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21.巻き込み型の準備期間 3年目・5月上旬


・2012年5月8日(火)


 そろそろ時永くんの誕生日だ。

 そう気づいたのは、寝る前にふと日記を読み返していたときの話。



  ――「1991年、5月12日」


  ――「……身元不明の捨て子は基本、発見された日にちが出生日として戸籍に記載されることになっているんです」



 ……ボソボソっとしたあの呟きが、文字を見た瞬間に再生された気がした。



 ――「でもそれって本物が分からないから、仮の誕生日なんでしょ?」


「まあ、仮は仮だけども……」



 メティスの問いかけに頷き、日記帳と向き合いながら口にする。……今更ながら物語調にして、何が一番まずかったかって、わたしのメンタルだ。

 「お話」になると箇条書きよりも、それから「ただの感想」よりも。悲しい部分はずっと悲しい部分がフレッシュに残るし、嬉しい部分は今更、めちゃくちゃに嬉しくなる。


 普通に日記を書くよりも、その時のことがありありと思い出せるような気がしてならない。



「……仮は仮だけど、ちゃんと『()()()』だとわたしは思うなぁ……」



 ――だってその日は時永くんが、はじめて「他の人」に出会った日。

 この国、この世界にちゃんと『存在を認識された日』だ。


 「こんな子がいたんだ」と、存在が知られた日。

 ――時永くんがもしそこで、誰かに見つかっていなかったら。


 はたしてわたしは、この時期にこの場所で、彼と出会えただろうか?



「……どこで生まれたかすら、分からないような男の子だもん。もしかしたら外国かもしれないし、そもそも発見されるまでに死んじゃってたかもしれない」



 ……だいたい、わたしだって……

 向こうから既に、()()も祝われてるんだ。



  ――「……この間谷川さんから聞いたんです、7日が誕生日だって」


 ……ゲームソフトを差し出された1年生の時も。


  ――「どんな【生き物】だと思いますか、僕は」


 大喧嘩した挙句、怯えられて、それでも足を一歩踏み出されて。

 ちゃんとした仲直りと一緒に焼き菓子をもらった、あの2年目も。



  ――「……なるほどね」


 メティスは納得したみたいに言った。

 わたしの頭の中と、人の未来が見える神様だ。

 わたしの考えていることぐらいは軽く理解できるんだろう。



 ……彼はどれだけの気持ちを込めただろう。それから、どれだけの疎外感を感じただろう。わたしの誕生日を律義に覚えていてくれたとき……祝ってくれたとき、仲直りをしたとき。


 仮だとしても、今まで「自分の誕生日」を言わなかったのはたぶん、そのせいだった――()()()。『()()()()()()』という自覚。自分のそれは、『祝ってもらうものではない』と思っている。


 そう、今ならなんとなく分かるつもりだ。

 彼は記念日に聡い。

 そこに何か、「壁」のようなものを感じていたのも。

 逆に誰かの誕生祝いは欠かさなかったのも。


 ……きっと、()()するためだった。


 「自分より恵まれた誰か」への『()()』を、隠すためだった。


 生まれたことが、迷うまでもなく「めでたい」ことだった誰か。

 必ず、何者かに喜ばれるような――()()

 それにきっと、おそるおそる触れてみたかっただけだ。


 時永くんは『自分の親』の顔を知らない。ただ、憧れたことがあるだけだ。

 それでもどこかで疑問は持っていたんだろう。――なぜ捨てられたか。不要だったからではないのか。望まれなかったからではないのか。


 思えばあれは初めて会った日……ペンを返されたとき。



  ――「友達からもらったものでしょう、それ」



 初対面の時永くんは、わたしが「そのペン」をぞんざいに扱ったことを叱った。

 昔の友達とのさよならの証。

 その残されたメッセージを見ながら、彼は強い口調で言った。



  ――「()()は、ちゃんと大切にしてください。僕には重すぎます」



 人とのつながりは大事なものだと。『豊田美郷』は誰かにちゃんと存在を求められていたのだと。

 ――別れを、惜しまれていたのだと。

 わたしにはその時、時永くんの背景はわからなかった。

 でもきっと、その重さは伝わったんだと思う。


 だって以降――

 少しずつだけど、わたしは『人に対する接し方』が変わっていった。


 だってここまで「誰か」が気になることがあっただろうか?

