。剣の名前が戦鎚“ミョルニル”なのはワザとですが、特に意味はありません。単にかっこいい剣の名前を思いつかなかっただけです。
ちなみに2020年5月22日放送分の当該コーナーでは私の別の投稿が採用されております。やったね!
https://youtu.be/CtzwtVuGDV0
「へえ、これが伝説の剣“ミョルニル”かあ」
それはかつての勇者が振るったといわれる魔物殺しの大剣で、広場の真ん中で大きな岩に深々と突き刺さっていた。これを抜けるのは真の勇者だけだと言われているらしいが、今は単なる町の観光名所だ。この広場も昼間なら観光客でごった返しているところだが、こんな真夜中では誰もいない。
俺はというと、今日は15の誕生日で、(注:この国では)ようやく酒が飲めるようになった最初の夜だぁ!ということで、仲間と酒場でしこたま呑んだ帰り道だった。
広場のベンチに座って酔いを醒ましていると、ふと伝説の剣に目が止まった。
ふふん、伝説の剣だって? 真の勇者だって? ならば一丁試してやろうじゃないか。
酒の力で気が大きくなっていた俺は、岩の上によじ登ると、両手で柄を握り、思い切り引っ張った。
「うりゃああああああああああ!」
……抜けない。
「おりゃああああああああああ!」
……抜けない。
ハハ、そりゃそうだよな、俺、勇者じゃないもんな、と柄に寄り掛かった、その時だった。
パキン!
小さな音がして俺は岩の上から転げ落ちた。
痛たた……と腰をさすりながら起き上がろうとすると、何か金属の棒のような物が手に触れた――え、これって、もしかして。
あわてて岩の上を見上げると――ない。岩の上に刺さっていた剣がない。
俺は生まれて初めて顔から血の毛が引く音を聞いた。
もう一度手元に目をやると、そこには、さっきまで俺が引き抜こうとしていた、伝説の剣の――
「うわあああああああああ……」
俺は一目散に逃げ出した。とにかく走って走って走って……自分の部屋に逃げ込むとドアを閉めてベッドに潜り込んだ。頭から布団をかぶってできるだけ丸く小さくなろうとした。
マズイ、マズイ、マズイ、マズイ。
いや、大丈夫だ。きっと大丈夫だ。広場には他に誰もいなかった。誰も見ていないはずだ。そのはずだ。きっと、黙っていれば……。
だが突然、激しくドアを叩く音で目が覚めた。俺の名を呼ぶ声もする。
俺は布団の中でビクッとして、朝になっていることを知った。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
それよりドアを叩く音だ。間違いない。だんだん音が大きくなる。俺の名を呼ぶ声も大きくなっていく。このまま居留守を決めこんでいればあきらめるかも、という期待よりも、ドアを蹴破られそうな危機感の方が大きくなってきて、俺は渋々ドアを開けた。
どうやらあの夜、一部始終を見ていた市民がいたらしい。朝一番で王城に通報があったそうだ。悪気はなかったと弁明したが許されるわけもなく、俺は金貨2億6千万枚もの罰金と、十年の禁固刑――平たく言うと、牢屋入りだ――を科されることになった。
十年、十年……もし十年後に牢から出られても、金貨2億6千万枚もの罰金なんて払えるわけがない。いっそ死刑になった方がマシというものだ。かといって自分で舌を噛んで死ぬこともできず、俺は王城の地下牢で毛布にくるまって小さくなっていた。
牢の中で3日ほど経っただろうか。足音が近づいてきて牢の扉が開き、牢番が「出ろ」と言った。
俺は再び顔から血の気が引く音を聞いた。
やっぱり死刑? 死刑なんですか?
