28.郭公の子 3年目・9月末~11月
・2012年9月25日(火)
また、夢の中だ。
目の前にいるのはあの、空飛ぶ剣のときと同じ――一つ結びの女の子だとなんとなく気付く。
だってなんだか「星」みたいな雰囲気だ。暗い宇宙を飛び越えて、何万光年も先まで光の届く恒星。
この間見たときより随分と背が小さいその子はランドセルを背負い、手に何かを抱え込んでいた。
「――どうかしましたか?」
どこか聞き覚えのある、優しい声。
彼女はそれに気がつき顔をあげる。――泣いている。この間のわたしと同じように、ぼろっぼろの泣き虫だ。泣きじゃくりながらその子は手を差し出す。
「……これは……」
とてもちいさな「生き物」の痕跡だった。恐らく何かの野鳥だ。
雛鳥がぐったりとてのひらに寝そべっている。
「……巣から、おちちゃってたの……」
消え入りそうな声に……相手は一拍おいて、女の子に合わせて膝を曲げたようだった。
「いつ、どこで見つけましたか?」
「さっき、校庭でみつけた……」
女の子の泣き声は大きくなる。
「先生に言っても、もう助からないって、放っておきなさいって……ひどいよ! まだ、ちょびっとだけど動いてたのに!」
「……」
……もう、雛鳥は動いていない。
「馬越さんなら……なんとかしてくれるって思ってた……それまで待ってて、死なないでってお願いしてたのに……!」
少女の言葉に、わたしは先ほどから会話している声の主が慎治さんだとようやく気づいた。そうだ、柔らかな低音……随分と信頼しているようだけど……この子は一体?
「……そう」
慎治さんは少し困ったように息を吐き出し、少女に聞く。
「『お願いした』のに、駄目でしたか」
「うん」
「親鳥は近くにいなかったのですか?」
「ううん」
女の子は首をふる。
「どうして?」
「……親の本能で、子供を守ろうとして近づく人間を襲う事があります。そういう時は容易に近づいちゃいけない」
きょとんとした女の子は一瞬、泣き止んだ。それも妙にびっくりした顔をして。
「……ほんとに、いなかったよ」
「そうですか」
「おうちはあったけど、誰もいなかった」
女の子はまた、ひっく、としゃくりあげた。
「だから、私と同じだとおもって」
「……」
「だって、いるかいないか分かんないもん」
……なんとなく、ざらざらした感覚がした。紙を擦るような、その言葉だけ、頭の隅っこにこびりつくような。
【いるかいないか、分からない】……?
「この間の授業参観もお父さん、こなかった。発表会も、運動会も、保護者会も……」
……その言葉にわたしはふと自分の両親と死別した、あの時期を思い出した。
子供の頃に、見失ったもの。人生の指標。
いつも自分だけを見てくれる人。
「……興味なかったんだよ」
「……そうでしょうか」
それがいないと、周囲と比べて何かが違う気がする。うっとうしいときもある。喧嘩することもある。でもいなかったらきっと、変な気分がする。
「他の子はお母さんがきてた。私の家みたいにお母さんがこれない子はお父さんがきてた。……なのにお父さん、こなかった……」
「……」
「私、この子と同じで、見捨てられてるのかな」
『自分の家だけ他の子と違う』という疎外感があった。
それだけで心の中には、穴がぱかっとあいていた。
『だけどあなたはお父さんがいる分だけマシじゃない!』
……そう言いたかった。
……でも言わせない、何かがそこにはあった。
「……違いますよ」
一瞬間があいて、ようやく慎治さんの否定がしっかりと耳に届く。
少女は不安げな顔をして顔を上げた。
「……あの人が、あなたを愛していないわけがない」
「じゃあなんできてくれないの……?」
「それは……」
「なんで、私としゃべってくれないの……?」
「……。それは」
わたしはよくわからないながらも思った。
この子、まるで時永くんみたいだ……。
「違うわ」
その時、聞き慣れた声がした。
「……まるで小さい頃の美郷ね」
