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Chapter-50

「さて、と……」


 朱鷺光の仕事部屋。


 それまで滑るようにキーボードを叩いていた朱鷺光が、少し背を反らせるようにしつつマウスでそれまでの作業内容を保存していく。


「ここまで終わったらしばらくは楽ができるかな」


 朱鷺光は、首や肩の関節を解すようにしながら、そう言った。


「お疲れ様」


 隣に座っていたパティアが、そう言った。


「パティア、ドクペ取ってくれるか?」

「解った」


 朱鷺光が言うと、パティアは作業部屋の中にある、小型2ドア冷蔵庫のところまで歩いて行って、ドクターペッパーの500mlボトルを取り出し、手を伸ばして朱鷺光に渡した。

 朱鷺光はスクリューキャップを開けて、ボトルを煽る。


「ぷはー、あーうめー」


 煽っていたボトルを元に戻しながら、そう言った。


「さて、真帆子さんの仕事の方はどうなってるかな、ちょっと様子を見てみるか」


 朱鷺光はそう言うと、飲みかけのドクターペッパーのボトルを、一旦キャップを閉めてから、それを持って立ち上がる。

 作業部屋を出る朱鷺光に、パティアもついていく。


「うーんと……?」


 朱鷺光は、一瞬、別棟の階段を見上げたが、気配を読み取った感じで、渡り廊下の方を歩き、母屋のリビングに入った。


 すると、ダイニングテーブルを出して、そこで、真帆子はノートパソコンを操作していた。

 傍に、ポケットWi-fiの無線ルータが置かれている。


「こっちにいたんだ」

「ええ、部屋に閉じこもっていても気分が暗くなってしまうから」


 朱鷺光が声をかけると、真帆子は笑い混じりにそう答えた。


「確かにここだと誰かしらいるかも知れないけど、情報の秘密とか大丈夫なの?」

「他人にベラベラ喋ったりする相手は、ここにはいないでしょう?」


 朱鷺光が訊ねると、真帆子は逆に訊き返すようにそう言った。


「そりゃ、まぁ、今のうちは、確かに」

「でしょう?」


 朱鷺光の言葉に、真帆子は苦笑してから、


「朱鷺光さんこそ、大丈夫なの? このノートパソコン」

「見られてヤバいファイルは消してあるから大丈夫」


 と、訊き返す真帆子に、朱鷺光が答えた。


 真帆子に貸しているノートパソコンは、朱鷺光の物だ。KED製で、AMD製のCPUを搭載している。SSDではなく、HDDを採用しているが、一番目立つのは、現在主流のタッチパッドではなく、トラックボールを採用している。