だが尋ねてみて「そうだ」と言われたら、間違いなくその場でショック死する自信がある。
怖くてとても口にはできなかった。
しかし廊下に出てみると、見知った顔ににらみ付けられた。
「おや、じ……?」
趣味の悪い豪奢なマントで太った腹を包んだその中年男は、まぎれもなく俺の親父だった。
いつもの何十倍も苦虫を噛み潰したような顔をしている。当たり前か。
そのまま俺は釈放された。正確には保釈された。親父が保釈金を払ってくれたのだ。かなりの額だったはずだが……。
「そうだ。だいぶ値切ってやったが、それでも店の幾つかと、妹の結婚資金まで手放すことになったんだぞ。うちに帰ったらエルサに詫びの一つも入れておくんだな」
保釈金を値切ったのか、この悪徳商人……。
この、人を常に見下した物言いが嫌で家を出たのだが、今はグウの音も出ない。エルサには後でしっかり謝っておこう。
「で、だ。保釈金のことはともかく、お前にはまだ罰金が残っているな」
そうだった。罰金は値切ってくれなかったのか。
「バカ言え! しかもそれだけではないぞ。広場周辺の商店会からも賠償金の請求が準備されているらしい」
「ば、賠償金……?」
俺は目をパチクリさせた。そうか、俺のせいで観光名所がなくなったのだ。周辺の商店からしてみれば、ある日突然商売の種がなくなったわけだから、文句どころでは済まないだろう。それにしても、一体いくらになるんだ……?
「わしのつかんでいる情報では、最低でも金貨5億枚だ」
5、5億? 罰金と合わせると……。
「7億6千万枚。おそらく8億枚に近いだろうな。王国一の豪商を自負するこのわしでも、見たことがないほどの大金だ」
「そんなの……どうやって用意すればいいんだ……」
俺は頭を抱えた。
そんな俺を少し憐むような顔で見下ろした親父は、少しだけ声のトーンを和らげて言った。
「そこでだ。王に相談してみた」
「まさか、値切ったのか?」
「しとらんと言っただろう! わしが相談したのはな、南の開発計画のことだ」
「開発……?」
「お前は知らんだろうが、最近王国では食糧不足が目立つようになってな。南の豊かな土地を手に入れて、農地を拡大したいと考えているのだ。だが、あそこには“ライアーン”がいる」
“ライアーン”――南の森に棲むという伝説の魔竜だ。その昔、北、西、東の竜を全て倒した伝説の勇者ブレイゼンが、どうしても倒せなかったという、最強の魔竜。
まさか――
「それを倒したら、報奨金として金貨10億枚を出すという約束をとりつけた」
「いやいやいや! それ絶対ムリだから! 伝説の勇者が伝説の剣を使っても倒せなかった竜を、俺が倒すなんて!」
しかも伝説の剣“ミョルニル”は俺が折ってしまったせいで、もうない。今から新たな伝説の剣なんか作れるわけがない。もしそんな武器があったとしても、勇者でもなんでもないかけ出し冒険者の俺にそんなことができるわけがない。
「だが、やらねばならん。やらなければ地下牢へ逆戻りだぞ。そして10年もたたずに死刑だ」
「え? だって10年の禁固刑だって……」
「考えてもみろ。10年の間、牢屋でただ飯を食わせるのと、半年で“獄中死しました”と言うのと、どちらが安上がりだ?」
安上がりって……だが答えは聞くまでもない。
「だから生き延びたかったら、奇跡を起こせ。どっちにしたって死ぬのなら、国のために戦って死ぬ方が美談になる。そうしたら、その話をわしが広めて、エルサの結婚資金くらいは稼いでやろう。エルサも、伝説の剣をへし折った間抜けの妹ではなく、果敢に伝説に挑んだ勇者のなり損ないの妹としてなら、少しは後ろ指刺されずに嫁入りできるだろうて」
このクソ親父……死んで元々みたいな言い方しやがって。
だが、エルサを引き合いに出されると、このまま獄死するわけにはいかないと思えた。自分でもどうしようもない兄貴だと分かってはいるが、それだけに妹には迷惑をかけたくない。すでに大事な結婚資金を使わせてしまっているのだ。
おれは竜退治へ行くことにした。
南方の森までは親父の商会の隊商に同行させてもらうことになった。装備は行った先で調達しろと言われたが、そのための資金は隊商の隊長に預けてあるという。我ながら信用されてないことだ。