割と近くからしたのは、また聞き覚えのある声。今度はすぐ正体がわかったその声に、わたしはビックリして叫んだ。
「……メティスっ!」
――「おわっ、どうしたの美郷」
気がつけば、わたしは布団を蹴っ飛ばして起き上がっていた。目覚まし時計を見る……7時。どうやら叫びながら起床してしまったらしい。
わたしはとりあえず説教してやろうかと思いながら頭を抱えた。
「今わたしと会話したよね!? メティスあんた、とうとう夢の中まで……」
――「いやいや見てない! 見てないってば! 何? 夢の中に私でも出てきたの?」
メティスは本当に何も知らないようだった。ついでにあの少女のことも聞いてみたけれど、本当に何も知らないという。
じゃあ最近見るこの夢の類は……やっぱりまだ起こっていないことなんだろうか。でも神様はある程度未来もわかるって言うし……
あっ。
そういえばこの間の夢にもメティスが出てきた気がする。……そうだ、あの少女に話しかけていた声がそうだった。
「……」
――「どうかした? 体調悪い?」
頭をぐしゃぐしゃとかき乱す。わたしの周りはやっぱり、メティスも含めて謎だらけだ。
* * * *
・2012年9月29日(土)
「夢に出て来たんですか? 私が?」
たまたまお昼を食べに入った喫茶店で『見覚えのある人』が働いているのを見た瞬間――わたしはもう驚きもせず、さっさとカウンター席に直行した。
カウンターの裏はどうせごちゃごちゃしているんだろう。店員さんと無駄話をするにはもってこいの席に違いない。
わたしはアイスカフェオレを飲みながら頷いた。
「慎治さん、小学生くらいの知らない女の子と親しげに話してましたよ」
「ははは、それは縁がない話ですねぇ」
彼は苦笑しながら言う。
「栄子の方とか大家族なんですけどね……一番若くても君たちくらいで、もう大きい子が多いから」
……相変わらず仲が良さそうだな、この人たち。
「そういえば慎治さんと栄子さんって、どうしてそんなに仲良くなったんですか?」
「おや、聞きたいですか?」
「慎治さん、時永くんと似てるって言ってたのを思い出したんで、参考にしようかなーって」
「参考になりますかねぇ……」
少し照れながら懐かしげに慎治さんは話し出す。
「……元々、彼女とはご近所同士の同級生でしてね。前も言ったように私は不器用で、しかも気が弱かったものだから、よくいじめられたり不良に絡まれたりして。……そんな時に、毎回助けられていたんですよ」
あの人は昔から正義感が強くてね、と懐かしげに話す真治さん。
「私が不良に絡まれたある時には目ざとく発見して……地元一帯を治める不良の元締めを単独でシメに行くほどでした」
「ええ!?」
「かなりの大喧嘩をしたみたいですが怪我も殆どなく、しっかり説教までして帰ってくるんだから大したものです」
ふふふ、と思い出し笑いをする慎治さん。
「変な絡まれ方をしたりお金を脅し取られたり。そのたびにあの人が代わりに仕返しをしに行ってくれる……そんな毎日。なんだかんだと大変な目にも合いましたが、凄く楽しかったですよ?」
いたずらっぽくいう慎治さんは、まるで学生時代に戻ったかのようにキラキラした目で栄子さんのことを語っている。
……わたしは少し、彼が羨ましかった。
「いつも格好つけて堂々と町を歩いているはずの不良達が、次の夕方には泣きながら家に謝りに来ているんです。よっぽど怖かったんでしょうね。……それを繰り返すうちに、いつの間にか仲良くなっていました」
毎回ぶっとばされるオールドタイプの不良学生を想像した。相手もよく懲りないものだ。そんなに小さい頃の慎治さん、絡まれやすいオーラでも放ってたのかな。
「告白したのはどっちなんですか?」
「恥ずかしながら……私の方なんですよ」
驚かれましたけど、今ではこんな感じで……と照れた表情で頭をかく慎治さん。
「彼も、もしかしたら告白する側かもしれませんよ?」
「……えー」
あり得ないあり得ない、と手を振るわたしに慎治さんは言った。
「いやいや? この間言ったでしょう。印象としては悪くないはずです、と。あれだけ仲が良いんですから、自信を持ってみては?」