「このトラックボールって言うのが妙に凝ってるわよね」

「タッチパッドって落ち着かなくてさー。俺が頼んで出してもらったの」

「ああ、やっぱり」


 朱鷺光の答えに、真帆子は苦笑した。


 と、言っても今は別に接続されたマウスを使っているのだが。


「結構売れてるんだけどね」

「でも日本国内用のモデルなんでしょう?」

「いや、OEMで北米にも出してる」

「あら、そうなのね」


 朱鷺光と真帆子が話していると、そこにシータが通りかかった。


「朱鷺光さぁ……真帆子さんと話すのは良いけど、ちょっとは考えてあげなよ」


 シータが、渋い顔をしてそう言った。


「へ?」


 朱鷺光が、わけがわからない、と言ったように、少し間の抜けた声を出すと、シータは視線で、掃き出しの窓の傍に立っているパティアを指した。


「ああ、うん、それは……えーと」

「真帆子は朱鷺光のゲストだ、それなりに気を使うのは当然だろう」


 朱鷺光が何か、困ったように言おうとしたが、パティアは背中を窓ガラスに預けて寄りかかった姿勢で、そう言った。


「それに、さっきまで2人っきりだったんだ、別に私が嫉妬するようなこともないと思うが」

「2人っきりったって、朱鷺光が作業してて、パティアがその身の回りの世話してる感じなんでしょうが」


 パティアが言うが、シータは、渋い顔をして、そう返した。


「別に私はそれで困ってないが」

「それはそうかも知れないけど……」


 パティアがニュートラルな表情で言うが、なおもシータはどこか面倒くさそうな顔をする。


「共通の話題って無いの?」

「あるぞ」


 シータは、自分で()()()おきながら、パティアがそう答えると、


「えっ、あるの?」


 と、驚いたような顔で言った。


「私のシーケンサ制御ユニットのソフトのバージョンアップとか、オプション類の変更とかだな。あとUAZをどう改造したいかとか話してもいる」

「ああ、それね……」


 パティアの答えに、シータはまた渋い顔になってしまう。


「? 朱鷺光と真帆子も、パソコン環境の話や人工知能の話しかしてないと思うのだが」

「まぁ、そりゃそうだけど……」


 パティアは、わけがわからないと言ったような様子を見せながらシータに言い返す。すると、シータはなんだかとても疲れたような顔になった。


 そんなやり取りをしていた時、


「ただいまー」


 と、玄関の方から、扉を開閉する音とともに、声が聞こえてきた。


「ああまずい、帰ってきた。真帆子さん、悪いけど続きは部屋に戻ってやってくれる? 子供組はそこまで情報秘密にナーバスじゃないから」

「了解。まぁ、今のところは一段落していたんだけど」


 朱鷺光が言うと、真帆子は、言いながら、ノートパソコンのディスプレイを畳んだ。


「あっした、あっした、明日は終業式~」


 そんな、どこか浮かれた様子で、澄光(すみひろ)がリビングに入ってきた。


「終業式は良いがな、澄光よ、お前成績の方は大丈夫なんだろうな?」

「んー、まあまあなんじゃないかと思うけど」


 朱鷺光が少し、呆れたような、怒気をはらんだような、そんな様子で声をかける。

 だが、澄光は、気楽そうにそう言った。


「お? そうなのか?」


 てっきり、赤点ギリギリだの補習だの言われる事になっているんじゃないかと思っていた朱鷺光は、軽く驚いたように、訊き返す。


「期末試験はそこそこ良かったからね」

「うん? そうだったのか」

「そうそう、なんか雪子さんに褒められてたわ、この前」


 澄光の言葉に、朱鷺光が訊き返す。

 すると、シータが思い出したように、それでも少し呆れたような視線を澄光に向けつつ、そう言った。


「珍しくテスト勉強が捗っちゃって」

「テスト勉強ねぇ」


 澄光の言葉に、朱鷺光が少し訝しそうに言う。

 朱鷺光は、学業では定期試験や受験の前に根を詰めて勉強するタイプではなかった。曰く、


「授業中真面目にノート取ってれば、それで覚えるんだよ」


 とのこと。

 朱鷺光が根を詰めて勉強したのは、大学受験の時と、資格試験のときぐらいだ。


「まぁ、ナホに手伝ってもらったんだけど」

「ナホに?」


 苦笑しながら言う澄光に、真帆子が驚いたような声を返した。


「ええ、まぁ、色々教えてもらいました」


 澄光が、真帆子に向かって答える。


「まぁ、真帆子さんの頭脳をサンプリングしたものなんだから、高校の課程ぐらいはなんとかなるわな」


 朱鷺光はそう言って、手に持っていたドクターペッパーのキャップを開けて、一口煽った。


「しかしお前が試験勉強ねぇ、異常気象にでもなんなきゃ良いけど」

「兄貴まで俊彰や正恭と同じこと言わなくてもいいだろ」


 朱鷺光がなおも訝しげに言うと、澄光は戯け混じりにもムッとしたような表情でそう言った。


「んー、澄光、もしかして……」

「な、なんだよ」


 シータが、ニヤニヤしながら言うと、澄光は少し挙動不審気に言い返した。


「まぁ、成績が良いならそれに越したことはないけどな、そう言う事なら、気晴らしも兼ねてどっか遊びにでも行くか」


 朱鷺光は、思いついたように言う。


「え、でも今そう言う事やってていい時期じゃないんじゃない? 朱鷺光とか真帆子さんとかさ」


 シータが渋い表情になって言う。


「別に良いじゃない、淳志の方で捜査でも進まないことには、こっちからなんかしかけるってわけにもいかない状態だからさ、あっちが何もしてこないなら、気分転換ぐらい」


 朱鷺光は言う。


「流石に泊りがけってわけにはいかないけど、どっか近場、ちょっと気晴らしに行こうや」


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