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Chapter-39

 左文字家の玄関から、黒髪の小柄な女性が出てくる。

 パンツルックの、ビジネススーツを身に着けていた。

 ショルダーバッグを手に持っている。


 軽くため息を付いたようにして、どこかトボトボと、駅の方へ向かって歩き出す。


 シャッ


 その背後を、黒い影が追っていく。


 左文字家と最寄り駅の間にある、周囲がリサイクル業者の資材置き場となっている、あまり人気のない路地。

 女性は、そこに通りかかった。


 ヒュッ


 黒い影が、一気に女性に迫る。


 ドガァッ


 影のような男が、女性に鋭い突きを入れようとした瞬間、

 飛び出してきた別の影が、影の男に対して強烈なシールドタックルを見舞った。


「DR29!」

「まさか、あの時、破壊しきれたと思っていたわけではないだろう?」


 弾き飛ばされながらも態勢を直す影の男に対し、シールドの持ち主──パティアが、そう言った。

 やはり構えるパティアの右腕で、ブレードが鞘から旋回して飛び出す。


 ガキン、バキィッ!


 男の、鋭い銛のような突きが、パティアに向かって繰り出される。

 だが、今度はパティアも、左腕に装着された大型のバックラーを軽々と扱って、それを受け止める。


 シャッ


 パティアが、バックラーで受け止めた一撃の勢いで間合いを一気に詰めつつ、ブレードで反撃をしかける。

 影の男は身をひねるようにしてパティアの突きを躱す。

 たまらずと言った感じで、一度間合いを取ろうとする。


 パティアの左の眉に擬態したレーザー照射鏡が瞬き、光弾のマシンガンのようなパルスレーザーが迸る。


「くっ!」


 男はパティアのレーザーを躱すためにもう一段下がる、と、そこから反転するように、高く跳躍した。

 パティアではなく、スーツの女性めがけて攻撃を仕掛けようとする。


 ヒュッ


「何」


 男が、仕留めた、と感じた瞬間、人間離れした瞬足で、その女性は攻撃を躱した。

 女性が、被っていた黒髪のカツラを外す。その下から、ロングの銀髪が現れた。


「R-1……だと……」


 男が一瞬、動きを止めた瞬間、パティアが強烈なシールドタックルで男を弾き飛ばす。

 そのままパティアは間合いを一気に詰め、男に向かってブレードの突きを繰り出す。


 男はそれを寸でのところで躱すと、パティアの頭部を狙って突きを繰り出す。

 パティアはそのまま身を低くして、男の突きを躱した。


 男の突きを繰り出した腕が伸び切ったところへ、強烈な踵落としが降ってきた。

 ショルダーバッグに隠していたアンテナ・センサーユニットを装着し終えた、オムリンだった。


 男は脳天に踵落としを受けて、地べたに這いつくばらされる。

 オムリンは、同じようにショルダーバックに隠していたスタンスティックを、右手に握って展開した。


「何!?」


 パティアが繰り出した、男の頭部への斬撃は、男の頭部の半分ほどを切り裂いた。

 バチバチ、と、火花が散るものの、男は頭を割られた状態で、ひゅっと立ち上がり、パティアとオムリンから間合いをとった。


 その割れた頭部からは、血液や脳漿などは溢れていない。

 ただ、切断されたフラットケーブルの一部がはみ出しているだけだ。


「たかがメインカメラをやられた程度だ、この程度、どうということはない」


 男はそう言った。


 オムリンもパティアも、頭部は主演算、特にメモリの塊だ。

 メインストレージを破壊されなければ、修復は可能だが、少なくともその場で身動きは、取れなくなってしまう。


 だが、目の前の現象がどういうことか、2人には即座に理解できた。

 影の男──男の姿をしたロボットは、主制御装置を頭部に搭載していないのだ。


 パティアを含むR.Seriesも、容積と耐衝撃性の関係から、メインストレージは胸部に2.5インチHDDを、耐衝撃ジェルカバーに包んで搭載している。


 パティアのレーザーが瞬く。

 ロボットはそれを避けようとするが、先程までのように軽やかに躱す事ができず、右肩から上腕部にかけて被弾する。


 ガンッ!


 オムリンが瞬時に間合いを詰め、その最中にスタンスティックを右手から左手に持ちかえる。

 パティアのレーザーによって破壊された右腕を、スタンスティックで強烈に叩きつけた。


 同時にトリガーを押し込み、電撃をロボットに与える。


 ──やったか!?