そんなこといわれてもねぇ……
そう思いつつわたしはアイスカフェオレを飲み干した。
* * * *
・2012年11月22日(木)
いつもどおりの場所……一本楓。
時永くんとわたしで、やはりビリッケツの谷川さんを待っている間の空白。
「…………」
うん、やっぱり、聞くなら今しかないんだろうか。
少し前に聞いた噂話を、喉にセット。
「時永くん」
「ん?」
夏目漱石から目をあげずに言った時永くん。見頃を迎えた真赤な紅葉の下でわたしはそれとなく聞く。
「【同じ学部の後輩から告白された】って本当?」
「……ああ、この間の」
一瞬間が空いて、文庫本から目を上げた時永くんは苦笑する。
「……丁重にお断りさせてもらったけどね。あれ、そんなに話題になってたかな?」
……なってました。
「……時永くん、人気あるしね」
「人気なんてまさか。冗談でしょう?」
「で、何で断ったの?」
「当然、そういうふうには見たことなかったので」
真面目な口調で答え始めたかと思うと、彼は一旦言葉を切る。視線の先にはいつかのように、ひらひらと落ちてくる赤い葉……
「……あと、僕は__だから」
「何?」
――ぱん! 葉を叩いて、捕まえた音。
それにかき消されて聞こえなかった単語を聞き返せば、時永くんは苦笑いした。
「聞こえなかったらそれはそれで。……とにかく普通の子は、たぶんつり合わない」
――「ああー」
……メティス、もしかして分かった?
――「口を見ていれば大体は。思いっきり後ろ向きなジョークね……」
ジョーク?
――「……ヒントは『客足の入らないお店』。生態もそうだし、中身が空っぽとかすっからかんにもかけてるんじゃないかしら、彼」
……ヒント、もう一声。
――「飛ぶ生き物よ」
飛ぶ生き物で客足? ……あ、分かった、閑古鳥だ。閑古鳥のジョーク?
ふとわたしは頭に閑古鳥を浮かべようとした。……閑古鳥ってそういえば、何の鳥?
「だから僕としてはその、嬉しいは嬉しいけど……困るというか」
「贅沢だねぇ……何か困るようなことでもあったり?」
――駄目だ、ギブアップ。
「鳥」っていうところで、なぜだかあの夢と慎治さんの声が頭に浮かんだけれど。
――『親鳥は近くにいなかったのですか?』
「あの夢」。それから「随分前の夢」。空を飛ぶ、光る剣――翼を羽ばたかせたあの、目の合った無機物がふっと頭に浮かんだけれど。
でもたぶん、ぜんぜん関係なさそうだもんね。
時永くんは困ったように小さく笑った。
「……困るよ。僕なりにね。色々あるんだ」
そう言った時永くんは心なしか、ちょっと寂しそうに見えた。……なんか、やだなあ。わたしは息を吐いた。気分がモニョモニョする。
――「まあよかったじゃない、真偽が確認できて――発信元は谷川ちゃんだっけ?」
そう。律儀に連絡をくれたゴシップガールは谷川さんだ。
――「『もうここまで来たら早くひっつけよぉぉ!』、『なんなんだようわぁぁん!!』みたいな……そういう、無言の圧力だったりして」
いや、意味が分からないんだけど……なんで泣くのよ、メティスの中の谷川さんは……。
「やっほー! 早いね2人ともー!」
「……谷川さんがいちいち遅いんですよ、大体、毎回少しずつ遅くなってませんか来るのが」
ようやく谷川さん到着。
そういえば遅れてくるのみならず、つれないことも最近多い。
「ごめんよ! 最近秀ちゃんが色々うるさくってさぁー」
「佐田くん? なんかあったの?」
「舞台のお誘いだってー」
「ああ」
ピンときたように時永くんが聞く。
「谷川さん、確か高校時代演劇部だったんですよね? ということは観客としての誘いではなく……」
「当ったりー」
へろへろとした様子で谷川さんは手でバツを作る。
「……演者が欲しいんだってさー。もちろん断ったけど」
「えぇ~! なんで!? 楽しそうじゃん!」
むしろちょっと見てみたい。
谷川さん、確かにふとした時の冗談とか、小芝居系は巧い気がするし!
