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Chapter-56

「コムスター、ボディのディスクに書き込み、始めてくれ」


 朱鷺光が、作業用PCのキーボードとマウスから手を離し、OA座椅子を少し正面から傾けつつ、メガネを外して眉間の下あたりを指で揉みながら、そう言った。


「了解」


 コムスターが返事をすると、作業用PCの画面の上で、それまで開いていたウィンドウが閉じ、進捗度を示すグラフが表示された。


「そっちはどうよ?」

「んー……」


 朱鷺光は、立ち上がると、弘介が座布団を敷いて床に座り込み、Power Macで作業をしているその背後の頭上越しに、そのモニターを覗き込むようにしながらそう言った。

 Power Macintosh 7100/80AVのNuBusに差し込まれた拡張ボードから伸びたケーブルが、メンテナンスデッキ上の機体のメンテナンスハッチに入り込んでいる。同時に、内部から伸びてきたゴムホースが、天井から吊り下げられた3連の(まる)いアナログメーターにつながっている。

 メンテナンスデッキの周囲は、防水用のラバーシートが敷かれている。


「ほい、と」


 診断ソフトの上で、弘介がマウスで、メニューのボタンをクリックする。

 電気モーターが唸る声が微かに聴こえてくる。

 朱鷺光が、3連メーターを手にとって見る。

 「空気圧」「油圧」「水流量」と書かれたメーターの針が上昇していき、一定のところでほぼ止まる。


「うし、圧力は大丈夫そうだな」


 朱鷺光が言い、メーターから手を離す。弘介の視線より少し高いかの位置でぶら下がるメーターを、弘介も、モニターから視線を横に向けて、一度覗くようにした。


「よし、あと問題はオートバランサーかな」


 弘介は、そう言って立ち上がる。


「はーぁ……」


 朱鷺光と弘介が、メーターのゴムホースが接続されていた各々のドレンバルブを締めてゴムホースを外していると、その脇で、事務椅子に前後逆に跨った真帆子が、突かれたようなため息をついた。


「なんかあった?」


 朱鷺光が、視線を上げて真帆子の方に向け、そう言った。


「いや、朱鷺光さんのロボット製作の現場にしては、ずいぶん古めかしいやり方かな、と」


 真帆子が、苦笑しながら言う。


「まぁ、そりゃあ最初に組み立てるときはな」


 朱鷺光は、苦笑してそう言いながら、自分が持っていたホースを弘介に引っ張られると、その手を緩めて弘介に渡す。

 弘介は、傍らにおいてあったバケツにホースの中の残液を排出させてから、3連圧力計を片付けにかかる。


「自己診断の基盤だけだと、どこかで漏ってるかどうかわからないし」

「まぁ、そう言うことだよな」


 朱鷺光に続いて、弘介は、キャビネットに圧力計を格納した後、やはりそう言いながら苦笑した。


「よっと……」


 弘介は、再びPowerMacの前の座布団に胡座をかき、マウスで診断ソフトを操作する。人形のフレームに内部機器が構成された表示とともに、チェックシート表示に全てのコンディションが緑字で表示される。


「よーし、ボディは問題ないな」


 弘介が言い、朱鷺光が、真帆子から視線を離して、PowerMacのモニターを覗き込む。


「よし、ディスクへの書き込みが終わるまで、飯でも食って暇つぶしでもするか」


 朱鷺光が言い、弘介が立ち上がる。行儀悪く事務椅子に跨っていた真帆子も、立ち上がった。


「あ、テープへの書き出しもやっておいてくれよ」


 朱鷺光は、メインフレームの稼働している方を振り返ってそう言った。コムスターに言った言葉だった。


「マガジンは交換済みか?」

「やってある」


 聞き返してきたコムスターに、朱鷺光がそう答える。


「解った。確認はしてからやるが」


 コムスターの言葉とともに、メインフレームの補助装置ラックで機械の作動音がする。


 UAITストリーマ。朱鷺光がR-Systemのバックアップ用にわざわざ開発したカセット式データテープで、音楽用カセットテープよりやや大きい程度のカセット1本に12TBが記録できるようになっている。

 朱鷺光は最初から汎用コンピュータデータテープとして発売することを考えていた。現在でもプロシューマーでは、バックアップ用としてデータテープは、一般的なのだが……

 朱鷺光は、かつてのVHSビデオのように、テープに回転するヘッドで斜めに書き込んでいくヘリカルスキャン方式で、同じく2つのリールを駆動ヘッドで回すデュアルリールが主流になる、と考えてしまい、旧い規格のAITを基に開発してしまった。

