Chapter-24
グツグツグツグツ……
「うーひょー、旨そうに煮えてきた」
朱鷺光が言った。
彼の目の前で、ドウシシャ製のグリルスペースつきすき焼き鍋が、マッチ式の1口テーブルコンロに炙られて、煮える音を立てている。
一度割り下を入れた後でも、肉は中央の鉄板で焼けるという代物だ。
「まだ木曜だけっども、ここの設備のおかげで早くノルマ終わったし、明日は休んじまうかな」
弘介が、そんな事を言いながら、食卓に参加している。
「いいぞ、テレワーク扱いでも」
「また安易にそんな事言っちゃう……」
朱鷺光が、妙にニコニコと笑いながら言うと、その近くに座っていた颯華が、苦笑しながら言う。
「それとも朱鷺光さんが妙に機嫌いいのは、後ろにパティアが座ってることと関係あるのかな?」
颯華が、ニヤリと笑いながら言った。
「おう、あるぞ」
朱鷺光はあっさりとそう言った。
むしろ、朱鷺光の背後に、スツールに腰掛けるようにして座っていたパティアが、軽く恥ずかしげに俯いてしまう。
オムリンを元にしているならば、Dynamic Emotion Art Technologyは未搭載のはずだが、オムリンのR-AI 0.9に対して0.91となっている分多少は改善されているのか、それともパティアがそう言う性格なのか。
「そりゃお前、直接の娘じゃなくて、こんな可愛い反応返されたらたまんないよ、俺だって」
「へぇへぇよござんした」
颯華が言い、弘介と揃って辟易したような顔になる。
「あれ、澄光さんまだですね」
台所から、卵の入ったボウルをもった、ファイが、ダイニングモードのリビングに入ってきながら、言う。
「いいよ、もう、降りてこないあいつが悪いんだから、食べちゃおうよ」
爽風が、我慢できない、と言ったように、そう言った。
「ちょちょちょ、そりゃないよ姉さん」
「あ、やっと下りてきた」
母屋の階段を下りて、リビングに入ってきた澄光に、爽風が呆れたようにそう言った。
「パティア、メシの盛り付け頼んでいいか?」
「りょ、了解した」
朱鷺光が背後を振り返るようにしつつそう言うと、パティアは、少しだけ戸惑うような物言いをしてしまってから、立ち上がり、保温専用ジャーのところへと移動した。
「あれ? オムリンは?」
澄光が、キョロキョロとしながら訊ねる。
「ああ、ついさっきまで、作業部屋で俺と弘介、2人してバタバタしてたからな、そっちの片付けやってもらってる」
「ふーん……」
朱鷺光の説明に、澄光は、納得したのか、微妙な間延びした声を返す。
「それより澄光、下りてくるの遅いって、またネトゲに嵌ったりしてるからじゃないだろうね?」
パティアから差し出された、ご飯のよそわれた茶碗を受け取りつつ、爽風が、問いただすように言った。
「え? ま、まぁちょっとだけ」
澄光は、どきりとしたように、気まずそうに表情を引きつらせながら言う。
「昨日兄貴にもクギ刺されてたみたいだけど、課金は程々にしときなよ」
「わ、解ってるって」
爽風の言葉に、澄光は、更にその表情を苦笑に変えて、両手を振りながらそう言った。
「みなさん、卵はどうされますか?」
「あ、私ちょうだい」
「俺も頼むわ」
ファイが卵のボウルを、ダイニングテーブルに置きつつ、訊ねると、爽風と弘介が、手を上げるようにしてそう言った。
「さて、まぁ、それじゃ、とりあえず親父や雪子さんはまだだけど、人数一度に固まってもあれだし、子供組揃ったところで」
朱鷺光が、パティアから、ご飯のよそわれた大きめのご飯茶碗を受け取りながら、言う。
「いただきまーす」
「んっふ、さすが左文字家、いい肉使ってるな」
早速、と肉を頬張りながら、弘介が言う。
「常陸牛ですけどね」
「質で余所にゃあ負けてないはずなんだがな」
ファイが言うが、即座に朱鷺光がそう付け加えた。
「あ」
「お」
鍋から、爽風と颯華がほぼ同時に箸を上げる、と、そのつまんでいた肉は、つながっていた。
「はっ」
「ひっ」
「ふっ」
爽風と颯華は、それぞれ左手で、短い合図をしながらジャンケンをする。
2回、あいこが続いたが、3回目で颯華が勝った。
ニコっと笑いながら肉を持っていく颯華に対し、
「ちぇっ」
と、爽風は少しだけ不貞腐れたような顔をしながら、改めて箸を鍋に向かわせる。
「ああ、もう、つまんないことやってないで、どんどんあるんだから、どんどん食え」
朱鷺光が、苦笑しながらそう言った。
その間も、ファイが、中央のグリルスペースに、トングで肉を載せていく。
そう言っていた朱鷺光も、今は肉とご飯を口に運ぶのに忙しい。