そう思っていると彼女は「はあ」と息をついた。
「こっちにも事情があってね……なんせ色々あんの」
ムッとする。
それ、似たような文句を時永くんから聞いた……!
「で、豊田さんこれからどこ行きます?」
「どーすんのラーメン星人?」
「はいはいはい、いつもどおりラーメンですよ。何2人して色々とかはぐらかして。このお揃いカップル、色々星人っ! もういいやっ!」
――「あ、美郷ってば珍しくストレートに嫉妬した」
フッ……。
わたしはひくひくと口の橋を痙攣させた。
女神は黙っとれ――――!
「えー、何怒ってんのこの子?」
「さあ?」
「……時永くん、何、そのニヤニヤした目は」
何で時永くんの目が楽しそうというか、妙に生あったかいんだろうか。
……あれか、バカにしてるのか。上等じゃい。
それはともかく門からほぼ徒歩30秒であるいつものラーメンアオギリの扉を、ヤケクソ気味にカランと開けたその時だった。
「いらっしゃ……ああ、なんだ谷川一行か」
ラーメン店主は死んだ目で呟く。
「丁重に扱って損した」
うん、普段どういう扱いを受けてるのかな?
……朝刊片手にえらい言われようですけど、谷川さん?
「おやっさん何その、『またこいつらか』的な言い方は……」
「いや、お前に用があると言って転がり込んできた客がいてな」
いつもながらお客さんがいないときといるときの差が激しいこのお店。
きっと今までよっぽど暇だったんだろう、新聞をめくりながら店主は言う。
「……『運が良ければ来る』、と言っておいた」
「は? そいつどこ?」
「ついさっき鞄だけ置いてトイレに駆け込んだぞ。腹でも下したんじゃないのか?」
と、ちょうど良いタイミングでトイレマークの扉がガタン! と開いた。
「おー……バミューダ産タコはさすがに手強いぜ……何この水くわえた粘土みたいな感触……あれか、なんか液体出てたのが敗因か。敗因だな……」
登場したのは佐田くんだ。どうもあまり健康状態が良くないらしい。
「……佐田くーん、わたし、この間拾い食いしちゃ駄目って言わなかったっけ」
「は!? ……い、言われてねぇっす! 豊田さんオレを何だと思ってんすか!」
時永くんが真顔で水を飲みながら言った。
「多分、その辺の柴」
「柴!?」
どうやら本当に調子が悪そうだ。いつもならあっちから絡んでくるのに、トイレから出て暫くわたしたちに気づいてなかったらしい。
というか、七生くんたちが間に入ってない時永くんと佐田くん単体のやり取りって、思えば意外と珍しくないだろうか。
「……何、近所でつながれてる柴犬みたいな扱いってことっすか?」
「柵と植込みの間から顔をウニュって出してる子、たまにいるでしょう? そして吠えない。フレンドリーすぎて、初対面の人から何を出されようが食べそう……」
「頭悪すぎてチョー危険じゃないすかヤダ……!」
時永くん、初対面はあれだけ佐田くんにビクついてたのになぁ……骨折の時はお世話になったみたいだし、慣れちゃったのかな。
あ、でも時永くん自身の性格の変化もありそう。結構、積極的に喋るようになったよね。
「でー、何の用よ秀ちゃん?」
ジト目で谷川さんが口を開く。
「もう舞台に関しては断ったはずだけど?」
「おーぅゆっきー先輩、そいつはオレの方も解決してるから問題ナシなんすけど、今回は落川に言われて張ってたんすよ……」
「じゃあ用があるのは落川くん?」
わたしが聞くと、佐田くんは頷いた。
「なんでも、お三方に大事な話があるとかで」
「ええー、そんな改まって大事な話って何さー……」