 いつか来るかもしれない別れが憂鬱なことが。

 片思いとはいえ、ちゃんと誰かに「恋」をしたことが。


 そしてそれは時永くんも同じ。

 わたしたちは多分お互いに影響しあって、お互い、ちょっとずつ色々なところが変わっていった。


 親しみやすくなった。距離を縮めてくれるようになった。

 突き放すようだったそぶりが、いつの間にかなくなっていた。

 それが今の時永くんだ。


 雪合戦の日の、はしゃいだ姿を思い出す。

 それ以降によく見かけるようになった、七生くん、落川くん、他のゼミ生との話し声。笑い声。


 上辺だけでも周りに馴染むように必死だったそれが。埋もれるように、逃げるようにいたその違和感が――少しずつだけど、少なくなっていった。


 自然体で、わたしたちといるようになった。


 それにあの『秘密』を共有したクリスマス。

 バスの中で、わたしが「親戚中をたらい回しにあってた」なんて言ったときの彼のキラキラした表情。


 ――彼には、「たらい回し」になるだけの基盤すらなかった。


 根無し草のようにハッキリしない自分のルーツが、時永くんにとってコンプレックスの一つだったのだとしたら……あの時わたしの「それ」は、ハッキリしているだけ、羨ましいと思ったんだろう。


 人との『つながり』が羨ましかった。

 どこにも繋がらない自分が、きっと最初から、仲間外れのように思えた。


 ……でもね、時永くん。


 ――わたしだって()()にいる。


 血の繋がりには程遠いかもしれない。

 それでも、君と出会えたことを。君の、生まれ()()()()誕生日を――喜べる、わたしたちがいる。


 君が『ひとりぼっち』にならないために、ちゃんと繋がっている。



「ねえ、メティス。わたしたちが時永くんの誕生日を祝ったら……彼、驚くかな。怒るかな。それとも泣くかな?」


 ――「どれでもないわね」



 ……それくらい言ったってプラスにはならないかもしれないけど、マイナスにもならない。そんな気がしたんだ。



  ――「……だって美郷は、彼の『笑顔』が見たいんでしょう?」




    *   *   *   *




・2012年5月10日(水)


 ……で、行動を起こしたのが、昨日の話。


「谷川さん、谷川さんちょっと」

「んー?」


 いつもながら男子に囲まれている谷川さんをクッキーひとつでつりあげて(アホだ)、話がある、と学食テラスに呼び出した。


「へー、時永くんの誕生日って5月12日なんだー……んで、何しようっての?」


 よっぽど小腹が減ってたんだろう。クッキーをブルドーザーみたいに食べながらいう谷川さんに若干引きつつ、首を振る。


「……作戦もクソもないから相談してるんでしょ」


 ふむ。そう呟いた谷川さんは咥えていたクッキーの袋をゴミ箱に投げ捨てた。


「そ――――いうことでしたかぁー……」


 確かに人材集めには事欠かないだろうし、こういうことには慣れてそうだから相談したんだけど……なんかうっとーしい。なんだこの小芝居。


「このイベントメーカーにわざわざ頼みに来るとは、お目が高い――そんなことならまっかせなさいっ! こういうのはどう?」


 ……ほう。


 と、さすがは谷川さんで、あれからすぐに面白い導入を考えてくれた。

 そう上手く行くだろうか、というのはさておいて。

 こういうのは当日どうとでもなるだろう、深く考えてはいけない。

 きっとノリが大事なのだ。



  ・   ・   ・



 そんなわたしが発案・谷川さん企画、あとの『後輩ズ』が実行犯!

 ――みたいなグダグダっぽい香りがする『お誕生日イベント』は、突然の思い付きだった割には暇人だらけだった皆のおかげでスムーズに、ちゃくちゃくと今でも準備が進められているわけで。


 ――周囲への許可取りとか、危険な小道具の調達とか。

 あと、警備員を丸め込むとか。


 えっ、何をやる気かって? ――うん、大掛かりな割に結構、しょうもないことだよ?


 ただ『言い出しっぺ』が、いつまでも谷川さんに任せっぱなしでいるわけにはいかないと思うので……わたしも最低限のことは、とりあえずやろうと思う。


 ……プレゼントさがしとか。


 そう思ったわたしは、本日10日――人材(?)を確保に向かった谷川さんをほったらかしつつ、大型のホームセンターに来ていた。作業服なり日曜大工以外にもなんでもござれな、もはやショッピングセンターだ。


 どうせチャチな【サプライズイベント】なんだ。

 プレゼントくらいは豪華に、もしくは華やかにいってもいいんじゃないだろうか?


