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Chapter-33

「そりゃ多分、爽風の言ってたとおりだなぁ」


 やっと修理の終わった湯沸器を組み立てながら、朱鷺光がそう言った。


「そうかなぁ?」


 パジャマ姿の颯華が、怪訝そうなと言うか、不満そうな表情をしながら、言う。


ウィクター(U)・ドーン(W)ドリア大学(D)は脳科学研究の総本山みたいなもんだ。それが一枚岩とは、限らないしな。むしろあっちからホイホイ姿見せるって事は、やましいところはないんじゃないの?」


 朱鷺光は、そう言いながら、組み上がった湯沸器を、脱衣所の奥の小部屋の、湯沸器の取付台にまで運んで行く。

 会話を続けている颯華は、朱鷺光についていった。

 更に、パティアが、工具箱や部品類を持って、それに続く。


「モンキーくれる?」


 朱鷺光は、取付台に湯沸器を固定しながら、そう言った。


「ああ、ごめん」


 湯沸器の小部屋の入り口を塞いでしまっていた颯華の脇から、パティアが、モンキーレンチを朱鷺光に渡そうとする。

 颯華は、それに気がついて、一旦パティアの手からモンキーレンチを受け取り、中継する形で、それを朱鷺光に渡した。


「それと、シール剤も取ってくれ」


 朱鷺光が言うと、今度は、ハケ塗りの液状シール剤を、パティアが無理をせずに、颯華に手渡し、その颯華から、朱鷺光に手渡された。


 朱鷺光は、缶のキャップと一体になったハケで、まず、給水側の水道管のネジ山に塗りたくると、受ける側のナットを嵌めて、モンキーレンチで締める。

 それを、出湯側にも同じ事をして、きっちりと締め上げた。


「これで良しと。とりあえず、水が通ってるかどうか、試してみてくれる?」

「はーい」


 朱鷺光が、そう言いながら、水漏れがないことを確認しつつ、給水栓のハンドルを回していく。

 圧力が抜けていた給湯側に、水が入り込み、井戸ポンプの作動音がした。


 颯華が脱衣所の洗面台に向かい、シングルレバーの水栓をお湯の方に最大限倒してから、そのレバーを押し下げると、ザーッ、とお湯ではなく、水が出た。


「水は来てるよー、まだお湯じゃないけど」

「ちょい待ち、今ガスつなぐ」


 颯華の声を聞きながら、朱鷺光は、地元の巨大ホームセンター・ジョイフル本田の値札がついた、新品のオレンジ色のガスホースで、ガスの元栓と、湯沸器をつなぎ、ホースバンドで固定する。


「ガス臭くないよな?」


 ガスの元栓を開けた朱鷺光が、颯華に手招きするようにしつつ、そう訊ねた。


「特にしないけど。なに、朱鷺光さん、風邪でもひいてるの?」

「いや、そう言うわけじゃないけど、念の為」


 颯華が、どこか呆れたように聞くのを、朱鷺光は、サラリと答えた。


 それから、朱鷺光が、器具栓つまみを捻って、湯沸器に添加する。


 ガツン、ガツン、ボッ


 朱鷺光が2度、点火操作をすると、湯沸器のパイロットバーナーが点火し、小さな青い炎が出た。


「よーし、お湯出してみてくれ」

「はーい」


 朱鷺光の声に、颯華が、再度洗面台の水栓のレバーを押し下げた。

 ボッ、と音がして、メインバーナーに点火し、揃った青い炎が並ぶ。


「んー……おっ、あ、あち!」


 颯華は、流れている水に指を晒していたが、それが段々と熱いお湯に変わってきたのを感じて、慌てて手を引っ込めた。


「大丈夫みたい」


 颯華は、そう言いながら、洗面台に流れているお湯を止めた。


「よっしゃ、完璧」


 朱鷺光は、パティアに工具類を手渡しつつ、笑顔で言う。

 パティアは、それを、工具箱に片付けていった。


「じゃあ、朱鷺光さんは──」


 湯沸器の小部屋の扉を閉める朱鷺光に、颯華が声をかける。


「その、平城先生は、どうしたらいいと思ってるの?」

「どうしたもこうしたも、放っとけば?」


 颯華の問いかけるような言葉に、朱鷺光はあっさりとそう言った。


「なにか向こうから仕掛けてくるってんなら、俺もそれなりの対応するけど、そう言うわけでもないのに、一介の研究生締め上げてもしょうがないからなぁ」


 朱鷺光は、蒸し暑い中作業でかいた汗を、タオルで拭きながら、そう言った。


「いいのかなぁ」


 一旦、頭を捻るようにしてそう言った颯華だったが、はっと気がついたように、朱鷺光に向かって声を上げる。


「でも、澄光君になにか接触してたみたいだけど、それはいいの?」

「R.Seriesのことで、あいつに接触して何ができるっていうんだよ」


 颯華の言葉に、朱鷺光は苦笑しながらそう言った。


「まぁ、確かに、言われてみればそうかも知れないけど……」


 颯華は、難しい顔をしつつ、そう呟くように言う。


「でもまぁ、確かに、俺の弟に接触してきたってのは捨て置かないほうがいいかも知れないな。一応は気をつけとく」

「うん、その方がいいと思う」


 朱鷺光が言うと、颯華も頷いて、そう言った。


 ──とは言え。


 朱鷺光は考える。


 ──ストラト・フォーが自分達の情報を拡散しかねない状況を作るとは思えん……そもそも波田町教授で懲りてるはずだし。そんなリスクを冒すぐらいなら本丸である俺を攻めてくるはずだ。