「わざわざ佐田くんが探し回らなくても、時永くんに連絡とれば良いだけの話なのに」
時永くんは言う。
「落川くんはそもそも携帯を持ってないし、相方の七生くんはつい最近壊れて買い換えたらしいしでスムーズな連絡手段が思いつかなかったんでしょう。その上、僕もあっちも最近、レポートの方がごたついてたし」
なるほど、タイミングが最悪だったのか。
そう思っていたら、すらすらと佐田くんが電話をかけ始めた。
「もしもし七生くん? 今どこよ?」
「……佐田くんは七生くんの新携帯の番号知ってるみたいだね」
「3人とも同い年のせいか、妙に仲がいいからなぁ」
気にも留めない感じで時永くんはまた文庫本を取り出した。うん、待つ気らしい。
谷川さんがちゃかす。
「それあたしらもじゃん」
「重要なときだけトリオ同士が連結してるよね、わたしたち。海水浴とか」
と、言いつつ。
適当に待つこと……約10分後。
「ヤッタ――――ァァ!! リコッタチーズ並に伸びる体感時間の中でお待たせしたぜええええ!」
――勢いよく扉が開けられ、落川くんの第一声が決まった。
「……ええ。日本語訳ですが、お待たせしましたと言っています」
「いや日本語喋ってたよ落川くん」
七生くんの真顔のボケも通常運転だ。
時永くんが文庫本から顔を上げて困惑する。
「あの、落川くん、リコッタチーズよりまだカマンベールチーズの方がよく伸び……」
「しゃーらっぷ駄眼鏡先輩!!!」
――「いつもながら無礼なのにそれがさも当然のように見える子ね」
メティスが冷静に頭の中で突っ込んだ。
駄眼鏡先輩って……。
「とろけるチーズもチェダーチーズも関係ねーんだよ時永先輩! 世はまさにピザトースト時代だよ!!」
「……あのぅ、オレの友達が何言ってっか全然分かんねえんだけど、ゆっきー先輩……」
「仕方ないよね秀ちゃん」
谷川さんは佐田くんに向かってバッサリと言った。
「……秀ちゃんの方が分かんないよ、あたし」
「マジかよ」
……うん、やっぱ似た方向性な気がするこの子たち。
違いがあるとすれば「あえておバカ路線」なのか、それとも「マジで最初からおバカ」なのかの違いだけなのだ。
「で、どうしたの2人とも?」
「へっへっへー! あ、餃子2人前お願いしまっす!」
「はいよ」
「この一気に狂った環境下でナチュラルに返事するおやっさんが怖い……」
谷川さんが戦慄してる中、餃子注文した落川くんは勢いに乗ったような口ぶりで言った。
「駄眼鏡先輩、最初に聞くぞ! さすがに今年は何も用事ないよなっ、裏切らないよな!?」
「え? う、裏切るって何を……」
……時永くん待って、普通に駄眼鏡で反応してるけど、そこはキッパリ否定して怒るのがスジじゃなかろうか!?
「あああん、すっとぼけるな先輩ズぅ!? 来月に巻き起こるリア充大学生の祭典はなんだ!! そうキリストの生み出した地獄の生誕祭!!!!」
「……つまりですが、先輩方……去年の同様、モテない野郎のクリスマス中止案件です。ところでおじさん、クレームブリュレありますか?」
「ないな、ラーメン屋だから」
七生くんの問いかけに店主はあっさり答えた。
「……そうですか、ラーメン屋なんですね」
「……どこだと思ってた?」
駄目だ、七生くんは七生くんで何も噛み合わない。
谷川さんが氷を噛みながら言った。
「いやそもそも、大学生の祭りじゃないしぃ……」
「そうそう、なんなら小学生の方が喜ぶ案件だしー」
わたしが同意したら、遠い目の時永くんが続いた。
「……認知の歪みってやつだね……」
ほーら見ろ、わたしたち3年生のがノリがまともだ!