 ……ところがその後に主流になったカセット式データテープは、音楽カセットテープと同じ直線型に記録するリニア方式、省スペースのシングルリールカセットが主流となってしまった。

 とは言え、現在主流を占めるLTOテープに対して割合善戦しており、“()()左文字朱鷺光が開発した”というネームバリューもあってそこそこ売れている。

 ちなみに開発当初の容量は1.2TB、現在は48TBのヘッドとテープが開発中である。


 ──閑話休題。

 朱鷺光達は作業部屋を出ると、1階の渡り廊下を通って、母屋のリビングに出る。


「あ」


 朱鷺光達がリビングに入ると、シータがちょうど掃除を終えて、掃除機を片付けようとしていたところだった。


「今どんな塩梅?」

「製作はほとんど終わった。今ディスクに書き込んでるとこ」


 好奇心旺盛そうな顔で訊ねてくるシータに、朱鷺光は微かな笑みで答えた。


「どんな子? どんな子?」

「まだ初起動もしてないんだから、わからないって」


 やや前のめりになって聞いてくるシータに、朱鷺光は苦笑しながら答える。


「でも、ある程度は決まっているんでしょ?」

「まぁな、お前みたいになっちまうとまずいからな」

「ぶーっ」


 なおも聞いてくるシータに対して、朱鷺光が言うと、シータは途端にむくれっ面になって、抗議するような声を上げる。


「わざわざそんな事言わなくてもいいじゃん」

「そのあたりが問題なんだって」


 朱鷺光はシータの顔を指差しながら、脱力したような姿勢でそう言った。


「バーチャルエミュレータで、だいたいの性格は調べていましたよね?」


 真帆子が言った。

 R.V.E.。メインフレーム上でA.I.アプリケーションを擬似的に立ち上げる環境で、コムスターレベルでコミュニケーションもできる。


「え、真帆子さん、立ち会ったんですか?」


 少し驚いたように、目を円くしてパチクリとしながら、視線を真帆子に向けて訊ねる。


「ええ……珍しいことなの?」


 答えてから、真帆子は逆に問い返す。


「うん、私は立ち会わせないし、イプシロンの時はファイも立ち会ったこともないと思う」


 シータはそう言うと、


「そうだよね? ファイ?」

「え、ええ、そうでしたね」


 と、シータが訊ねる。ちょうど、なにか目的を持って、キッチンからリビングに入ってきたファイは、シータに訊ねられると、一瞬戸惑った様子を見せつつ、そう答える


爽風(さやか)たちも締め出してやるからな、変なバイアスかかっても困るし」


 朱鷺光は、少し呆れ混じりの様子で、自分の頭を指さしてそう言った。


「え、そうだったんですか?」

「ああ」


 真帆子が軽く驚いたようにしながら言うと、その斜め後ろにいた弘介がそう答えた。


「じゃあ、どうして今回は私には……」

「まぁ、……真帆子さんならそう言うところデリケートに扱ってくれると思って」


 不思議そうに、朱鷺光や弘介に問いかけるというよりは、自問するかのように言った真帆子に対して、朱鷺光は答える──が、一瞬言葉が澱んだ。


「でも今回組み立て早かったよねー」

「あ、そうですよ、届いた部材ですぐ組んじゃったじゃないですか。いつもああなんですか?」


 シータの言葉に乗っかるようにして、真帆子が訊ねる。


「いや、いつもはガレージで、2人でノギス片手にあーでもないこーでもないやりながら組むよ」

「今回は、同型を複数体造る計画だから、最初から寸法や部品架装位置はほとんど決まってたからな」


 弘介が答え、朱鷺光が続いた。


「で、ファイ、昼飯頼めるか?」

「あ、ええ、それを聞きに来たんです」


 朱鷺光が言うと、ファイがそう返した。


「何にしましょう」

「そーだなー、あんまり思いもの食うとこの後重くなっちゃうから、あっさりとうどんでも」


 ファイの問いかけに、朱鷺光がそう答える。


「解りました、今、準備しますね」


 そう言って、ファイは再びキッチンの方に向かう。


「あ、そういえば真帆子さん」

「え、なんですか?」


 朱鷺光は、弘介と2人して移動式のダイニングテーブルを展開しながら、真帆子に問いかける。


「ナホの方は、それから何か変化あった?」


 朱鷺光の言葉に、真帆子は、少し怪訝そうな表情をしながら答える。


「いいえ……特には。なにか問題が?」

「いや、別に何もなきゃいいんだ。何もなきゃあな」


 朱鷺光は、手をひらひらとさせて、どこか誤魔化すようにそう言った。


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