30.選んだひとつ 3年目・12月25日~28日
・2012年12月25日(火)
――『すき、です』
あのとき、しゃっくりまじりの酔っ払いは確かにこう言った。
――「今、なんて?」
――『だーかーらぁ……ヒクッ。結婚前提にお付き合いをぉ……むにゃ』
――「あっ! ちょっ……ちょっと! 寝ないで、ずり落ちないで……時永くん? 時永くん!!」
……見るからに、『最低』な一言だった。いや、飲酒したら変に気が大きくなる人もいるらしいが! 正直、呆れたというか。その――気が変になってるからってそんなわけのわからない、否、突拍子も無いことを言われたくはない。
――『……えへへぇ……こころがウキウキウォッチンなので……全お米が、炊けたので……』
――「メティス、なに言ってんのこの子!?」
――『……美郷。たぶんこの子。めちゃくちゃ酔ってて伝達能力クソになってるんだけど、「一緒にいると心動かされたり、温かみを感じることが多いので生きる気力がわいてきます。(意訳)」なのではないかしら……殴ってよろしい??』
……いや、言われたこと自体はびっくりしたし、意識自体はしてたし。
その、嬉しいのだけど。何というか、そうじゃない。
呆れた上で――――
――「いっやあ、あれはないわよねー!」
帰宅した今。というか翌日の朝。
……わたし以上に今、この女神さまはぶりぶり怒っていた。
――「正直見えてた最初から思ってたけど、あれはないわ。普通の人間でしょ! 告白なんて一大イベントよ!? やるならもっと胸を張れるようなシチュエーションで、堂々と気持ちをぶちかましなさいってのよ。うちの美郷をなんだと思ってるの、渡せないわよあれじゃ!」
大憤慨している。そんな女神様に苦笑いしつつ、わたしの困惑は既に吹き飛んでしまっていた。……自分以上にプリップリしてくれる誰かが近くにいると、結構我に返っちゃうものだ。
あまりのことに頭が真っ白になったようで、わたし自身、あれ以降の詳しくは覚えてはいない。
けれど――メティス曰くだ。
放心状態のわたしが、本線の乗り換え口までどうなか引きずっていったところ、時永くんはようやく起きて、真っ赤な顔で帰っていったらしい。
真っ赤な顔――お酒か、問題発言か、どっちだ?
ともかくそれで、わたしは途中まで電車に乗っただけですんだ。
ふっと気づいたときには自分の家の前で鍵を出していたんだから、頭の中の混沌ぶりが垣間見えるだろう。
一応、家に帰り着いてメールは送ってみた。けれど……返事はなかなか来ない。
まぁあれだけべろんべろんだったんだから二日酔いと思っていいんだけど。
「……ねえ、メティス?」
――「なあに?」
「……時永くんと仲良くなったら、わたし、駄目になる?」
……『好き』だなんて言われたのは、はじめてだ。
異性に言われたのは。それも、時永くんに言われたのは。
そりゃあ前後がべろんべろんだ。フワフワッとした雰囲気に挟まれてはいたのだけど――あの時だけは妙に口調が冷静だった。
……誰か、夢みがちだって笑えばいい。
――『本当はさらっと愛の告白でもしようと思ったんですが』
――『嘘でしょ!?』
たとえいつかの病室でみたいに「ただの冗談」だったとしても、ドキドキを感じたのは紛れもない事実だし、それと同時に初めて――時永くんを怖いと思ったのも事実だった。
――あの手の動き。あの、後ろ向きな寝言。
……わたしはまだ、何の覚悟もできていない。時永くんと一緒にいると楽しい。不安なんて彼方へ吹き飛んでしまって、目の前のことしか分からなくなる。
でも。
でも、だ。
――『言ってなかったっけ。あなたの命がヤバい』
――『死んだら、恋もできなくなっちゃうよ?』
……いつかのメティスの言葉が、急激に恐ろしくなった。
……おかしいな。
海水浴のときまで、何も怖いことなんてなかったのに。
――「それは美郷が成長したからよ」
メティスはわたしの思考回路を読み取る。
――「たくさん『素敵なもの』に出会った、思い入れができた――沢山楽しいことを見つけたからだし、その『楽しいこと』を手放したくないから。きっとね」
