20.雪と夜明けの無機物 2年目・1月~3年目・4月上旬
・2012年1月27日(金)
その日――電車を降り、駅へと降り立ったわたしは呟いた。
「うっわぁ……」
……わたしの在籍地、星移大学の最寄り駅には、まだ降ったばかりの新雪が降り積もっている。
これを首都圏23区の知り合いに写メして投げかけてみよう。絶対悲鳴と歓声と羨望が舞うくらいには真っ白だ。
メティスが言う。
――「ふもとにある駅までこれだと、高台にある大学付近はもっと積もってるわね。ブーツ、大丈夫?」
……ああ。
そういえば、時永くんちの近くでは既に初雪が観測されていた。
わたしはそれを今になってようやく思い出したんだけど、この付近ではギリギリまだだったんだ。
「平気。長靴にしてきたし」
そう呟いていれば、頭にぼこっと冷たい塊がぶつけられた。
――うん、見なくてもわかってる。
こういうことをやるのは、大抵の場合……谷川さんだ。
「いっひっひー! 豊田さーん、雪合戦やろー♪」
「いや、そう言いながらもう投げてる! 投げてるから!」
言葉こそ誘っているが、もう既にぼこぼこと豪速球を投げてきている。
「痛っ、つめたっ、ほんぎゃああっ!!」
「あははっははははは!! 今日のあたしは無敵・素敵・大爆撃っ!」
……ダメだ、テンション高い。
わたしは半分諦めた。ああ、もう、わかったわかった!
ぜ~~ったいに参加しなーい!!
――「確かに、あたっ!? 気がのらないなら断っちゃった方がよさそうね、これ!」
雪玉攻撃を受けているのはわたしのはずが、メティスまで受けた気分になっているらしい。
ち、ちがうぞ!? 痛いのはわたしだー!
――「あと突っ込んじゃいけないような気もするんだけど、谷川ちゃんの周り! 心なしか、男の子がいっぱい倒れてるような……!?」
ええええ、たかが雪遊びだよ!? 人が倒れるってどういう状況!?
……そう思いつつ、どうにか鞄でガードをしながら足元を見れば……ああ、確かに……雪に突っ込んで数名が気絶してる……
――「出会う友人知人に片っ端から勝負を挑んでいるんじゃないかしら、これ……」
何その狂ったバトルマニアの図!?
ああもう、つまりこの気絶してるの、ほとんど哀れな元彼たちというわけか……!
「……へえ、雪合戦ですか」
「あっ、おっはよー時永くん! どう? 雪合戦やる? やる? やらないの? やるよね? やるでしょ? オイ、やるっていえよ!」
自己主張がうっさいよ谷川さん!?
そう思いながら振り向けば、前回の日記から暫く――超すっきりした笑顔の時永くんが、雪玉をバシバシと手で受けていた。
――クリスマスのそれ。
『猛獣の秘密』をわたしにぶちまけて以降、心なしか柔らかくなったその表情。
しかし、柔らかくなろうが関係ない。
そう、怖いほどのスマイルだ。
どんな魔球・怪球・大暴投だろうが――余すことなく、キャッチしている。顔面目掛けて投げられても、逆にあさっての方向に投げられても。
……って恐ろしいよこの空気!
もはや何者なの時永くん!? なんであんな速い球とれるの!?
「……フフッ、谷川さん、雪を前にした僕の怖さ、知らないでしょ?」
「大きく出たねえ……」
ニコッとした時永くん VS 瞳孔の開いた谷川さん……っていやいや! 何で両方悪役みたいな顔しだしたの、おかしくない!?
あとわたしを挟んで雪玉投げ合い出したの、やめてくれない!?
わたし不参加確定なんですけど! もう決めちゃったんですけどおぉっ!
――「ええー、なにこのツワモノ同士みたいな雰囲気……もはや地球人っぽさゼロでは?」
メティスのいう地球人っぽさって何!?
そう心の中でドン引きしながら呟いた瞬間――近くの雪の塊が爆発した。
「おお――――! おっれも混ぜろぉおおおおおお!!!!!」
落川くん、君いまどこに潜んでたの!?
「うにょん! ボクこそ、地元で雪上のスナイパーと言われた唯一の男です!」
――「というかその異名、期間限定では!?」
いつの間にかその雪まみれの落川くん横で、絶妙にきもちわるいポーズをつける、ド天然の七生くん。
メティスのいう通り、期間限定な上に地元限定だ!