さらに、お目付役として二人の冒険者がついてくることになった。
「ちわーッス!」
「……どうも」
一人はくったくなく笑う褐色肌の少女、デクシア。細身の身体はいかにもはしっこそうで、親父の話では凄腕のナイフ使いだという。
もう一人は無口で無愛想な銀髪のメガネ少女、アリステラ。ナイフ使いよりさらに小柄だが、あらゆる魔法に長けていて、特に探知魔法が得意だという。
「どっちも俺より若いじゃねぇか!」
どう見ても12か13といったところだ。魔竜退治にこんな子どもを連れていけるかよ。
「それでもお前なんぞよりは何倍も格上の冒険者だぞ。例えば、そら」
親父が合図すると、首の後ろで束ねていた俺の髪がふぁさりと落ちた。
「おわあああっ!? 俺の、俺の髪がぁっ!」
「くふふ……首じゃなくて、良かったね」
くったくない笑顔でそんなこと言われて、俺は肝が縮み上がった。
「……どこへ逃げても、無駄ですよ? すぐに、分かりますから」
アリステラも背筋が凍るようなことをつぶやく。
「逃げられたら、それこそ話にならんからな。せいぜい派手に散ってこい。その方が脚本家も筆がのるだろうて」
親父の嫌味な笑い方に言い返すこともできず、俺は隊商の馬車に乗り込んだ。
南方の森近くにまで来ると、魔竜ライアーンはすぐ見つかった。思い切り暴れていたからだ。
「グオオオオォォンッ……!!」
激しい怒りと憎しみのこもった叫びが、空を、大地を、そして俺たちの背筋を震わせる。大きな腕と尻尾で木々という木々をなぎ倒し、口から吐く炎で辺りかまわず焼き尽くす。
「ひ、ひえええ……」
俺はもちろん、凄腕の冒険者である2人も思わず顔が強張るほどの恐怖を感じていた。さすがは勇者をも退けた伝説の魔竜。その暴れっぷりはすさまじく、すでに森のほとんどが焦土と化していた。
「あちゃー。毎年夏になるとひどく暴れるって聞いてたけど、聞きしに勝る暴れっぷりだねー」
「ダレットさん、どうぞ」
「どうぞじゃねえよ! あんなのとどう戦えってんだ」
言い忘れていたが、ダレットというのは俺の名前だ――って、そんなことはどうでもいいんだよ!
森に一番近い街で一応の装備を整えてもらったが、あくまで一般の冒険者の装備だ。伝説の剣も槍もなければ、伝説の鎧でもない。近づく前にあの炎で黒焦げになるのは間違いない。賭けてもいい!
「まあ、一般的には、夜になって寝静まるのを待ってから、寝首をかくくらいしか方法はないかと」
そ、そうか、さすがの魔竜も、寝ている間は無防備なはず。
俺たちは真夜中を待って、寝入ったライアーンの背後から近づいていった。
日が沈んでからもかなり暴れまくっていたが、眠ってしまうと大人しいもんで、寝返りどころか、いびきの一つもかかない。それでもでかい図体は見上げるほど大きく、黒い小山のようだ。
こんなの、どこをどうすれば殺せるんだ?
「ダレットさーん、こっち、こっち!」
バカっ、デクシア! なに大声出してんだ!
「平気ですよう、こんなによく寝てるんだもん。それよりノドだよ、ノド。ここをかっさばけば、いくら伝説の魔竜だってイチコロですよ」
だから大声を出すなと……しかしノドを狙うのはいいな。ノドは全ての生物の弱点だ。
「分かった、分かったから、もうお前はちょっと黙ってろ」
デクシアたちを下がらせて、魔竜のノド元に近づくと、俺は剣を抜いた。
ノドだけでも、まるでウロコの生えた巨大な壁のようだ。呼吸を整え、大きく振りかぶる――ダメだ。上から振り下ろしても、剣先が弾かれるだけのような気がする。思い直して突きの構えに剣を構えなおす――深呼吸。全身の力すべてをこの突き一点に集めるつもりで――
「ダレットさーん、はーやーくー」
「うるっさいなぁ! 今やるとこだったんだよ! 外野は黙ってろよ! 集中が途切れただろうが!」
「ごめーん!」
まったく、付き添いは気楽でいいよな。
俺は魔竜のノド元に向き直ると、再び剣を構え、力を溜め、意識を集中させて――
「ヤアアアアアアッ!!!」
鋭い突きを放った。
すごいぞ、俺! 人生最大級に鋭い突きだ! これなら伝説の魔竜だって……と思ったのは、剣先が魔竜に届くまでだった。
ガキイイイィンッ!!!