「だと、いいけど」
臆病になるということは、『捨てられないものが増える』ということだ。
大事なものが増えて、身動きが取れなくなるっていうことだ。
……大きな泡が怖い。
半年前、海を前にして、初めてそう思った日があって――ううん、正確にはクロノスが怖いのかもしれない。
わたしは弱い人間で、普通の人間で――気づけば巻き込まれていたことに今更、少しおびえている。
……時永くんに惹かれたのは、自分からだ。自分から飛び込んだ気がしたのに。メティスが止めなかったのは、きっと理由があった。
「まあ、駄目になるっていうかさ」
――「うん」
「前言ってたみたいに、死ぬかもしれないんだよね? ……ねえ、死ぬって怖いかな?」
――「……滅多なこと言わないの」
わたしは多分、弱い人間だ――メティスと時永くんがついてなきゃ、明日のプレッシャーに押しつぶされそうで。
――「……でも、そうね……美郷、覚えてる? 大学受験のときのこと」
「うん……」
――「あのときあなた、言ったわね」
――【わたしは1つに目的を絞らないと集中できないタチだから、逆にそういうのは向いてないっ】
――【合格できなくても逃げ道があると思うから合格できないんだ!】
――「……あなたは、それで一つの学校しか受けなかったの」
「うん」
――「美郷、今、あの学校行ってて楽しい? 後悔してない?」
「してない」
だってわたしはあそこで、彼に出会えた。それが間違いだったとは思いたくない。クロノスに啖呵を切ったときもそう。わたしは口に出した。言わなきゃいけないことを言ったんだ。
そして、自分に嘘をつかなかった。
……それが、必要なことだった気がして。
――「……美郷は最初からすごく頑固で、すごくまっすぐで、不器用な子よ。これだと思ったら、一直線でそれを頑張るの」
自分のことなのに、わたしはそれを「知らない女の子」のような気がした。自覚はない。でもきっとメティスからみたら、そうだったのだ。
――「時永くんに対しても同じだったわね。一度喋っただけの男の子と距離を縮めようとした――友達になった、恋をした――大学受験と変わりないまっすぐさだわ。他にも道はあったのに、見もしないし気づきもしないんだもの」
確かにこれを『不器用』と言わず、何というだろう。他の道を見つけられない。半端なことは苦手で、一つしか選べない。
――「でも不器用だからこそ、あなたはたくさん頑張ってきたの。どこにいても何をしてても、必ず幸せな一瞬をつかんできた。それを選んだ重さ――それしか見なかった責任を、いつだって心の中ではわかっているの。あなたはきっと間違わない。ひとつも間違えない、賢い女の子だわ」
……必要なことは全部してきた。
選んだ一つを、いつも大切にしてきた。
――「……あなたは間違えない。自分の正解を辿り続けて、いつか結末に辿り着く。あなたがこの先何を選んでも、あなた自身はきっと後悔しないわ。そのときそのときを等身大で生きられるあなただからこそ、後悔しないの」
メティスは言う。
――「私はあなたと『物差し』が違うから先が見えて……きっと、あなたが何を選んでも後悔する。後悔するために生きている。けどあなたがその分、一瞬一瞬で前を向いてくれるの。先なんか関係ないって生きていてくれるの。私はそこに救われるのよ」
「…………。」
――「……未来のあなたはダメなんかじゃない。たとえ、何があっても」
心の中が揺らいだ気がした。――揺らいだ情緒が、もっと揺らぐ。
でもそれはきっと、起き上がり小法師が戻ろうとする揺れだ。わかっている揺らぎなら怖くない。きっと、揺りかごと同じ。
わたしがそんなことを思っていたときだった。
――「美郷、メール着たみたいよ」
「オッケー……」
投げっぱなしの携帯が震えた。
もう夕方だけど、もしかして今までずっと寝てたのかな? そう思いながらメールを開く。……内容はこうだった。
件名:昨日
送信者:時永
――――――――――――――
確認。昨日送ってくれたのは
豊田さんでしたよね?