 そう思いつつ、あてもなくうろうろと彷徨っていたら――妙なタイミングで声がかかった。



「君! ……やっぱりだ、前に誠くんといた女の子じゃない?」

「こんにちは」


  ――「あれ、馬越夫妻?」


 メティスが意外そうに口をはさむ。

 前方を見ると、活動的な服装の栄子さんと、相変わらず優しそうな旦那さんが手を振っていた。……ってこの人たち、奥蜂町在住だよね? 何でこんな遠いところにいるんだろう。

 会釈したら、向こうも向こうで不思議そうだ。


「奇遇ですねぇ、こんなところで会うなんて」


 そう旦那さん――慎治さんだっけ――が言うと、栄子さんがため息をついて言った。


「大学が近いからでしょ?」

「あ、この付近なんだ」


 栄子さんの適切な突っ込みに、するっと丁寧な口調が抜ける慎治さん。

 なんかこの感じ、ちょっと時永くんみたい。


「こんにちは。栄子さんたちは何でここに?」

「こっちは映画! 見たいのがあったんだけど、近くに映画館がないからさ。どうしてもこういうところまで来ちゃうんだよねーえ」


 ……ああ。

 ようやく思い至る。

 駅前もあんな感じだったし……確かに映画館どころじゃなさそうだ。


「で、この人は仕事の面接」


 てのひらで指された慎治さんはにこりと笑う。

 あっ、忘れてたけどそういえば日記にあった気がする。失業中だったんだっけ?


「これが成功すれば、当分は無職から一歩前進できるってワケ。それで各々用事が終わって合流して、今はその帰り道の買い物中~ってところかな!」

「ふふっ、できることは全てやりましたよ……! あとは合否の知らせを待つだけです!」


 慎治さんは明るい調子でグッ、とコブシを握った。

 ……手ごたえあり! って感じだろうか。


「とかいいつつ、今まで何回落とされてるんだか~?」

「ええー、仕方がないでしょう。歳も歳だし、経歴とか見たら扱いづらそうに見えるのだろうし」

「地方とはいえ、見る人が見たらわかるレベルのお坊ちゃん校出身だからねえ……」


 栄子さんはため息をついた。


「半端にエリートなカンジだったし、いいところまで昇進もしたし……うーん、半端に優等生すぎて確かに、気難しそうに思われてもしゃーないか……二次面接まで行くだけ偉い偉い。で、美郷ちゃんだっけ、あなたは何してるの?」

「あ、はい。時永くんの誕生日が近いので」


 あっ、成程! と栄子さんはうなずく。


「プレゼント選びか!」

「何か彼が好きそうなものってありますか?」


 さっきから散々考えて決まらないところがそこだ。

 もちろん、本とかゲームが好きなのは前から知ってるんだけど……


「……本とか」

「かぶったら即古本屋だよ、栄子」


 2人も似たようなことにぶち当たったらしい。でも他に好きそうなものなんて、考えてみたらいつも喋っているはずなのに、分からない。

 慎治さんはくすっと笑って口を開く。


「でしたら、せっかくのホームセンターです。……本当に迷ったなら、すぐに消えるものにしたらどうでしょう」

「というと?」

「ほら、後ろ」


 指をさされるままにわたしは振り向いた。

 ……あ、なるほど。


「無難に、花束とか」


 カラフルなグラデーションがそこにはあった。

 生花・鉢植えコーナー。

 確かに時永くん、入院してた時に知ったけど――意外とこういうの、好きだ。


 慎治さんは言った。


「ああいうのだったら選択を間違えても、結局はすぐに枯れちゃいますし。自分なら本当に迷った時はそうするようにしてますが……」

「ねえ、慎ちゃん」


 栄子さんが超絶スマイルで口にした。


()()()()()、ここ数年くらい花もらってるんだけど」

「…………。」

「もしかしてだよね」


 栄子さんがニコニコしながら口にした。


「……考えるの、めんどくさくなってんだよね、アンタ」

「……あ、あは」


 慎治さんのこめかみから、冷や汗が噴き出すのが分かった。

 わーお……。


  ――「墓穴を掘ったわね、旦那さん」


「ふーん、そーですネー……仕方ないネー、長い付き合いだもんネー」

「え? あっ、あー……いやいやいや。何もそんなつもりでは……ねえ、そっぽむかないで。こっちむいて」

「ってわけでこの愚夫(ぐふ)ヤローは参考になったかな、美郷ちゃん! いいの決まったら教えてね、被らないよーにするから!」


 半泣き状態で引きずられていく慎治さんが若干かわいそうに見えたけど、あの栄子さんの顔を見る限り本気で怒っているわけじゃないんだろうな……なんて思いつつ、わたしは手を振って花屋に向かい始めた。


 ……うん。


「あ……あの、無視しないで栄子……」

「わー、ワンコがいるゥー、可愛いィー」

「あの、栄子ちゃん、話聞いてくれるかな……ごめんって……」


 ……手を、抜くわけではないけれど。

 どうせなら慎治さんの案をパクッてしまおう。


 いつだったか、ペチュニアの花言葉にすら詳しかった彼のことを思い出しつつ、コーナーの端っこ、白い蕾の株を眺めた。


 ……あの時のペチュニアとは違う、葉っぱの形。



「……メティス。たぶんわたし、この子がいいかも。ほら、『5月12日の花』って書いてある」


  ――「ああ、誕生花ってやつね。いいじゃない真っ白で」



 花には全く詳しくない。

 ただ、少しだけ、前向きなイメージがわいた。

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