俺が剣先に込めた力は、100%そのまま柄に戻ってきて、俺の身体を吹っ飛ばした。
「へヒャアッ!」
無様な悲鳴と無様な格好で焼けただれた地面に這いつくばる俺。10数メートルもはじき飛ばされただろうか。さすがは俺の人生最大級の突き。
だが魔竜ライアーンは平然と眠っている。こいつ、まさかメチャクチャ鈍いのか?
「そんなわけないでしょう。魔竜のウロコが硬すぎるんですよ」
アリステラがボソボソとつぶやく。
「なーにやってんですかー。もーっと力入れてー、もーっと鋭くー」
「うるさい! 今のが俺の人生最大級の突きだったんだよ! 駆け出し冒険者なめんな!」
思わず逆ギレして怒鳴り返したら、デクシアの顔が見る見る青ざめた。いや、そんな怖がらんでも。
うん? アリステラまで、そんな青ざめて……。
あれ?
頭の上から低いうなり声がする。これって、もしかして。
見上げると、らんらんと光る2つの目が、世にもおぞましい形相でこちらを見下ろしていた。
「何を、している……?」
あー。ライアーンさん、しゃべれるんだ……。ずいぶんと貫禄のある、良いお声で……。
次の瞬間、視界が横に流れて、身体が宙に浮いた。
俺、空飛んでる?
そしてさっきまで俺のいた場所を、轟音とともに真っ赤な炎が通り過ぎる。
あっぶねぇ。
「口閉じて! 舌かむよ!」
おお、デクシアさん、その細っこい身体のどこに、俺を抱えて跳ね回る力が。
正直、俺が全力で走るより早い。軽々とライアーンの爪を、尻尾を避ける。しかも二度目のブレスを魔法障壁で防ぎやがった。ナイフだけじゃなくて、魔法も使えるのかよ。
「いいから逃げるよ! アリス!」
コクリとうなずいたアリステラが魔竜の顔めがけて魔法を放つ。昼間かと思うほど眩い光が幾千もまたたいて、ライアーンの目を眩ませた。
「グオオオオォ〜〜〜〜ッ!」
その隙に俺たちは森を後にした。
「ふう。どうやら見逃してもらえたみたいだね」
森の外れに止めておいた馬車のそばで、俺はようやくデクシアの肩から下ろされた。
「ありがとな、助かったよ。アリステラも、ありがとな」
「へへっ、もらった報酬の分は働くよ」
「右に同じ」
それにしてもライアーンめ、少し首筋をつついただけで、あんなに怒るとは。ちょっと気が短すぎないか。
「なにを言ってるんですか、見逃してくれただけで御の字ですよ。あのまま追いかけられてたら、私たちはともかく、ダレットさんは確実に死んでましたね」
見捨てる気満々かよ。
「もらった報酬の分は働くよ!」
「右に同じ」
へいへい、そーですか。
一休みしたら、もう朝だった。
二人の朝飯を作りながら考える。どうも二人は料理が苦手らしく、道中でいつの間にか食事の用意は俺の担当になっていた。
「これ、おいしーね!」
「昨日の村で手に入れた川魚の干物を適当に焼いただけだけどな。ほーら嬢ちゃんども、たんとお食べー」
「うん!」
デクシアは素直に2本目を受け取ってかぶりついたが、アリステラは手の平をこちらに向けて「もうけっこう」と意思表示した。
「なんだ、ダイエット中か?」
軽口を言ったら眉間にシワが寄った。
「デリカシーのない人ですね。そんなだから、ヘマをやらかして借金背負う羽目になるんです」
「ハハッ、違いない」
「笑い事ではないですよ。実際、次はどうするんですか」
「どうするかなー」
俺はゴロンと後ろに寝転がって、腕を枕に空を見上げた。うーん、青空がまぶしいぜ。
「アハハ、人生最大級の突きも効かなかったもんね」
こいつはまた、あっけらかんとキツいことを言う。
「ですね。そもそも、寝込みを襲うくらいで簡単に倒せるなら、かつての勇者も苦労しなかったはずです」
おいおい、“寝首をかくくらいしか方法はない”って言ったのは、アリステラさんだったのでは……?
