Chapter-54
「というわけで、今回も前回に引き続いて番外編だ」
「なので、以降の話と整合性が取れるかも分からん。とりあえずそのあたり了承して読んでくれ」
「そう言えば……」
真帆子が、上級コースのクアッドリフトを往復してきたところで、ゲレンデに向かおうとしているオムリンに声をかけて、
「あなた達って、スキーしたりする意味あるの?」
と、そう訊ねた。
「以前も言ったと思うんだが、私達が娯楽を嗜まないわけではないよ」
オムリンはそう答える。
「うーん、確かにシータやイプシロンは楽しんでる感じはするんだけどねぇ」
真帆子は、腕を組んで少し考えるようにした後、言う。
「R-1……オムリンがスポーツを嗜むってのがイメージしっくりしないのよねぇ」
「そんなことはないよ」
オムリンがそう答える。
「それにこういうスポーツはオートバランサーの研鑽につながるからな」
「ああ、なるほどね」
オムリンが続けてそう言うと、真帆子はそう言った。
基本的にR.Seriesは動作をA.I.が司るわけだが、直立して二足歩行を司り、上下の感覚を得る感覚器は専用の回路基板で搭載しており、R.OSに直接搭載されたドライバで自律的に動作させている。
例えば、立っている時に衝撃を受けたとして、転倒しないようにさっと脚を広げて踏ん張る。こうした動作は反射的に行えないと直立二足歩行体制は維持できない。
当然、意図して姿勢を入れ替えようとした時には、その行為はA.I.の判断で実行されなければならないわけだが、そのためにA.I.とオートバランサーの制御は綿密に連携する必要がある。
これを可能にしたのも、R.OSという統合型環境の利点のひとつでもある。
ただ、オムリンの場合、Library Stage/90の介入があるわけだが。
「ところで、ゴーグルは必要なわけ?」
真帆子が、ゲレンデを滑走しようとしてゴーグルを下ろしたオムリンに、そう訊ねる。
「降雪してる状況なら解るけど……」
降雪があれば雪がアイカメラに飛び込んでくる。付着すれば視界が遮られる。
しかし、今は多少雲はあるが、日差しが差し込んでいる状況だった。
真帆子が疑問に思って訊ねると、オムリンの隣に並んできたイプシロンが、
「確かにスキーゲレンデ程度での光反射で、視界が奪われるということはないんですけどね」
と、苦笑するようにしながらそう言う。
「光の乱反射を見つめるのは、すぐには視界がなくなることはないと言うだけで、アイカメラのイメージセンサーの寿命は縮めてしまいますから……」
「ああ、言われてみればそれもそうか」
イプシロンに説明され、真帆子はおでこに手を当てるような姿勢で、そう言った。
「行くぞ、イプシロン」
「あ、はいっ」
オムリンが声をかけてゲレンデに滑り出すと、イプシロンがそれに続いた。
「ふぇー、ああは言ったけど、確かに朱鷺光博士のオートバランサーは大したものねー」
パラレルで小刻みなターンを描きながら降りていくオムリンとシータを見て、真帆子は感心したようにそう声を上げた。
「いや、まぁ、オートバランサーは割と弘介によるところが大きいんだけどな」
すると、どこから聞いていたのか、背後からクアッドリフトを降りてきた位置に立っている朱鷺光が、そう言った。
「そうなの?」
真帆子が振り返って、そう聞き返す。
「そ。弘介が加わって改設計するまでのオムリンは、動かしゃすぐ壊れる、ってほどでもないけど、今ほどの安定性はなかったからなぁ」
「ふぅん、R.Seriesって言うと朱鷺光博士の名前が表にでてくるけど、弘介さんも結構、Behind the scenes supporter なのね」
「“縁の下の力持ち”か。ま、そういうこと。俺はコンピューターソフトウェアに関しちゃエキスパートだが、仕掛けモノの電子工作は弘介の方が手慣れてたからな。ま、ソフトに反映させるのは俺の役割だけっども」
そう言うと、朱鷺光はサングラスを直し、スキーゴーグルをかけたパティアとともに、ザッ、とゲレンデに滑り出した。
「で、お前らはここで何やってるん?」
初心者向けコースのクアッドリフトの降り場の近くで、弘介と淳志は、ぐったりした様子の澄光と正恭に声をかけていた。