「なああああん!! てめーさまの私生活が二等辺三角形で歪みねえのは去年から知ってんだよコチトラよぉ!!」
「日本語に訳せませんがヤツの目が死んでます」
「ほう、意味が分からないけど落川くんに同意しとくわ」
「……何で?」
時永くんは困惑気味で谷川さんに返した。
「ともかくどうなんだよ! リアルで認知が歪んでない充実眼鏡先輩!? 眼鏡生活!? クリスマスイブのご予定はいかがですか!!!」
いや、もはや野菜ジュースみたいなノリで言うな。
なんなのそのテンションは!?
「ええっと……認知が歪んでるのは認めるのかい落川くん……いや、うん……」
そこでチラッチラわたしを見るのは何なんだ、時永くんも……。
――「鈍いわね、美郷」
メティスが哀れむような声で言ってきた。
――「どう見てもあれ、『コイツカラ タスケテ』の9文字が顔に書いてあったような気がするのだけど」
……『ドウスル』の4文字じゃなくて?
普段から迷うとわたしを追いかけ気味のカルガモ男子は、反応のないわたしをしばらく眺めた。
――好きにしたら?
口を開かずにアイコンタクトだけで言えば、割と通じたらしい。
彼はため息をつき、眉を寄せた後――口を開く。
「と、特にない、かな……?」
「おしっ!」
あああっ、聞け落川くん、それは疑問系だ!
納得するな!
「谷姐はどうよ!?」
「あたし? ウフフ、ないっていうかぁ……まだこれからのあたしの活躍に期待してほしいっていぅk……」
「佐田は当然ないよな!?」
「いや、おっちー無視しないでくれる?」
それは無視して正解だったね落川くん!!?
「はああ? クリスマスの予定だーあ?」
佐田くんは虚無の目をして言った。
「……当たり前っしょ、オレの目を見ろ!」
「おう! きれいな目をしてるな!!」
「闇を見つめすぎて真っ黒になった」
「合格!!」
佐田くんも待て。黒いのは最初からだ。
「ダッさんは!?」
「ダッさんってわたし!?」
「気にしないで下さい豊田先輩、こいつノリで言ってるだけだから……」
七生くんがプリンシェイクをふりながらいった。
えっ、表の自販機にそんなものが? ああ、クレームブリュレ代わりに店主さんが買ってきたのか。なんなのこの子。
……ともかく、予定を聞かれたわたしが「NO」のつもりで首を横に振ると、落川くんは言った。
「んじゃあこのメンバーでクリスマスパーティ開催っ! 異論は一切認めないっ! 認めたら寂しいっ!」
「……わたしの首の方向見てくれたかな、落川くん?」
見てなさそうだった。
「なんかすみません……あいつ、班の女子に対抗意識を燃やしてて……」
プリンシェイクをじゅるじゅるしてる七生くんの話をまとめると、こうである。
最近、班分けで女子の多い班に配属された落川くんたち……しかし、もう11月も終わりの雰囲気に差し掛かっているため、女子たちの話題はクリスマスに近い。
去年もそうだったが、いちいちさみしがりの落川くんは一緒に楽しく過ごすお友達がいない。完全にクリスマス中止派――というか毛嫌い派。
そうと知らない『キャッピキャピの女子大生』たちは、休み時間になるたび作業を中断。クリスマスパーティの予定を楽しくたてていたのだという。
「……いや、混ぜてもらえばいいじゃん。中止派から外れるチャンスだし」
谷川さんが言えば、七生くんは「残念なものを見る目」どころか「私たち人類が残念なものです」という風に首を振った。
「それを思いっ切り、嫌悪感丸出しで断られた結果がこれです」
