Chapter-59
「やだもー、ホントかわいい」
「あ、あの颯華さん、あまりやられると、その、髪が……」
左文字家のリビング。
未だに颯華がフェリオに抱きつき、その頭を勢いよく撫でていた。
R.Seriesの髪は、体内の太陽電池の為の集光用で、耐摩耗コートされた光ファイバーとなっている。集光用光ファイバー本来の色は透き通ったものだが、その耐摩耗コートの為に、淡い色の銀髪に見えるようになっていた。
耐摩耗コートがされているため、故意に切断したり傷つけたりするのならともかく、人の手で撫でられた程度では早々傷んだりはしない──が、限度というものがある。あまりしつこくやられては、コート表面に傷が入り集光効率が落ち、その寿命が縮んでしまう。
「オムリンと最初にあった時を思い出すな」
「はは……」
澄光が、ソファの背ずりに、その逆方向を向いて尻をかけながら言うと、その傍らに立っていたファイが、脱力したように苦笑した。
澄光は、放課後に俊彰・正恭と遊んでいたようで、朱鷺光達が作業部屋へと移動するのと入れ替わりぐらいに、帰宅してきていた。
「まぁ、あの時は可愛いって言うより、かっこいいって感じで抱きついていましたけどね」
ファイが言う。
「そりゃ、昔はオムリンの背丈でも当時は見上げる高さだったからな。それに、一見クールビューティーに見えるし」
澄光もまた、そう言うと、脱力した様子で軽くため息をついた。
『私にも見せてくれる?』
澄光が、手に持っていたスマートフォンから、最近は聞き慣れた声が聴こえてくる。
「え、あ、了解」
澄光はスマートフォンを持ち上げると、すでに点灯していたディスプレイにロックの暗証番号を入力する。すると、すでに起動していたProject BAMBOOのクライアントが表示され、ナホのモデルが表れた。
澄光は、スマートフォン背面のカメラを、颯華に抱きつかれているフェリオに向ける。
『へーっ……』
すると、ナホは、間延びしたような感嘆の声を上げた。
『さすが左文字博士、ここまでコンパクトに収めちゃうのね』
「そんなにすごいんかな」
ナホの言葉に、澄光は苦笑しつつそう返す。
「ま、澄光にはわからないでしょうね」
「どういう意味だよ姉貴」
澄光の、ファイが立っていた方と反対側にいた爽風がそう言うと、澄光は抗議するような視線を向けて、そう言った。
「私にも良くはわからないけど、機械類って、小さくするのって逆に難しいんじゃないの?」
爽風は、ニュートラルな表情を澄光に向けてそう言った。
すると、
「ボディを小型にしたからって──」
と、そこでようやく、颯華がフェリオを放して、澄光の方を向いて言う。
「コンプレッサーとかオイルポンプとかは必ずしも小型化できないの。だから小さく作る方が難しいわけ」
「はぁ、なるほどね……」
颯華の言葉に、澄光は、理解したのかしていないのかわからないような声を出した。
「多分、造りやすいサイズは私ぐらいなんだと思うわ」
それまで、澄光達の背後で、ソファで座ってセガ・マークXで落ちものパズルをしていたシータが、テレビの画面の方を見たまま言い始めると、ステージクリアしたところで振り返った。膝上に、アケコンを抱えている。
『R-1はかなりコンパクトに収めているわよね?』
「姉さんにはモデルが居るから、それに合わせたかたちなのよ」
ナホの問いかけに、シータがそう答えた。
『んー……だとしたら、今回はなぜ小型化したの? 量産が前提なら、精密にすると製造コスト跳ね上がらない?』
ナホが問いかけるように言う。
「主要部品自体のコストを下げたから」
『部品自体?』
シータが答えると、ナホが鸚鵡返しに聞き返す。
「電源系を全段半導体にして、私以降に使われている2速コンプレッサーもやめて、その分小さくまとめたわけ。それに小さくすれば、表面積減って液晶感応被膜の使用量を減らせるし」
『全段半導体って……え? 何? R.Seriesの電源系って今まで半導体以外使ってたの!?』
シータが説明すると、ナホは、今度は驚いたような声を出す。
「あれ、ナホは知らなかったんだ」
それを聞いた颯華が、意外そうに目を円くしてそう言った。
「電源系、真空管使ってるよ、オムリンからシロちゃんまで」
『し、真空管!?』
颯華の言葉に、ナホが驚愕の声を上げる。
『日本のパワーエレクトロニクスの塊みたいに言われてるのに……』
「姉さんの設計時に電気的衝撃対策で。で、私以降は大胆に設計変更するの面倒くさくてそのままとか言ってるわ」
『ああ……なるほど』
驚愕の言葉を続けるナホに、シータが答えると、ナホは脱力したような声を出した。
『でも、……そう、気になっていたのだけれど、電磁式アクチュエーターを使わないのはなぜかしら? エアアクチュエーターよりスマートに収まると思うのだけれど』