「ほっほーう、かかってきなベイビー? ……その異名がどこまで通用するか、試してあげよーじゃーないの!」
なぜか妖艶な雰囲気をまといながら悪役ムーブをしてくる谷川さんの横で、雪原に仁王立ちしてそうなインテリ魔王が、眼鏡をくいッと上げた。
「フッ、大体……平野部の民がピーピーうるさいんですよ……」
――ちゃきっ。ブーツの滑り止めが音を立てる。
「今から貴方たちは、僕を前に『すみませんでした、ベチャ雪の覇王……』と言いながら平伏す羽目になりますが……!」
いや誰ですかね、ベチャ雪の覇王って!?
「負けた言い訳は、山間部に住むか、南西部の丘陵地帯でタヌキと遊んでから言ってください……ええ、雪国出身でない輩が僕の雪に挑もうなどと千年早いんですよ、この雨降りこぞうどもが!」
「今のノリノリな小芝居で都民どころか『関東平野全域』を敵に回したよ、このでっかい雪ん子!?」
時永くんの大人しいイケメンキャラが安定して全崩壊している。
――うん、やっぱ聞くんじゃなかったかな、彼の秘密。
自分の中の色々なものをゲロッパして、一皮むけちゃったクリスマス以降……
「彼、変なものを食べたのでは?」
「君、毒物生成スキルあるんでしょ?」
なんていうお問い合わせが、何故かわたしに向かって相次いだのだが――わたしの知り合いの女神さまに誓って言いたい。
――わたしは無罪だ。誓って何もしてない! 何もしてないんだ!
誤解だよ、わたしじゃないんだよ、真犯人は謎の邪神だよ!!
「っていうか時永くんも雪国じゃなくて、都民だよね!?」
一応彼は東京人だったはずだ!
「ハァ……何を言うか、豊田さん」
息を吐きながら時永くんは言う。
「同じ東京でも山間部の積もり方は群を抜いています。つまり僕の出身地は飛び地で雪国カウントです。なんなら高い気温で凍結するベチャ雪な分、フワフワなパウダースノーより超厄介……!」
「めちゃくちゃ言ってる!?」
……ええ、やっぱわたし何もしてない。
ただちょっと、『神様にとっつかれてる人間』同士で、些細な秘密の共有が行われただけ。
ええ、彼とは違って、いたって普通の女子大学生です、わたし……!
「フッ」
「無駄に眼鏡カクカクさせないの」
それはともかくだ。
雪の積もる山間、同じく積もる丘陵地、そもそも雪の予報でも雨になりがちな平野部……
彼は一応この大学のある首都圏の話をしている。
そしてこの大学があるのはどれかというと丘陵地だ。平野部にある23区と違って、そこそこ雪が積もる。だからこんな展開になっているわけで……
谷川さんが悪役スマイルをしながら言った。
「ああ……確かにあたしらはギリギリ平野部出身だ……だからこそ雪に狂う。雪に惑う……電車のダイヤも朝から乱れがち。昨日の天気予報を前にしたときから、頭はずっとパーリーピーポー!」
「勢い100パーで何言ってんだこの人!」
思わずわたしは真顔で突っ込んだ。絶対中身考えずフィーリングで喋ってるこの人!
「だがそんな浮かれポンチのあたしにだって、心強い味方はいるのさ! そう、ここは丘陵地帯――貴様のいう、タヌキと雪の王国!!」
すると『ばすっ!』と音を立てて、近くの土手からソリが勢いよく飛び出した。
「……は?」
まるでスキージャンプのごとく飛び出した子供用ソリは、軽やかに空中で一回転しボスンと着地。
「ハハッ☆ お呼びたてられ即参上! 待たせたな、地元民のタコさんだ!」
キラーン! と『さわやかフツメン』の顔を上げたのは佐田くんだった。……ああそう、呼んでない。大学のご近所さんだっけ君。全然呼んでないよ。
――「……なんか、登場の演出にやたらこだわった結果一周回ってショボくなった気がしない? 佐田くん」
そして何なんだ、そのタコの形した毛糸の帽子は。
自力で編んだのか。ちょっと可愛いぞ。
「……ほう」
そう思っていると時永くんは咳払い。
なぜかクロノスを参考にしたらしき、偉そうな口調でのたまった。
「……ふっふー。成程な? 丘陵部に位置するこの場所を熟知した、地元民のタコさんだと? くっくくく……」
「な、何がおかしい……!?」
うん、そして似ていないのはご愛嬌。
何がふっふーだ。
「谷川よ、その程度の助っ人で我らを阻めるとでも? 笑止! ならばこちらには正真正銘、東北地方に住んでいたこともある花の女子大生が……ッ」
「時永くん」
「あ、はい、なんでしょう」
わたしをぐいっと押し出そうとしていた悪役顔が、急激にへにゃっとなった。……お遊びスイッチの切り替え、早すぎない?
