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Chapter-19

 茨城県立取手中央高等学校。


 取手駅から徒歩5分という好立地に位置するこの学校は、旧制の農学校ということもあって、戦後長く実業系の高校とされていた。


 転機があったのは、伝説の3バカ、と呼ばれる3人組が在学、揃って大学、しかもうち2人は新設とはいえ国立大に進学していったことだ。

 言うまでもなく、左文字(さもんじ)朱鷺光(ときひろ)長谷口(はせぐち)弘介(こうすけ)埋田(うめた)淳志(あつし)のことである。


 以降の3人の経歴からすれば、輝かしいと言っても良いのだが、その実態と言えば……在学中にはこの3人にプラスαで問題行動を繰り返すことが多かった。


 特に、以前は生徒に自由行動枠のある修学旅行がなく、代わりに宿泊学習と称して冬の水上に連れて行かれたのだが、そこでこの3人を始めとして、同級生たちは……

 ドリームキャスト持ち込み。

 ホテルの売店に“万足し”(他所から持ってきた商品をすっとぼけて陳列してくる)。

 深夜の持ち込み焼肉パーティ。

 エ◯イラスト描け麻雀。

 持ち込みPCとプリンターによる簡易DPEサービス。

 等々、悪の限りを尽くしたため、クソ寒いだけの宿泊学習からめでたく沖縄修学旅行が新設される運びになったと言う。


 そんな経緯からある種の敬意を込めて“伝説の3バカ”と呼ばれるようになった3人組の卒業後、当時偏差値制度がほぼ枯れてきていたこともあり、駅前好立地もあって志願者が急増、今では一端の進学校と目されるようになった。



 さてそれから10数年が経過した今、その左文字朱鷺光の、歳の離れた妹である、左文字爽風(さやか)は、現在その2年B組に在籍していた。

 その日、愛車RG250Γを駆けさせ、爽風が学校に到着したのは、珍しく、他の在校生が登校してくるより、やや早い時間帯だった。


「よいしょっ、と」


 爽風は、駐輪場でRG250Γのスタンドを立てさせると、昇降口の方へと向かう。


 ──ライダースーツを脱ぐのは教室でいっか


 安全面を考え、全身タイプのライダースーツを着ているが、その下は、当然、この学校の制服である。


「失礼、そこのあなた、ちょっと良いかしら?」

「はい?」


 爽風は、駐輪場から正門の方へ戻ってきたところで、声をかけられた。


「その、職員室へ案内してほしいのだけど」


 見ると、爽風よりさらに頭1つ分くらい小柄な、少女が、私服姿で学校の敷地内に入ってきていた。

 その少女が、爽風に声をかけてきている。


「あなた、どなた? 転校生かな?」


 爽風は、そう訊ねた。どう考えても高校生にしては小柄すぎる気がしたが、可能性としては否定できない、ここまで極端でないにしろ、爽風より小柄な生徒は、珍しくはないのだ。


 が、それを聞いた少女?は、顔色を失った。


「ちょっ、私はこう見えても、26よ!」

「え、ええ!?」


 急に、噛み付くような様子になって、少女は身分証をかざしながら、爽風にむかって怒鳴る。

 困惑の声を上げた爽風だったが、その身分証に、確かに生年月日が記載してあって、彼女が26歳である事を証明していた。


 だが、問題はその身分証だった。


「国際運転免許証……? アメリカの?」


 爽風はその様式を見るのは初めてではなかった。朱鷺光の知人や、会社の関係で訪れる人間の中には、海外に生活拠点をおく者もいて、そう言った人たちに見せてもらったことがあった。


「あら、よく知ってるわね? 日本では知らない人、多いのだけど」

「ええ、まぁ。私は家が特殊と言いますか……」


 感心したように言う小柄な女性に向かって、爽風は苦笑しながらそう言った。


「名前はMahoko Hirajo……?」

平城(ひらじょう)真帆子(まほこ)よ。今日から貴女の同僚になるのね、よろしく」

「え、あ、え……?」


 名乗った女性に対し、爽風は軽く混乱した後、あはは、と気まずそうに苦笑した。


「すみません、実は、私は生徒でして……」


 爽風は、ライダースーツの上半身を肌蹴るようにして、その中の制服姿を見せた。


「んなっ!?」


 真帆子は、またしても顔色を失った。


「最近の娘は発育が良いわね……」

 ──いや、私ぐらいの高2、元々珍しくもなんともないですよ?


 爽風を見て感心するように言う真帆子に、爽風は心のなかでツッコむが、声には出さずにおいた。



 キーンコーンカーンコーン…………


 しばらく時間が経ち、学生でガヤガヤと騒がしくなった教室内に、予鈴が響き渡る。


「おはよーさん」

「おわぁっ!?」


 朱鷺光の末弟、左文字澄光(すみひろ)が1年C組に登校すると、その挨拶に、1人の男子生徒が驚きの声を出した。


 彼の前は宇佐(うさ)俊彰(としあき)。澄光と悪友トリオを形成する1人で、筋トレが趣味で、それほど大柄ではないが、筋肉質な肉体とやたら大きい地声が特徴だった。それでいて所属している部活はアマチュア無線部だったりする。ちなみに、埋田淳志はアマ無部のOBである。