 オムリンがそう思った瞬間だった。

 ロボットは、残る左腕、それに両足で、オムリンに正面から、絡みついてきた。


「くっ」


 だが、オムリンが出力を上げて振りほどくと、ロボットは間合いを取りつつ、そこに立ち直した。

 間髪入れず、パティアが飛び込んできて、ロボットの腰部関節部を、ブレードで突き刺した。


 パティアが、ブレードを引き抜くと、その傷口からは、当然血液ではなく、冷却液とグリスのようなものが飛び散った。

 ロボットは、ヨロヨロとよろけるようにした後、その場に崩れて倒れた。


 まるで断末魔の生き物がのたうつように、ロボットは、しばらくビクンビクン、としていたが、やがて動きを止めた。



「派手に壊したなぁ……」


 朱鷺光が、自転車に乗ってその場に駆けつけてきた。

 オムリンとパティアによって行動不可能になったロボットを見て、朱鷺光は、そのボロボロぶりに、半ば呆れたようにそう言った。


「これを……私の大学のチームが?」


 同じく、左文字家の自転車を借りて駆けつけた真帆子が、倒れているそれを見て、そう言った。


「まだそれはわからん。ただ、そうじゃないかってだけだ」


 朱鷺光は、険しい表情をしてそのロボットの残骸を見つつも、そう言った。


 そこへ、淳志のレオーネが自転車より遅れてやってきた。助手席に弘介も乗っている。


「これどうする? 一応、一旦は警察が引き取るか?」


 運転席から降りてきた淳志に対し、朱鷺光がそう訊ねた。


「いや……被害届も出ていないんじゃ、まだ警察の管轄じゃないだろう」

「この場合、被害届って平城さんが書くの?」


 淳志が難しい顔をしながら言うが、朱鷺光はそれに対して微妙な苦笑をしながら、ロボットの残骸を指差して、更に問いかける。


「うーん……平城さんを狙っていたのは確かだが、実際に襲われたのはオムリンだし、だとすると強いて書くとすればお前?」

「つまり、刑事事件にするの難しいってことね」


 淳志が、戯け混じりに考え込むようなポーズを取りながらそう言うと、朱鷺光は、少し脱力したように苦笑しながら、そう言った。


「でも、こいつ、多分波田町教授の事件となんか関係性あるぜ?」


 弘介が、助手席から降りてきて、ロボットの残骸を見ながら、そう言った。


「そこはそれ、警察としては市民の善意ある情報提供を期待するところであってだな」

「美味しいところだけ寄越せと。まったく都合のいいこと言うねぇ警察様は」


 フッ、と不敵に笑いつつ、七三分けにした前髪を撫でながら言う淳志に対し、朱鷺光は、呆れきったような様子でそう言った。

 弘介も、レオーネによりかかるようにして、苦笑しながら脱力している。


「まぁ、そう言うな。ろくでもない輩がウロウロしてるのは事実っぽいし、なんとか上と掛け合ってこの近隣の警備を強化するからよ」


 淳志は、苦笑しながら言う。


「でも────」


 真帆子が、緊張した様子で、朱鷺光の方を見て、言う。


「アンドロイド、そのサイズに自我を持つほどの人工知能を搭載できるのは、左文字博士、あなただけのはず。U(ウィクター)W(・ドーン)D(ドリア大学)のA.I.システムは、左文字博士の自宅にあるメインフレームより更に巨大なのよ、その技術でどうやってもこんなものはできないわ」


「ボディ本体に実装しようとしたらな」


 朱鷺光は真帆子の方を振り返ると、そう言って、ロボットの残骸に視線を向けた。


「え?」


「なに、なんとなくタネは解ってるんだ」


 朱鷺光は、真帆子にそう言うと、


「オムリン、パティア、悪いけどこいつ、部屋まで運んでくれっか?」


 と、オムリン達に頼み込んでいた。


「でも、なんだって、そんな事……」

「さっきも言っただろ」


 オムリンが、その肩のあたりを抱えて引き上げるロボットの残骸を見ながら、絶句する真帆子に、朱鷺光は言う。


「オムリンにクラッキングをしかけたのを、アンタってことにしたいのさ。実際、アンタはオムリンとナホを接触させることに積極的だった。アンタが口を、永遠に(つぐ)んでくれれば、ナホを使ってオムリンをクラッキングした真犯人は隠れていられる」


 朱鷺光もまた、険しい表情になっていた。


「ついでに、ナホの最上位のシステム管理権限を持つ人間に、ナホの稼働状況を調べられるのも困る……まぁ、そういうことだろうな。どっちが目的の主で従なのかまでは、わからないが」


「そ、それじゃあ、その、あなたの言う真犯人っていうのは……!?」


 真帆子は、まさか、という顔をして、縋るような視線を朱鷺光に向ける。

 だが、朱鷺光は、険しい顔のまま、真帆子の方に視線を向けて、ただ、頷いた。


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