 まだ颯華や爽風たちにはその存在を知らせていない存在──ストラト・フォーの出方を考えながら、朱鷺光はそう結論づけた。


 ──それに。


 朱鷺光は更に考えながら、脱衣場から出ようとした。


「はーぁ、腹が減ったけど……その前にシャワー浴びるかな」


 朱鷺光は、自分の周囲の匂いを嗅ぐようにしながら、じっとりと汗ばんだ下着の感触に、誰にともなくそう言った。


「あ、湯沸器直ったんですか」


 ファイが、台所からリビングに移動してくる。それと、朱鷺光が、脱衣場から出てくるのとが、丁度重なった。

 ファイは、朱鷺光が一息ついているような様子を見ると、訊ねるように言った。


「ああ、なんとかな。外板の凹みも直したし」

「それじゃあ、朱鷺光さんの分、ご飯用意しますね」


 朱鷺光がそう答えると、ファイは、そう言って台所に移動しようとする。


「ああ、俺、先にシャワー浴びるから、着替えとって来といてくれると助かるかな」

「了解しました。ご飯も、その間に用意しちゃいますね」


 朱鷺光は、先に汗ばんだ身体を流すと言った。

 それに対し、ファイは、少し苦笑するような笑みで、答えた。


「じゃあファイに頼んだから……このままシャワー浴びちゃえばいいか」


 朱鷺光はそう言うと、今出てきたばかりの脱衣所に引き返すように、入っていった。



 コンコン

 ドッキーン!!


「だだ、誰?」


 澄光が、自室でナホと会話していると、扉がノックされた。

 澄光は、心臓が飛び出るかと言うような思いをしながら、ノックに答えると、


「私だが、朝の洗濯物が回収されていないんじゃないかと思ってな」


 と、オムリンの声が、扉の外からかけられてきた。


『どうしたの? 随分驚いているみたいだけど』


 ナホが、澄光の挙動不審を気にしてか、スマホの中の画面から声をかけてくる。


「いや……洗濯物の回収だってさ」


 澄光が、ナホにそう答えながら、ふと寝そべっていたベッドから床に視線をやると、今日も、出かけに遅刻寸前になって脱ぎ散らかした、昨夜のパジャマが、放り出されていた。


 シータは、いつも、洗濯物を夜にまとめて、洗濯機をセットしていた。

 澄光はもちろん、爽風や颯華ですら、ギリギリに起きてくる事があるので、室内に脱ぎ散らかされていると、昼間やろうとすると、個室に踏み込んで回収するしかないからだ。


 澄光は、脱ぎ散らかされていたパジャマをまとめるように掴むと、ドアのところへ持っていった。

 部屋の扉を開ける。すぐ外に、オムリンが洗濯カゴを手に、廊下に立っていた。


「あれ? なんでオムリン?」

「シータは、今、朱鷺光に反省文を書かされている」

「まだ終わってなかったんだ」


 澄光が問いかけると、オムリンはそう答えた。

 澄光は、肩を竦める用にしながら苦笑する。


『待って、そこにR-1がいるの?』


 オムリンが、澄光から受け取った洗濯物をカゴに入れて、次の颯華の部屋に向かおうとすると、室内から、その声が響いてきた。


「この声は?」


 オムリンが、澄光に訊ねる。


「ああ、ナホっていうんだ。俺がモニターしている試作A.I.だよ」

「試作A.I.?」


 澄光が説明すると、オムリンは、室内を覗き込むようにしながら、訊き返した。


「ああ、そうだ、良ければオムリン、ナホと少し会話してあげてよ」

「私と?」


 澄光は、そう言うと、訊き返してくるオムリンに対し、一旦室内のベッドのところまで行って、スマートフォンを取ってきて、その画面を見せた。


『はじめまして、R-1[OMURIN]。私の名前はナホ、よろしくね』

「私がR-1、パーソナルネームは、今、あなたが言った通りだ」


 自己紹介してくるナホに対し、オムリンはそう答えながら、考える。


 ──私の名前を知っている、製作者が私の名前を知っていてなお、私と接触を図ろうとするのは考えにくい……これは、UWDの一連の実験とは無関係と考えていいのか?

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