「姉さんの設計中に仮組して試験したら短時間の駆動で爆熱になって諦めた」
『あ、そうなの……』
「あ、そうなんだ。私は別の理由だと思ってたけど、そう言うことなんだ」
ナホの問いかけに、シータが苦笑しながら答えると、ナホがまず言い、颯華がその後を追うように言った。
「圧縮空気なら圧縮後にインタークーラーで温度下げられるからね」
『なるほど……で、颯華が言う別の理由って何?』
シータが補足すると、ナホは納得した声を出しつつ、颯華に問いかける。
会話しながら、シータは、マークXの電源を落とし、ソファから立ち上がって爽風のいる方に移動してくる。
「いや、エアアクチュエーターだと、関節が衝撃受けたときに、ショックアブソーバーを兼ねられるでしょ? リニアアクチュエーターだと、過度な衝撃を受けたときのために、オイルダンパーでも必要になるんじゃない?」
「あ、それも正解。さすが颯華」
颯華の言葉に、シータがパキッ、と指を鳴らして、軽く驚いたように口をすぼめてから、ニヤッとした笑みに変えつつそう言った。
「颯華は学校じゃ体育会系なのに、こういう知識もしっかりあるよな……」
澄光が、ぼやくように言った。
「そりゃ、私がスポーツに寄ってるのは、朱鷺光さんや光之介従伯父さんの影響だもん」
『どういう事? 左文字博士はインドア系っぽかったけど、なにかスポーツでもやってるわけ?』
颯華がそう答えると、ナホが聞き返す。
「兄貴、平気でドミンゴヨコ向けるから」
『ヨコ向ける?』
「父さんなんか2駆のハイエースでもやるよね」
『えっと?』
澄光が苦笑で言うと、爽風がやはり苦笑しながら付け加える。ナホは、理解できずに戸惑うばかりだった。
「ドリフトですよ」
『あー!』
ファイが苦笑しながら言うと、ようやくナホは納得したように声を上げた。
「兄貴なんか、『頭◯字D』の影響で、筑波サーキット攻めるトレノ持ってるし。スーチャーつけたAE85だけど」
「うちにある唯一のFRだよな」
爽風が苦笑したまま言い、澄光が付け加えた。
『なるほど、モータースポーツね。アマチュアならメカにも強くなるわ……』
ナホはそう言った。
「私が普段使ってるRG250も、もともとは兄貴のコレクションなのよ」
爽風が更に付け加えた。
『へぇ……』
そこまでやり取りが続いた時。
「あ、真帆子さん」
ファイが気がついて、声を出して視線を向ける。
「朱鷺光さん達が、気分転換にコーヒーが欲しいって言って……」
別棟の方から、渡り廊下を歩いてきた真帆子が、リビングに姿を表した。
「コンピューターに関しては、朱鷺光さんと弘介さん相手には、私は足手まといにしかならないし」
「だからってお客様使うことはないでしょうに……」
苦笑して言う真帆子に対し、シータが呆れたように声を出す。ファイが、慌てて動きだした。
「えっと……」
「あ、やりますやります」
真帆子はコーヒーメーカーのところに行き、豆などがどこにあるのか探そうとするが、そこへファイが割って入った。
ファイは、東芝HCS-45BMからサイフォンを外し、水を汲むためキッチンの方に移動していく。
「豆は……」
「あ、私がやります!」
なおも、コーヒー豆を探そうとする真帆子に、今度はフェリオが割って入る。が、
「えっと……」
と、フェリオが戸惑ってしまう。
「豆は、そのキャビネットの中にあるよ」
「あっ、ありがとうございます」
爽風が言うと、フェリオは、お礼の言葉を口にしつつ、少しかがんで、コーヒーメーカーの乗っているキャビネットを開ける。同じ様にしようとした真帆子とぶつかりかけて、真帆子がさっと引いた。
『シータは何かやらないの?』
「ロクなことにならないから、飲食関係には手を出すなって。台所も出入り禁止にされてるのよ」
ナホの言葉に、シータは苦い顔をしてそう言った。
『ふーん……』
フェリオは、取り出した沖縄県産のコーヒー豆のチャック付きアルミパウチ袋を開け、
「えっと、朱鷺光さんと弘介さん、それと真帆子さんの分でよろしいのでしょうか?」
「あ、それなら私も飲む」
と、呟くように言ったフェリオに対し、颯華が声を上げた。
「解りましたー」
フェリオは、そう言って40g分、見た目には目分量で、スプーンで掬ってコーヒーメーカーのミル部分に入れた。
『それにしても、設計図で見るのと、実際に動いてるのとはだいぶ違うわねー』
「液晶感応皮膜は、電源が入ると全然見た目変わるからね……」
『それでも、ここまでなめらかに動かされると、感心するしかないわ』
ナホの言葉に、シータが対応するが、ナホはただ関心の声を出した。
しかし────
「あれっ?」
颯華が、はっとしたような、軽く驚いたような声を出した。




