はじまり2
ーー姉貴まだかな
そんなことを思いながら少年は手に持っていた煎餅を口に運んだ。
《おかま屋》と大きく書かれた看板の店には、様々な菓子が陳列されており、少年は店先に設置されている木製のベンチに腰掛けていた。
「ちょっとハルっ!朝ごはん前にそんなもの食べちゃダメでしょっ!」
怒鳴り声をあげながら店の中から出てきたのは彼でも彼女でも無い存在。
彫りの深い男らしい顔をしているが、ピンクのアフロという奇抜すぎる特徴に対し、服装は白のtシャツに黒のジーパンといたってシンプルである。
「大丈夫、大丈夫。マーダも知ってるだろ。こんなの朝飯前だって」
その言葉を聞きマーダは頬に手を当て長いため息をついた。
「あんたのお父さんの言葉ね。でも使い方、多分間違ってるわよ」
「そうなの?」
ハルは首を軽く傾げると、持っていた煎餅を再び一口かじり、口の中に豪快な音を鳴らしながら街の中央へと目をやる。
街の中央《安らぎの園》まで続く一直線の道には、早朝六時前という時間帯もあり人通りは少なく、そのほとんどが我が家《おかま屋》同様、店開きの準備をする人たちである。
「...あ」
しかしその中に一人、数百メートル先からこちらに向かって走ってくる姿があった。
桜色の髪が印象的なその少女は、運動には不向きなロングスカートを両手でたくし上げ、すれ違う人たちと挨拶を交わしながらどんどんこちらへと近づいて来ている。
そして、少女はハルの前を少し通り過ぎたところでゆったりとした停止を見せると、空を見上げ、呼吸を整える。
数秒、少女の荒れた呼吸を聞き、上下に揺れる肩を見つめていると、少女は急に振り返った。
「ただいま!」
整い切っていない呼吸を無視するように、勢いよく出された帰宅の合図に、少年も応える。
「遅刻だな」
「えぇぇぇっ!」
少女は、この街に起床の合図を鳴らした。