「いやあ、落川くんどこ遊びに行っても女子ウケ悪いんすよー、ノリと顔と全てがうるせーから……」
佐田くんの答えには、落川くん以上にわたしが絶望した。
そうなのか可哀想に。佐田くんじゃないけど目が真っ黒になりそう。
――「……それで、闇を見つめてぷちんっとキレちゃったわけね?」
「あああああああ」
ヤケクソ気味に騒ぐ落川くんに恐る恐る……と言う感じで時永くんが聞く。
「まあ、その。やるのはいいんだけども、場所が必要だろ? それってどこで……」
「んじゃここでえええええ!」
「ああ」
怒りを通り越して最早泣きわめき、咽び始めた落川くんにさすがにドン引きしたのか……事態を見守っていた店主が言う。
「……その、なんだ……どうせ誰も来ないから好きに使え」
――「店主、謎の即OK!?」
わたしは慌てて聞く。
「い、いいんですか? あんな頭がアルコール消毒な輩に許可しちゃって!」
「いや豊田さん、『頭アルコール消毒』も随分たとえがアルコールな気がするんだけども」
まさかの時永くんが突っ込んできたので、わたしは「何!?」と言い返した。
「だって! どう見ても酔っ払いテンションだから頭アル中にしようかと一瞬思ったんだけど、さすがに可哀想かなって!」
「その微妙な手心が一番可哀想だって気付きなよ豊田さん……あいつら素の状態でアレなんだよ……」
谷川さんにまで駄目だしされた……。ショック……。店主はため息をつきながら言う。
「貸切でも構わんよ、どうせ谷川もいるんだろう?」
「あっ、まさかおやっさん」
「そうとも。そういうイベントごとだとプレゼントをせびりに、孫連中が来る……すると、接客業とかやってる場合じゃない。その辺ガキどもにチョロチョロされると包丁も鍋もぶん投げてだな――その、黙って」
「黙って?」
頑固おやじ風の風体をしたラーメン屋店主は、小さい声で言った。
「……ニコッと笑って……ハグ、したくなるんだ……」
「おやっさあああん!?」
――「わあよかった! 通常運転でいつもの孫バカだったわ!!」
顔を赤らめて呟く頑固おやじの光景は、それなりに破壊力が抜群だった。
そ、そうだよね。
若い女子と子供には勝てないよね、この人……!
「というわけで、店は任せて引っ込む。くれぐれも騒ぎ過ぎないようにな」
「――今、騒ぎすぎてるんですが」
時永くん、それを気付かせたら全てがおしまいだよ。
「あと未成年には酒を出さんように……」
「あの、あたしに……これだけの人数を監督しとけというんですか、おやっさん……?」
げんなりした様子で答える谷川さん。ちなみに言うけど今年未成年はこの中にいない……と思う。
――「よかったわね美郷。これで自信持って今年も『クリスマスは予定あります!』ってきちんと言えるわよ」
「それは喜んでいいんだろうか」
思わず口に出してしまいつつ、わたしは苦笑した。
まあ、去年のクリスマス以降――なんだかんだで時永くんと仲良くなれた気はする。
抱えてたものをぶちまけあったり。
お互い話してみたら、案外それが何でもないものに見えてきたり。
……今年は、どうなんだろう?
「行く感じになっちゃったね」
「豊田さん」
ニヤッとして時永くんは言った。
「――どうせ首を振った後、『冗談』って言うつもりだったでしょう?」
「あれ、バレてた?」
――「きっとそうね、いつもと逆だけど」
メティスはくすくす笑った。
――「こういう話は美郷が主体で、時永くんがついてくるのが常だもの。離れてると逆に落ち着かないんじゃない?」
そういうことだったりする。
……うん、たまには、ついていかせてほしい。