――――――――――――――
……YES、と返信を返す。
件名:Re:Re:昨日
送信者:時永
――――――――――――――
僕、その時なに言ってたか
覚えてます?
――――――――――――――
……『また覚えてないの?』
そう、半分からかって返せば……少し間があいた。
――「覚えてるからこその発言じゃない、言ってあげたら?」
「……『マジっぽく告白されたけど、何か?』と」
……送信したが、間隔が長い。
いつも時計の秒針より早いようなスピードで短い文章を打ち込んでくるはずの時永くんが、何か言い悩んでいる。
5分、6分、7分……。ようやく、ぽんと返信が返ってきた。
件名:Re:Re:Re: 昨日
送信者:時永
――――――――――――――
なかったことに。
――――――――――――――
「『なかったことに』……?」
……なるほど、やっぱりジョークだったのだろうか。
きしりと座ったベッドが音をたてる。それともお酒の上での戯言でしかなかったのだろうか。
そう思っていると、メティスの声が聞こえた。
――「まだ終わってないわよ」
へ?
また震える、携帯。
携帯に表示された件名には『追伸』の文字が躍っていた。わたしは恐る恐る開く。
件名:追伸
送信者:時永
――――――――――――――
後日また、きちんと。
――――――――――――――
送られてきたのはたった二言。
「……メティス」
――「さすがに現実よ美郷。最近夢見が悪いようだけど」
……「夢見が悪い」。
ふと、脳裏にあの女の子の姿がよぎる。
思考回路に何かが一瞬ひらめいたような気がして、また離れた。
* * * *
・2012年12月28日(金)
大学は殆ど開店休業のような状態。――いや当たり前だ、冬休みなんだから。
「棒にふってるけどね! 冬休み!」
「ね!」
わたしたちは7時頃から休み無しで、ずっと駒のように働かされていた。
――内容? そりゃあ先輩の一声でバドミントンサークル大集合、部室とコートの掃除だ。いや普段からやってんじゃん。大掃除するまでもなく超綺麗じゃん。
ともかく、ようやく解散という休息にありついたのはもう3時も過ぎようかという話で。余計身の回りには誰も居ないのである。
……バドミントン以外の子たちはほとんどお休み。
谷川さん以外はそそくさと退散。
ということで今日は谷川さんと2人きりの遅い昼ご飯なんだけど、「時永くんにコクられた!」的な話は実のところ、一切していない。
……だって本人が「また後日」なんていうんだもん。
「先輩たちも有り得ないよねぇ……『気合いと掃除が足りんのだー!』とかいきなりMLで言いだすし。足りてるよぉ~」
「確かに。今年で終わりっていうのを気にするのはわからなくもないけどさ。温度差が激しいっていうか……ちょっと後輩も巻き込み過ぎだと思うんだー」
わたしは「家族旅行においていかれた」と嘆いていた後輩の顔を思い浮かべながら小声でこっそりと同意する。
――「やる気の裏返しだからあまり悪くも言えないのよねぇ。空回ってるけど」
メティスの声にそうそう……とため息をついていたその時。
「やあ……そろそろどこかで会えると思っていたのですが……」
他の席も開いている中、おぼんを持ってわざわざ横の席に座ったのは――キャラクターの濃い、あの馬越夫婦の旦那さんの方。慎治さんだった。何だか行く先々で見かけるような気がして、わたしはもう驚かない。
「慎治さん、今度はどこで?」
次の派遣が近場なのは事実だろう。外部からお昼だけ食べに来るような人もいるのがこの大学だ。味はさほど良くないけどこの低価格っぷりは捨て難い。
「ここですかねえ」
「おっ、星大?」
「ええ、警備員さんのところで」
「平山さんのとこだ~」
「おや、ご存知でしたか平山さん」
「いっえーい」と谷川さんと謎のハイタッチする慎治さんに、わたしは苦笑いをしながら言う。
「縁がありすぎですね。いつもながら」
でも、慎治さんが警備員か……体格は確かにいいんだけど、チャラい大学生相手にうまくやれるかなぁ。
――「いや、意外と元いじめられっ子には向いている仕事かもしれないわね。ほら、栄子ちゃんとはそういう意味で仲良くなったって言ってたでしょ?」
ああ、いじめっ子から守ってもらってたんだっけ。