テーブルの上には、例によってサントリー・レッド2.7lペットとワイン専科の赤パック、それと組み合わせるレモンソーダやグレープソーダ、カルピスソーダやコーラが置いてある。
だが、今は弘介も、酒より肉と言った感じだ。
「ファイ、鶏もあるだろ、鶏」
「お、もう行っちゃうか?」
弘介が言うと、朱鷺光がにやけたようにしながらそう言った。2人揃って、ご飯のおかわりをしつつも、そろそろ、と酒に手を付け始める。
「はい、準備しますね」
ファイは、別の皿にもられていた、鶏肉のスライスを、グリルスペースに乗せた。
「ああ……今日もいい肉でした、と……」
朱鷺光は、食事の後、一番風呂に浸かっていた。
酒は入っていたが、泥酔には程遠い。
大きな浴槽に、手足を伸ばすようにし、ゆったりと湯船に浸かる。
「♪~」
朱鷺光が、サザンオールスターズの楽曲など口ずさみながら、入浴を楽しんでいると、
カラカラカラ……
「へ?」
突然、外から、引き戸式の浴室の扉が、開けられた。
そこには、バスタオルで体の前を隠すようにした、裸のパティアが、立っていた。
「えっと……」
朱鷺光が、表情を引きつらせながら言う。
「その、背中を流してあげようかと思って……」
パティアは、どこか恥じらうようにしつつも、朱鷺光に、そう言った。
朱鷺光は、ゴクリ、と喉を鳴らしてしまう。
「だ、誰にけしかけられた?」
「弘介と、颯華が、そうしたら良いと……」
──アイツラぁアァァァ
完全に朱鷺光を弄って遊ぶ気なのだろうと確信し、苦い顔をしながら、心の中で毒つく。
「だが、わ、私もそれぐらい、してやりたいつもりで来た」
「ん……あ……ええと」
朱鷺光がなんと言おうか考えている間にも、パティアは、バスタオルを傍らにかけ、蛇口のついている側の水栓のシャワーを出し、先に自らの表面の汚れを軽く洗い流す。
「……え……と……、いかんいかん」
パティアの肢体に、見入ってしまっていた朱鷺光は、首をぶんぶんと振って、我を取り返した。
「どうした? 私を修理する時に私の裸など嫌というほど見たはずだが……」
「お前達の表面に使われている液晶感応皮膜は、電源切れてる時は、ただのゴムみたいなもんだからなぁ、稼働中だと、人間の肌と見た目ほとんど同じだけど」
パティアに指摘されて、朱鷺光は目のやり場に困るかのように、視線を泳がせながらそう言った。
「でも、まぁ、そう言う事なら、背中、流してもらっちゃおうかな」
「ああ、わかった」
朱鷺光が、葛藤を吹っ切るようにして言うと、パティアは、口元で少しだけ笑顔になって、そう言った。
一方その頃。
『面白い家みたいね』
澄光は、自室で、ナホと会話していた。
「まぁ、夕飯時は戦場だよ」
澄光は、苦笑しながら、鏡のように立て掛けたスマートフォンの中の、画面の中の少女に向かって、言う。
実は、食事をしている最中も、澄光は、スマホをボケットに隠し持ち、ナホとの通話状態にしてあった。
『でも、R-1とまだ会話できてないのよねぇ』
と、ナホが言う。
「そのつもりなら、いつでも会えるけど? 同じ家の中にいるんだし」
澄光は、気軽な気持ちでそう言ったが、
『ううん、自然に会えたほうが良いし、できれば朱鷺光博士のいない時がいいかしらね』
と、ナホはそう言った。
「兄貴がいなくて、オムリンだけいる時か……結構難しい……」
な、と言おうとして、澄光はふと気がついた。
「……でも、ないかな?」
と、澄光はそう言った。
最近は、パティアが傍にいることが多いようだ。それに、オムリン自身も、パティアを信用しているフシがある。
ならば、朱鷺光がパティアだけ連れてどこかへ出かけるシチュエーションも、充分あるかもしれない。
「まぁ、その時になったら、呼んであげるよ」
『お願いするわね』
澄光が言うと、ナホはニコリ、と、チャーミングに笑って、そう言った。
「ナホはまだR-1とは接触していないようだ」
『同じ家にいるのにですか、考えにくいですね』
朱鷺光より半周りほど年上そうな男性が、Web通信で真帆子と話していた。
『こちらからそのように指示しますか』
「マホコ、『急いては事を仕損じる』とは、君の母国の言葉ではなかったかな」
「R-1との接触を急がせる必要はないし、接触するのであれば、それは自然のものの方がいい。現在はProject BAMBOO、それ自体の成果が上がっていればそれで充分だ」
男の背後には、ハードウェア・ニューラルネットワークの巨大なサーバーが、2台、置かれていた。