「わたし。雪遊び、参加しない」
「……」
いや、「マジで?」って顔をされましても。
「――絶対、参加しない」
「……二度も言いましたね、今?」
うん、このカオスなメンツで雪合戦? それも授業前に?
やってたまるか! おニューのテックまでべちょべちょになるわ!
「えーやらないのー豊田さん? 時永くん、めっさやる気だよー?」
「谷川さん……わたし、このイケメンが『やる』気だから言ってんの……」
「うん、殺る気です☆」
「ほら自己申告」
だってすっごい裏のある笑顔だもんあれ!
鼻息荒いし、いつもより重装備だもん! 絶対に最初から、『雪で遊ぶつもり』で来たんだよ彼!
この為に朝から早起きして、あの豪邸の雪かき終わらせて……もはや午前中から深夜テンションみたいな感じで来たんだよ……!
「……時永くん、朝何時に起きたの?」
「4時です」
「体感的には?」
「もう夕方です」
「そりゃ夜テンションだよね、君」
……どう見てもあれ、朝の時間を雪かきにとられた憂さ晴らしに谷川さん同様『死者の群れ・ザ・セカンドシーズン』を作る気だろう。怖いったらありゃしない。
――「そういえば美郷……時永くん、あなたと遊んでるの見てると、結構卑劣なこともするっていうか、『ハッハッハ! 勝てばいいのだ!』みたいなゲームスタイルしてること多いわよね……」
……うん、たぶんあれ、最初仲間扱いしときながら途中で裏切るつもりだよ。
知ってる。わたしはくわしいんだ。(時永くんに)
「――ってことであとで勝敗の結果だけ教えてね、わたしはパス」
「「「ええー、豊田先輩、ノリ悪ぅーい!」」」
後輩トリオ、きれいにハモるんじゃないの。
だって今からパンツまでべっしょべしょになるんだよ君ら?
時永くんのことだから関東のベチャ雪、君らのズボンに思いっきりしみ込ませる気だよ?
「……ふっふー……」
残念そうな顔をした時永くんは言った。
「……ほーら、見てください谷川さん、野生の雪女です……可愛いですね、実はああみえて態度まで冷たいんですよー……」
「わあ本当だ、意外とカワイイー……」
――「あのー……美郷、あいつら相手してもらえなかった寂しさのあまり、こっち見て野生動物ウォッチングみたいになってるわよ……」
「聞こえない」
わたしは半分以上呆れながら、校舎のある高台への道を歩き始めた。
――そして、早くも数秒後。
「あああああああ七生が! 七生が一瞬でやられたぁぁあああ!」
「衛生兵―っ」
「ヒャッホーゥ!! お背中ちッッべたぁぁぁぁい!!」
……後ろから案の定、時永くんが平野部の民を一方的にジェノサイドしている類の音が聞こえた。
うん。
だよね。要らなかったよね東北民。
……君、単体でゲリラ戦とかすっごい強いよね、時永くん。
* * * *
・2012年4月12日(木)
……まあ、にっこり笑いながら雪玉殺戮を繰り広げた時永くんの一面はさておくとしてだ。とんでもない時永くんの抱えていた「秘密」が明らかになってから。彼が重い荷物を肩からおろしてから。
……彼は少しだけ、反動のようにはっちゃけた。
朗らかに笑うようになったし、積極的に落川くんたちとも絡むようになった。
何かあったんだな、と察する人もいるし、それでも黙って見守ってくれる人もいる。時永くんがそれだけ、「明るくなった」から。
まあ、以降はいつもどおりの生活だ。
バタバタと安らぐ暇もなかった秋や冬とは大違いで、最近は別段ネタにするようなものなどないせいか……わたしは殆どやる気の無い5月病のような症状に見舞われている。
「……最近何もないねぇ」
「そぉ? こんなもんだとあたしは思うけど? ……ま、そんな時こそ恋愛よー」
時永くんが珍しく合流してこない休み時間、そう胸を張って谷川さんは言った。
「男の子と遊ぶといい暇つぶしになるし、頭がしゃきっとするしね!」
「それ遊んでるんじゃなくてもてあそんでるの間違いじゃないの……?」
――「ああそれ私も同感、そっちの方が谷川ちゃんっぽい」
ですよね。呆れたわたしはあくびをした。
……ああ、なんかあったかい。
わたしは考えることも億劫だと思いながら、そっと目を閉じた。
少し寝るくらい別に良いよね?