「どうしたんだよ……」

「どうしたもこうしたもあるかよ、始業前に澄光がきっちり来てるとか」


 わけがわからないと言った様子で訊き返す澄光に、俊彰はそう言った。


「まいったな、今日は午後から雨か」

「おいこら」


 澄光は、そう言って窓越しに空を見上げる、別の同級生を苦笑交じりに睨みつける。


 飛鳥山(あすかやま)正恭(まさやす)。男子高校生としては中肉中背と言ったところで、普段は読書ばかりしている。曰く「電子書籍は邪道」。澄光には「うちの兄貴と合うんじゃないの」と言われている。それでいて、部活は写真部。ちなみに、朱鷺光と弘介は写真部のOBである。


「ほらほら、皆も自分の教室戻って席につかないと」


 その一方で、左文字兄妹の父方-祖母方の再従姉妹はとこであり、同居人である美之辺(みのべ)颯華(そうか)は、自分の席を取り巻いていた、女子にそう言った。


 カッコいい女子を目指す颯華は同性のファンも多く、入学以来、いつもその姿を眺めに来る女子生徒が絶えなかった。一方で、男子の間でブロマイドが取引されているのも知っている。


 と言うか、写真部連中に隠し撮りをされていたのだが、それを知った颯華は、


「被写体として価値があるってんなら、言ってくれればいくらでも写させてあげるっての!」


 …………てな感じで、制服ブロマイド、さらには私服モデルまでやった。それが原因で、さらに女子人気が上がり、男子にも増々モテるようになった。


 ちなみに正恭は、「隠し撮りは邪道」だそうで、隠し撮りの時期は未参加だったが、今は、彼の撮影したブロマイドは高値で取引されていたりする。


「特定のモデルが居る被写体だったら、高解像度の低倍率レンズで撮らなきゃ、モデルに失礼だよ」


 とは、その正恭の言である。


「あ、そうか解ったぞ澄光が、珍しく遅刻してこなかった理由」

「え、なんだよ……」


 俊彰が、パキッ、と指を鳴らしながら、思いついたと言うか、思い出したと言うか、そんな感じで言う。

 澄光が、眉を潜めるようにしながら、訊き返した。


「今日から情報処理の新しい講師が来るんだ、しかも、20代の女性って言うじゃん、それが目的だろ」

「ケッ、別に関係ねーよ」


 俊彰の言葉に、澄光は投げやりにそう言った。と言うか、ついさっきまで忘れていた。


 颯華の周りで起きていた女子の潮騒が引いていき、本鈴がなる、と、まだざわつく教室の、前の扉が開くと、そのざわつきも、一瞬は収まった。


「あ、あれ……?」

「え、えーと……?」


 何人かの生徒が唖然とした。入ってきたのは、ストレートだがボリューミーな髪を腰のあたりに届くほどにまで伸ばした女性。いやたしかに女性だったのだが、どう見ても自分達より年下に見える小柄な少女のようだったからだ。


「Hy, Look me please」


 その、医療関係者と言うよりはその他の科学研究者のような白衣姿の、少女のような女性は言う。


「Hello, nice to meet you. My name is MAHOKO HIRAJO. I have been dispatched as a Information processing educations teacher by University of WICTOR DHONDRIA.」


 その英語は日本人英語のようでもあったが、発音などは下手な英語教師より遥かに流暢で滑らかだった。


「私は平城真帆子、今日からあなた達のクラスの情報処理学科の講師を努めることになったわ、よろしくね」

「平城先生は」


 真帆子が自己紹介した後、このクラスの担任である初老の男性、加藤(かとう)康徳(やすのり)教師が、真帆子に続いて入って着て、続きの紹介をする。


「アメリカの大学から、今回特別に来ていただいた形になる。専門は脳科学だそうだが、その関係でコンピューター関係についてもかなりご博識とのことだ──」


 ──はて?

 颯華は、ふと気づいた。

 早口に名乗った真帆子の自己紹介だったが、颯華はそこを聞き逃していなかった。


 ──University of WICTOR DHONDRIA? ウィクター・ドーンドリア大学? それって朱鷺光さんたちがこのところ騒いでた大学じゃなかったっけ?


 朱鷺光や淳志が難しい顔をしながら話していた内容の断片だが、颯華はそれを思い出していた。

 だが。


 ──まぁ偶然か。今更この高校にどうこうしたって朱鷺光さん達に何ができるわけでもないし。


 と、颯華は看過してしまっていた。


「言っとくけど、これでも今年で26になるんだからね?」


 真帆子が言うと、教室中が「ええーっ」という意外そうな声に包まれる。


「こらこら」


 加藤教師が諌めようとするが、


「良いんです、慣れてますから」


 と、真帆子は苦笑しながらそう言った。


「いくらなんでも、これはないねー」

「そぅお? 悪くないと思うけど」


 自分の後ろの席から声をかけてくる俊彰に、澄光は真帆子に注目するわけでもなく、そう言った。


「おろ、お前、合法ロリ属性持ちだっけ?」

「否定はしない」


 声をかけてくる俊彰に、澄光はそう答えていた。

 それで、注意が後ろにそれていたために。


 その時、真帆子が澄光に注目していたことに、気が付かなかった。


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