前へ目次 次へ 5/6 『支配的客観者の、憂鬱思想について』㈤ ⑸ 客観性を持ち込めば、誰だって、悪魔にも天使にもなれる。客観視するのは、自己が歩んできた人生の中に置いて、見たものを、投影し、理解するだけだ。 馬鹿らしい、そんなことはもう知っている、とでも言いたげな、その支配者の表情には、曇天の様な、憂鬱が見て取れる。余りの虚しさに、物事の崩壊を夢見ている。 視覚に終始すれば、恐らくは、人間は独創を持たなくなり、アイデンティティーは壊れるだろうし、そこには、何の楽しみもないと言えよう。