「もっとも確率の高い方法を提案したまでです」
さいですか。
しかし、本当のところ、どうしたものか。
昼間は暴れまくっていて、とても近づけないし、もう一度寝込みを襲うにしても、まるで剣が通らないのでは、倒すどころか傷一つ付けられやしない。せめて伝説の剣でもあれば……。
あれ?
記憶に何かが引っかかった。
ライアーンの小山のような巨体の背中にちらりと見えたもの、あれは、もしかして……。
「よし、今夜もう一度行ってみよう」
「デクシア、これちょっと持っててくれ、あと、鎧も」
「ちょ、ちょっと、どういうことー?」
俺から剣と鎧を渡されたデクシアは目をパチクリさせた。
「何を考えているんですか。自殺行為です」
アリステラには冷ややかに諭されたが、俺の決心は変わらない。
「分かってる。だから2人はここで待っててくれ」
そうして俺は立つ。月明かりに照らされた黒いウロコの小山、魔竜ライアーンの前に。
足が震える。ノドが渇く。それでも俺は、伝説の魔竜に向かって大声を張り上げた。
「夜分遅くに失礼する! 魔竜ライアーン殿!」
閉じられていた大きなまぶたが少しだけ開き、薄目の向こうからギラリとにらまれた。
ここで炎を吐かれたら、一巻の終わりだ。チラリと想像してしまって、腹の底がきゅううと冷える。だがもう後には引けない。
「俺の名はダレット・ギルスバーン。昨晩は大変失礼した。ここにお詫びする! この通りだ!」
俺は土下座して額を地面にこすりつけた。
「昨晩――ああ、あれがお前か。なんだ、改めて焼かれに来たのか」
ライアーンが口を開けそうになったので、俺はあわてて制止した。
「ちっ、違う、違う! 今日は、詫びを兼ねて、取引の申し出に来たんだ!」
「……人間ごときが、我と取引だと?」
「そうだ! その背中に刺さった剣、それを抜かせていただきたい!」
小山のように盛り上がった魔竜の背中にちらりと見えている金属の棒。それは俺が王都の広場でへし折ったのとそっくりの大剣の柄だった。てことは、俺が折ったのは勇者の剣の偽物だったことになる。どうりで簡単に折れたわけだ。
「ほう……お前に、これが抜けるというのか」
「もちろんだ! それはかつて人間の勇者が突き立てた物! 同じ人間の俺になら、抜けない道理はない!」
「ふむ。確かに我にとっても、この剣はわずらわしい。しかし人間よ、なぜお前がこれを抜こうなどというのか」
「理由は3つある! 1つは昨晩の詫びだ。ライアーン殿の安眠をさまげたこと、深くお詫びしたい!
2つ目は、俺にその剣が必要だからだ! 実は先日、大事な剣を失ってしまい、代わりが要る! それには特別な剣、魔竜の背に刺さっていた勇者の剣のような、特別な剣が必要なのだ!
そして……」
少しためらったが、思い切って口を開いた。
「3つ目は、ライアーン殿が不憫に思えたからだ!」
「不憫、だと……?」
魔竜の眼光がひときわ強くなった。
だがかまわず先を続ける。
「察するに、昼間の苦しみようは背中の剣のせいであろう! 苦しんで、悶えて、のた打ち回り、暴れ疲れてようやく夜にまどろむ。そんな毎日をライアーン殿はこの数百年続けてこられたのではないか?」
「……」
ライアーンは答えなかった。
「確かに、かつてその剣を突き立てた勇者にも、止むに止まれぬ事情があったのであろう! しかし、どんな事情であれ、ライアーン殿をここまで苦しめるのは、やり過ぎだ! もはや勇者も死に、ライアーン殿を苦しめることに何の益も意味もない! であれば、俺は人間の一人として、お詫びとともにライアーン殿の苦しみを取りのぞいて差し上げたいと、心の底からそう思う――これが、3つ目の理由だ!」
頭上に光る巨大な目と、俺の目とがにらみ合い、沈黙が流れる。
そしてライアーンは急に笑い出した。
「グハハッ、グハハハハハ……! 面白い! 長年人間を恨み、手当たり次第に殺してきたが、よもやその人間から哀れみを掛けられるとは思わなんだ。人間にもいろいろいるものだな! いや、面白い!」
俺はホッとした。とりあえず問答無用で焼き殺させるのだけは避けられたみたいだ。