「いや、ゴンドラのコースからファイとシータに下ろしてもらったんだけど……」
「俺らおんぶして容赦なくスピード出すんだもんなあの2人も……」
澄光と正恭はグロッキーな様子で、深雪に転がっていた。
「そりゃまぁ、R.Seriesのオートバランサーは俺の逸品だからな」
弘介が胸を張る様子で、そう言った。
「で、俊彰君はどこに行ったんだ?」
あたりを見回す仕種をしながら、淳志がそう問いかけた。
「初級者コース何往復かした後、中級者コースに挑戦してみるって言って上のリフトに乗っていっちゃいましたー」
正恭が、力ない様子で上へ向かうリフトの乗り場を指しながらそう言った。
「あいつはああ見えて結構アスリート気質だからなぁ、筋トレも趣味のひとつだし」
澄光もまだ半分目を回した様子で、横たわったままそう言った。
「じゃ、俺らも一度ゴンドラ乗って、もう一度上行くか」
「OK」
弘介がそう言うと、淳志がそれに合意した。
2人は一度、ゴンドラ乗り場に向かうために初級者ゲレンデを降りていった。
「天下の左文字家が泊まるって言うから、結構お高いホテルなんじゃないかと思ってたのに……」
真帆子が、頭を抱えるようにしながら、ため息をついて首を横にふる。
時刻は既に夕刻。左文字家御一行のクルマ3台が、小さなロッジの正面の駐車場に止まっている。
ロッジと言っても、民宿のような佇まいだ。
ただ、スキー用具を置いておく保管施設はある。
「ひょっとして、また拍子抜けした?」
「いいえ、もうひと回りして慣れたわ……」
爽風が苦笑しながらそう言うと、真帆子は苦笑交じりに首を振りながらそう言った。
「左文字さんは、食事は6時からで大丈夫ですか?」
フロントの、中年の女性従業員が、訊ねてくる。
「ええ、大丈夫です。それでお願いします」
まだ乾燥室にいる朱鷺光に代わって、弘介がそう言った。
「ここの食事は結構美味しいですよ。感じは高級ではないですけど」
「ファイの料理に慣れているあなた達が言うのなら、それは間違いないわね」
爽風が声をかけると、真帆子は苦笑したままそう言った。
「さて各自、荷物おろして夕食時までゆっくりするように」
パンパンと手を叩きながら、弘介がそう言った。
「はーい」
半分貸し切りになった状態のロッジの中で、各々割り当てられた部屋へと向かっていく。
爽風・颯華・真帆子で一室が割り当てられていた。
扉は洋風の内開き戸だが、内装は和室だった。
「あー、でもなんだか、左文字家での滞在に慣れてると、こんな感じが落ち着くと言えば落ち着くのよねぇ」
「普段真帆子さん泊めてるの、和室ですしね」
真帆子が部屋に上がり込んで腕を上にあげて身体を伸ばすようにすると、爽風が苦笑しながらそう言った。
「でも3dayパスポート用意してくれたから、リフト乗り場でまたいちいち止められなくて済んだのはありがたかったわ」
腕章タイプのスキーチケットホルダーを、部屋の中央に置かれたコタツの天板の上に放り出しつつ、スキーウェアを脱ぎながら、真帆子が言う。
「まぁ、子供が大人料金で使おうとする分には何も言われない気もしますけどね」
爽風が苦笑したままで言いながら、自分と、それに颯華もスキーウェアを脱いで部屋着のスウェットに着替え始める。
爽風の言葉に、真帆子が一瞬だけ不貞腐れたような顔になった。
が、すぐに思い返したようになって、
「あー、コタツに入っちゃうとなんか動きたくなくなるわね。先に飲み物でも買いに行ってこようかしら。廊下に自販機あったわよね」
と、言って、外に出ようとした。
「あ、真帆子さん」
「いいわよ、あなた達の分もなにか買ってくるから」
爽風が少し引き止めるように言ったが、真帆子は気軽そうに手を降って、そのまま出ていってしまった。
「あれ?」
コタツに入ろうとした颯華が、それを見つけた。
「これ、真帆子さんの財布じゃない?」
「あれ? まさか真帆子さん、最低限の小銭しかもって出なかったんじゃ……」
廊下、自販機前。
「あ……」
押しボタンの上に表示された価格が、土浦の左文字家周辺よりいくらか高いのを見て、愕然としていた。
「こ、これが有名な日本の観光地価格……」
「あれ、どうしました?」
自販機の前で固まっている真帆子を見つけて、ファイが声をかけた。