……学校とはいえ、休憩時間だし。
そう思うが早いか、わたしは即効眠りの世界へと落ちていった。
・ ・ ・ ・
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それを見た瞬間、わたしは自覚した。
……“夢だ”と。
明晰夢だかルシッドドリームだったか……何せ正式名称は忘れたけれど、最初からその世界観が夢だと自覚しつつ、最後までそれを見続けるなんて、わたしとしては滅多にないことだった。
それもまるでスクリーンの映画を見るように、『わたし』のいない世界観。体も手も、何もない。あるのは視界だけ……。
最初に見たのは、漠然とした「青いグラデーション」のイメージ。ピントが合ってくるようにだんだんとかたちが明確になる。
――それは多分、朝方。
黎明の青白い、冷たい光が差す快晴の空。
そこにふと、眩く暖かな光が駆けるように突っ切って行った。飛行機雲みたいに水蒸気が雲になる、一つ確かな、線を描く。
夜明けの空からまだ闇に包まれた真夜中の空へと……ただ、ただ真っ直ぐに。
命を燃やすような眩さではあったけれど、網膜には焼きつかない、その光。
光はよく見れば、少年と少女のようだった。……顔はよく見えない。かろうじてわかるのは2人の体勢のみ。
髪を後ろで一つ結びにした少女が、片手に握るのは少年の手。
そしてもう片方に握り、少年が添えるようにして支えているのは大きな剣。
その剣からは一対の光の翼が伸びていて、それは羽ばたくでもなく、ひたすらに滑空していた。
――剣から発せられる光はまるで少女と少年を包み込むかのように優しく煌めいている。
眩しくて輪郭のはっきりしないその一塊は、一見してまるで天使のよう。
天使のようなその少女は少年と共に大空を駆ける。
そしてそれに続くように、もう一組の男女が地上を走った。――何かを叫びながら、手を伸ばす。光へ、手を伸ばす。
「___ッ!!」
まるで何かが激しく息切れするように、剣の光が和らいだ。
――無理をしているのだと察しが付く。
その剣は、本来そうして使うものではない。――斬るものだ。貫くものだ。破くものだ。それを、つなげるために。
……ああ、見えた。剣にしがみついた少女が、泣きながら笑った。やっぱり髪型はポニーテールで、その表情の作り方は、誰かそっくりで。
「____!」
……口が元気に動く。たぶん。おそらく――「ただいま」と。
どこか漠然とした抽象的な夢だったが、夢とは妙に不思議な閃きをしっくりとこさせることがあるもので……その時ぼんやりとわたしは思った。
……これはもしかしたら、『どこかの未来』なのかもしれない。
どこかの世界の、どこかの未来がどうにかして自分の夢に現れた。
そしてそのビジョンはわたしと無関係ではなく、何かしら……どこかで繋がっているものなんじゃないかな。
そう、不思議と確信しながら、夢の中のわたしはその光景を見つめていた。
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――「……ちょ……美郷……美郷、そろそろ起きないと!」
慌てているようなメティスの声でハッと目を覚ました。もう休憩時間もそろそろ終わろうとしている。
「あー、グッジョブメティス……」
わたしは時計をチラリと見、そう呟きながら目をこする。谷川さんはいつの間にか、どこかへと姿をくらましていた。
サボる気なんだろうか? 谷川さんもフリーダムだ。このまま卒業まで好き放題やってたらどうなることやらね……
そうぼんやりと思いながら、わたしは鞄を背負った。
「……ねえ、メティス」
もしかしたら神様になら詳細がわかるかもしれない。
そう思ってメティスに聞いてみたけれど……
「……不思議な夢を見たの、何か知らない?」
メティスは少しだけ間をおいて、不思議そうな声で言った。
――「……単なる夢じゃないの?」
……そっか。
だよねえ……だってまさか。
夢の中。一番最後、光を失って墜落していった剣。
その剣と、なんとなくだけど――目が合った。
無機物と目が合う。……そんなの、変な夢だよね。