――「暴力を振るわれた経験のある人は、緊急時にも意外と耐性があるものよ。いざという時はどうすれば良いかって、案外身にしみてわかってたりするもの。自分も怪我しないし周りにも怪我させない、かも?」
疑問形かい。
いや……でも確かに。チンピラの扱いにも慣れてるかもね、意外と。
「ところで、あれからどうなりました?」
「何がです?」
慎治さんは凄くニコニコしている。
「彼と、何か進展は?」
「あー! あたしもそれ聞きたいと思ってた!」
「と、特に何もないよ……」
どうしよう、この場では言うつもりはないのに。
――「それだけ関心度が高い話題なのよ」
なんで。というか、そういうあんたも野次馬の1人なんでしょうが。
「ざ、残念ながら……報告できるほどの進展はないんですよねー」
おや、と慎治さんの表情が少し変わった。
「焦ってはいるんですけどー……」
「そうそう、もっともっと焦りな豊田さん! とられてからじゃ遅いんだから」
谷川さんがニヤッと笑う。
うう、ごめん、なんかもう既にゲットも同然でごめん。
「「はあ」」
……ため息をついたら、なぜか慎治さんとハモってしまった。
「そうですか。それは少し、残念ですねぇ……」
あれ? なんで慎治さんがそんなにも肩を落とすんだろう。
「あ、あの、この後は慎治さん、どうするんですか? よかったら一緒に帰るとか……」
「あ……そうですね、せっかくなのでご一緒させてもらいましょうか」
帰り、谷川さんがどうにかしていなくなった隙にでも、本当のこと言おうかな……? そう思っていたら、運の良いことに谷川さんが言いにくそうにいった。
「あー、ごめん豊田さん、あたしは今から教育学部の人と待ち合わせなんだ」
「ん、またデート?」
わたしは内心「しめた!」と思いながら返す。へっへーん、とふざけた調子で席を立つ谷川さん。
「そのとーりなのだ♪ だから帰りは付き合えんのだよ。……恋愛模様がうまくいかない豊田さんには悪いけどね!」
「悪く思わなくていいから、そっちはそっちで楽しんできなよ」
「おー! それじゃ、またねー!」
トテトテと音を立てて去っていく谷川さんを見送るわたしたち。まったく……今年は総勢何人と付き合ったのやら。
谷川さんが食堂から姿を消すのを見届けると、わたしは慎治さんに向き合って声を落とした。
「あの、ごめんなさい」
「はい?」
「実は、進展がないって言うのは嘘でして……」
「そうでしたか」
少し驚いたように慎治さんは言ったが、すぐに。
「……ご友人の前だと言いにくかった、そういうことですね?」
「ええ、まぁ」
「……それは配慮が足らず申し訳ないことを」
「いえいえ」
「それで、何がありました? あ、お茶いります?」
気を取り直したのか、ニコニコと楽しげに聞いてくる慎治さん。この人もメティスみたく本格的に野次馬化したんだろうか……いや、違うな、もしかして……
わたしはなんとなく気づいた。
「実は――――」
……説明しながら席を立つ。
ホットの麦茶と煎茶はとりあえず飲み放題なのがこの学食だ。好きにポットにそそぎつつ、彼はほっと息をついた。
「ああ――なるほど。そうですか」
「……」
「一応、気持ちは伝えることが出来たんですね。それは良かった」
「慎治さん、知ってたんですね。時永くんに告白を急かしたのはあなただったんですか?」
時永くん1人なら、自分が恋愛感情を持っていることに気づいてもまず、自分から告白にこぎつけるなんて真似は到底不可能だったんじゃないかなと思う。
……だって、あの性格だ。
「……だってねえ」
苦笑いしながら慎治さんは湯気の立つお茶をすすった。
「顔を合わせるたびに、少しずつ――表情が明るくなっていくんですよ。話題もだんだん、あなたの話にすり替わっていく。……私は言いました。それは恋なのではないかと」
……人付き合いに疎い時永くんのことだろう。最近になって恋愛感情に気づいて、あたふたしていたのかもしれない。
もし彼が、珍しく『身近な誰か』に相談していたなら――そしてそれが慎治さんだったなら。ところが予想外に慎治さんは首を振る。
「正確には栄子ですよ」
「栄子さんが?」
「……夏頃から彼の相談にのっていたそうです」
意外な話に思わずびっくりする。
夏頃……。あの、海水浴の前後だろうか?