「しかしだ、我から1つ聞きたい――お前は、苦しみから解き放たれた我が、積年の恨み晴らせとばかりに、お前たちの国を焼き滅ぼすとは考えぬのか?」
それについての答えは決まっていた。
「元はといえば、人間がしたこと! 報いを受けるのならば、それもやむなしだ!」
そしてすかさず付け加えた。
「ただし! 勇者もその仲間もすでに死んで久しい。今の人間には関係のないことだから、焼き殺すなら俺一人で勘弁して欲しい!」
よし、決まった〜〜〜! これ、『ダレット英雄伝』のクライマックスじゃね? でも、これで魔竜が王国全部を焼き払ったら、俺、別の意味で伝説だよ。きっと末代までたたられる! いや、待てよ、王国がなくなったら、たたる奴もいないか。
なんて考えていると、ライアーンはまた笑った。
「グハハハハッ、なるほど、そこは我を信用するということか――よかろう、ならば我も人間のお前を信じて、この身を任せるとしよう」
魔竜ライアーンはもたげていた首を下ろして地面に横たえると、俺に肩を差し出した。ここからよじ登れという意味だろう。
「ご理解感謝する、ライアーン殿!」
俺はウロコを手がかり足がかりにして魔竜の背中によじ登ると、深々と突き刺さっている古びた剣の柄に手をかけた。今度はへし折らないように気をつけないとな。
「では抜くぞ、ライアーン殿! うおおお――おっ?」
ライアーンが吠え、震えた。それと同時に俺は変な格好で宙をすっ飛んで、変な角度で地面に転げ落ちた――イヤな音とともに。
ぐおおおっ、痛い! 痛い! イ、タ、イィ……ッ!! あまりの痛みに声を上げるどころか息もできない。右足が、それと右肩と左腕も折れてる。多分。
「すまぬ、人間よ。あまりの痛みについ振り落としてしまったが……生きておるか?」
いや、ついって……ギリギリ生きてるけど、こんな怪我じゃあ、とても剣を引き抜くなんて……。
それでもやらねばならない。これに失敗すればどうせ死ぬ身だ。親父の金なんぞはどうでもいいが、結婚資金を使わせてしまったエルサのために、ここで頑張らなければ。でなけりゃ本当にダメな兄貴のままだ。
痛みに震えながら何とか起き上がろうと薄目を開けると、上からのぞき込んでいる無表情な顔が見えた。アリステラか。下がってろって言ったのに、なんで……。
「あ、まだ生きてますね。じゃ――タイノータイ、イイノートン、ケーデー、ヤッ!」
アリステラの手から放たれた淡い光が俺の身体を包み込むと、あちこちの痛みがすぅっと消えていった。身体を起こしても、手足を動かしてみても問題ない。前より調子いいくらいだ。
「おお、スゴイ、治ってる! こんな一瞬で! ありがとうありがとう!――お前、すっごい魔法使いなんだな!」
普通は治癒魔法といっても、ここまでメチャクチャな怪我を治すのには何日もかかる。それがわずか数呼吸で治るなんて、並の魔法使いにはできないことだ。こんなにちっこいのになぁ。
アリステラはフードの前を引っ張って目深に直しながら、ポソリと言った。
「得意だから……治癒」
そうか、探知だけじゃないんだな。
改めて礼を言うと、俺は再びライアーンの背中によじ登った。
「今度は我慢してくれよ? また振り落とされたらかなわんからな」
「う……、努力しよう」
魔竜さん、なんか自信なさそうだけど大丈夫か? まあ、やるしかないんだが。
「それじゃ――うおおおっ……お?」
また宙を飛んだ。
ああ……高いなぁ。ああっ、地面が近づいてくるっ、ああっ、このままじゃ、あ――
グシャッ。
痛いっ。痛い……痛い……! 今度は内臓もイッてそう……。
「タイノータイ、イイノートン、ケーデー、ヤッ!」
治った。
またアリステラに礼を言って、ライアーンの背によじ登る。
「ライアーン殿、せめてもう少し我慢できないか?」
「すまぬ。努力はしているのだが……」
まあ、昼間の暴れようを考えれば、致し方ないか。
俺が剣の柄を離さなければいいのかもしれない。
今度こそ、としっかり柄を握り、思い切り力を込めて――
「おりゃあああああ――あ?」
また宙を飛んだ。
落ちる。
痛い痛い痛――治った。
ほんとにすごいな、アリステラ。
それに引き換え、デクシアは見てるだけか?
