はじまり3
「ささっと着替えてくるね 」
そう言い残し家に入っていった姉を追うように、ハルも家の中に戻っていた。
ハルは自分の姉のことをよく知っている。
姉の言う着替えてくる、とは、シャワー、メイクなどのお洒落行為が付属し、五分や十分では終わらないことを。
本来ならば、朝六時の馬車に乗り、となり町のカルゴッソに向かうはずだった二人は、サクラの帰りが遅かったことで、馬車の時間をずらすことにしていた。
ー まったく、何のんびりしてるんだか
それがハルの本音であったが、口に出すことはなかった。
サクラの身支度が終わるまで、荷物の確認など、冒険の準備の再確認をして待つことにしたハルは、自身のカバンの紐を緩めた。
回復薬、魔法石、寝袋と、カバンの中身を上から順に外に広げていくハル。
しかし、今日という日のために、何度も確認したカバンには、忘れ物や余計なものが入っていることは無く、荷物の確認はあっという間に終わり、外に広げられた荷物は再びカバンの中へと戻っていった。
現在の時刻は六時十六分。
サクラが着替えにいくと言ってからまだ数分しか経っていない。
ハルは腕を組み目を瞑り、ひねり出すような唸り声を上げた。
「...そういえば」
ハルは思い出したように呟くと、おかま屋の真横に併設された物置へと足を運んだ。
物置には行方不明の父リュウガと、おかま屋店主のマーダ、二人の私物がいくつも保管されている。
その中の一つ。
父親の持ち物である、黒い筒状の持ち手の先に、丸いガラスの取り付けられた道具を持ち上げると、前方に向け、上部に付けられたスイッチを押した。
「...ダメか」
ハルが手に持っている物の名は懐中電灯。
世の中で主流として扱われる手持ちの光源は、主にランプか松明、精霊術の才能があるものは光の精の力を借りて辺りを照らすが、その才がある者は限られていた。
懐中電灯はランプ、松明よりも明るく遥か先を照らすことができるのだが、残念なこの懐中電灯は、この世界にたった一つしか存在していなかった。
何故なら、魔族との戦争で戦況を有利に進める為、異世界から召喚された勇者であり、父親であるリュウガの持ち物の一つだからだ。
ハルは懐中電灯の蓋を回して取り外すと、ひっくり返し、中身を掌の上に放り出した。
「やっぱりこの電池、ってのが無いとダメなんだろうな」
ハルは手にのった電池を何度か空中に放り投げ、もう一度懐中電灯の中に戻すと、懐中電灯を元の位置に置き直した。
「ま、全ては父さんを見つけてから聞けばいいんだ」
最後に、締めくくるように言葉を紡ぐと、ハルは自室へと戻っていった。