「だから、あなたが誠くんを気にかけていると知った私は――内心、バンザイしたんです。よっしゃ、って」
控えめなガッツポーズにわたしはふきだしかけた。
――「……そういうことだったわけね。あなたは前、谷川ちゃんと一緒にいたとき、時永くんが好きだってバラされた。そのときすごくニヤニヤしてたでしょう」
なるほど、時永くんは栄子さんに相談していて、逆にわたしは慎治さんに気持ちをバラしていた。それでこの夫婦は情報を共有し合い、事の次第を見守っていたと。――え、なに? これ、なんの公開処刑?
「『誰かに気持ちを伝える』というのはですね。まあ――結構な大ごとです。一大イベントといいますか、背水の陣で挑みがちなものというか。今後の人生を左右するかもしれない『何か』ではある」
そういう経験があるからだろう。ずいぶん大仰というか、谷川さんみたいな【恋愛ぱっぱらぱー】には聞かせられない発言だ。でも分かる。
「ですのでその覚悟を決めるためには……まあ、手段も日時も選ばねばなりません。……特に彼のような大人しい男の子は、いきあたりばったりにはなかなか、進められないわけです」
大人しい。……え、おとなしい??
脳裏によぎったのは、朗らかな笑顔で雪玉を全力投げしている自称・ベチャ雪の覇王だった。……いやアレ結構中身、アグレッシブだけど!?
――「あれがいつもじゃないでしょう!?」
「……我々はとりあえず、『締切を決めよう』と提案しました。好意を伝える日程をあらかじめ決めておいて、そこに向かって少しずつことを進めていく」
「はあ……」
「ただ、肝心の日程を確保するのに失敗してしまったという連絡があって以降、会話をしていなかったので、2人で『これは知らないうちに成功したか、失敗したかのどっちかだね』と話していたのですが、そうですか……一応、伝えはしたと」
わたしは苦笑した。
「まあ、最悪でしたけどね」
「ええ、最悪ですね流れが」
――「容赦ないわね、この男子先輩」
本当に嬉しそうに喋る慎治さん。……その内容にふと思う。まさかその『日程』ってクリスマスパーティの日だったんじゃ……?
物凄い勢いの落川くんに逆らえなかったらしい、時永くんの言い渋っていた顔が目に浮かんだ。
――あれに断れないのも、らしいといえばらしい。
そういえば別の意味での重大告白があったのも、確か去年のクリスマスイブ。
彼がずっと抱えていた秘密を打ち明けてくれた日だ。
「……なんか変な感じ。今まではずっと、ただのイベント事だと思ってました、クリスマスイブって」
「イベント事でしょうね、普通は」
「時永くんにとって、それは違うんですかね」
わたしが呟くと、慎治さんは少し首を傾げた。
「……ああ、そういえばバスで初めて顔を合わせたとき、クリスマスイブでしたか」
「でしたね」
あの日は確か、久々に凝ったものを作ろうとして買い出しに……なんて慎治さんは思い出したようで。
「そう、慎治さんは買い物中、確かスーパーのハシゴをしていて……時永くん家に遊びに行った帰りのわたしと会ったんです」
「……その時、何かありましたか?」
「いえ」
でも確かにあった。何かがあったんだ。
あのときに彼は、何か特別な感情をいだいてくれたのかもしれない。
だから、多分――
「……ただ、彼にとってあの日は、『言いにくいことを言う日』になったのかなって」
「……なるほど?」
――いつの間にか、お茶の湯気は消えていた。
どんよりとした曇り空をふっと見上げながら、慎治さんは口を開く。
「……雨雲だ。雪になるかもしれませんね、早めに帰りましょうか」