「だって、一緒に引っ張ったら、あたしまで吹っ飛ばされちゃうもん。そしたらアリステラが2人分治癒しなきゃでしょ?」
じゃあ、吹っ飛ばされた俺を受け止めるとか。
「あたしのガタイじゃあ、あんな速さで吹っ飛ばされるダレットさんを受け止めきれないよ。結局2人分治癒することになっちゃう――あ、そっか、石とかぶつけて落とせばいいんだ!」
ヤーメーテー!
そこで見てて下さい、デクシアさん。お願いします。
「分かったー! じゃあせめて応援するよ! がんばれガンバレ、ダレットさーん!」
な、なんだその珍妙な踊りは……。え、“ガンバレの舞”……今考えた……それはありがとう。
でもなんでかな、そのフワフワした手足の動きを見てると、なんか力が抜けてくる……あんまりそっちを見ないようにしよう。
「それじゃいくぞ、ライアーン殿!」
「うむ!」
「でええぃやああああああーーーっ!」
「グ、グ、グアオオオオッ!」
ズドッシャアアア。
また地面に叩きつけられた。
「どああああああああーーーーっ!」
「ギヤアアアアアアーッ!」
グベシャッ。
「だあああああああああーーーーーっ!」
「ギガガガ、グアアアアーーーッ!」
ドグガシャッ。
俺は頑張った! 剣を抜こうとするたびに暴れるライアーンに吹き飛ばされ、跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられて身体がグチャグチャになり、そこへアリステラが黙々と治癒魔法をかける。
もちろん叩きつけられるたびに死ぬほど痛くてくじけそうになるのだが、歯を食いしばって堪えた。アリステラがすぐ治してくれるしな。
アリステラも、これだけの怪我を治すには一回だけでもかなりの魔力を使うはずなのに、顔色一つ変えずに治癒魔法をかけてくれる。よく魔力がもつもんだ。
あ、デクシアも頑張ってるねー。見てないけど分かるよー、うん。
「治癒魔法があるとはいえ、すまぬ。今度こそ、堪えてみせる」
「いやいや、あんたもがんばってくれてるよ」
刺さっているだけであれほど痛いのに、それを抜かれるとなったら、何倍も痛いだろう。
「せめて、我にも治癒魔法が使えれば……」
「いいってことさ、アリステラががんばってくれてるからな」
「すまぬ」
古びた剣は、もうだいぶ抜けてきた。もう一踏ん張りで、抜けるんじゃないか?
「よおし、ここで一気に――うおおおおりゃあああああああああああああああああああああああーーーーー!!!」
「グオオッ、オアアアアアッ、グアアアアアアアアアアアアア〜〜〜ッ!!!!!」
俺はライアーンの背中で力いっぱい踏ん張って柄を引っ張った。ライアーンも叫びながら仁王立ちになって痛みに堪える。と、不意に剣先が抜けて、俺は背中から転げ落ちた。
「おおっ……!」
ベシャッ!
痛いっ――が、さっきまでよりはマシだ。
「おお、抜けた、か……」
痛みから解放されたライアーンは、気が緩んだのか、ぐらりと揺れて、そのまま地面に倒れ込む。
たが、そこにはおかしな格好で這いつくばっている俺が――。
「! ダレット、さんっ……!」
「早くどけっ、このバカ魔竜!」
「お、おお、すまぬ……」
視界に光が戻る。だが薄い。ぼんやりして、何も……。
「タッ、タイノータイ、イイノー……ト――」
「何してんの、アリス! なんで呪文やめちゃうのっ? 早く、早く治癒魔法をっ!」
「ダ、ダメです……。もう、魔力が……」
「えええっ、ここで魔力切れ!?」
遠くで誰かが叫んでる。遠い……。でも、そうか。俺、もうダメなんだ。あんなにがんばったのに……。せっかく、抜けたのに……。
その時、空の高くから深く静かな歌声が降りてきた。
♪すべての者よ すべての時よ
空の果てから 地の底にまで
幸い満ちると 聞くのなら
この言葉こそ 真なれ
リエンデバース……!!!!!
歌が終わった途端、空から強く温かい光が差してきて、俺の全身を包み込んだ。アリステラの治癒魔法に似ているが、それよりも数段明るくまばゆい光。
「おお、おぉ……」
折れた骨がつながり、つぶれた肉が厚みを取り戻していく。痛みが消え、苦しみが抜け、身体中に力があふれてくる。このまま空をも飛べそうな心地だ。焼けただれた地面から無数の植物がいっせいに芽吹き、若葉を広げ、ぐんぐん伸びて俺の身体を持ち上げていく。そのまま伸びて、伸びて、今や俺の身体はデクシアたちの頭より高いところに掲げられていた。
「ひょっとして、助かった、のか……?」
「どうやら間に合ったようだな。良かった。あやうく大切な友を失うところであった」
見上げると、うっすらと明け始めた空に大きな大きな翼を広げた漆黒の魔竜が静かに浮かんでいた。
「あの剣が、我が魔法を妨げておった。だが、ダレット殿が抜いてくれたおかげで、再び魔法を使えるようになったのだ。翼もこの通りだ。礼を言うぞ」
ライアーンは黒い鱗をキラキラと宝石のように輝かせながら、ゆったりと朝日の中を舞ってみせる。その姿は、これまで見たどんな生き物よりも美しく、神々しかった。
そのあまりの美しさに、俺はうっとりと目を細めた。
「ああ……良かったな、ライアーン殿」
「やったね、ダレットさん!」
「おめでとうございます」
2人も嬉しそうに笑った。
その後、俺は疲れからか気を失い、デクシアが馬車まで運んでくれたらしい。ありがとう。しかし馬車のところには親父がいて、泣きじゃくりながら抱きしめられたりして、えらい迷惑だった。てか、なんであんたここにいるんだよ――なるほど、バカ息子の最期を看取るつもりだったと。それは悪かったな。
ライアーンは故郷へ帰ると言って、あのまま飛び去ったらしい。良かった、この森が本来の住処じゃなかったんだな。ここを離れてもらわないと開拓できないだろうから、あの後どうやって説得しようかと思っていたんだ。個人的には、一緒に暮らしても、仲良くやっていけそうだと思えたが。
しかし王都に帰ると、俺は腰が抜けそうなくらい驚いた。
街中の家という家、通りという通りが旗や横断幕だらけになっていて、そこには――
「英雄ダレット・ギルスバーン万歳!」
「魔竜退治の英雄 凱旋!」
「ダレットこそ我らが英雄!」
「ありがとう!ダレット・ギルスバーン!!」
「子供たちのあこがれ勇者ダレット」
「ダレット・ギルスバーン大好き!」
「何かおごれダレット!!!」
――なんて感じで俺のことがでかでかと書かれていたのだ。
なんだこれ?
「先に人をやって準備させておいたのだ。どうだ、悪くない感じだろう。これでお前も“伝説の英雄”だぞ。ダレット」
俺はため息しか出なかった。自慢じゃないが、俺はまだ15歳、先週ギルドに登録したばかりの駆け出し冒険者だ。それが言うに事欠いて“伝説の勇者”? 笑わせる。
すると親父が言った。
「笑え笑え、ダレット。大声で笑え。お前は一匹の魔竜を救った。そしてそのことで、今度は王国の多くの民を飢餓から救うことになるのだ。誰に誇ってもいい成果だ――本当に、よくやったな」
「……くそっ。こんな時だけ良い父親ぶりやがって」
俺は面白くなかったが、馬車の上で親父と並んで横断幕の下をくぐりぬけた。
通りの両側を埋め尽くす人々が俺に手を振る。みんな笑顔だ。そういえば、別れ際のライアーンも笑っていた気がする。きっと数百年ぶりの笑顔だったろう。
そう思うと、俺も少しだけ誇らしい気持ちになって、周りの人々に小さく手を振り返した。
--Fin.
ありがとうございました。