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16.忘れてた。 2年目・11月7日


・2011年11月7日(月)


「ちょっとちょっと、どうしたの最近の時永くん?」

「……知らない」

「豊田さんも変だし」

「……前からでしょ、そんなの」


 谷川さんから質問攻めにあいながら、ふと思った。

 あーあ。

 去年の今日はあれだけ距離が縮まったと思ったのに……今年なんか、もはや最悪の誕生日だ。

 学食でのお昼ご飯。隣には――空っぽの座席。時永くんは来ていない。


「「はあ」」


 谷川さんとのため息がハモる。

 向こうからは、わたしがあまりにも「つっけんどん」な対応をしているのに見えているのだろうし……更にいうとこっちからは「時永くんと喧嘩のようなことをして凹んだ」、その残滓が口から吐き出された。

 それだけの話だ。


 喧嘩。うん。……あれ、喧嘩でいいのかな。扱い。


 あれから時永くんを見かけても、ぜんぜん口を利いてくれない。お昼ご飯の予定を聞いても無視。

 さっきなんか見かけた途端、全力疾走で逃げられた。……ものすっごいスピードだ。ああ見えて結構、わたしとドッコイドッコイで足が速かったらしい。


 メティスが半笑いで言う。


  ――「あの様子だと、美郷に悪気はないって向こうもわかってるはずよ。多分、一旦冷静にはなったのね、ただ何を話せば良いのかわからないだけ」


 ……だと。

 証明できたら。

 ああ、どんなに良いかっ!


 思わずもう一度、息をつく。

 ……はあ。わかってる。メティスだってだてに生きてない。少なくともわたしよりは長生きだ。

 でもどう見たってあの顔には、まったく慣れない。――だって、あんな硬い表情でふいっと目をそらすなんて!


「で、聞くまででもない気がするけど、何。なんか喧嘩でもしたのー?」


 気を取り直した谷川さんがから揚げを頬張りながら言う。……いいなこの人、気楽で。


「……似たようなもん。でも大丈夫、自力で何とかする」

「そー? 言ってくれたら、下僕(トモダチ)そそのかしていいシナリオ考えた上に茶番劇したりなんなり、色々してあげるけどなー?」


 ……ねえ、あなた今、男友達を下僕って言った?


「でもさー豊田さん、昨日見たよ?」

「何を?」

「お不動前のケーキ屋さんにいたの、時永くん」


 谷川さんがニヤニヤしながら言った。


「――治りかけの足、びっこひいて松葉杖持って、わざわざお不動前だよ?」


 お不動前。あの、喧嘩した日に行く予定だった場所。


「ケーキ屋さん?」

「そ。あたしはその時、近くの喫茶店で素敵な彼氏、交際10分、とお茶してたんだけどね」

「うん……」


 ……コクられ直後のシチュエーションはどうでもいいよ。


「窓から見えたんだー? ケーキ屋さん前で何かずーっともじもじしてるの。で、彼氏情報なんだけど、時永くんってそこのケーキ屋さん、結構好きらしいのね」

「へえ……」

「その時にお茶してた10分くんが、ちょうどあたしらからみて1個下の、経済学部の子なんだけどさ」

「うん」


 ――いや、スルーしかけたけどちょっと待て。

 『10分くん』とか言うな。


「その子の友達、例のケーキ屋さんでバイトしてるんだけど。ちょくちょく見かけるんだって時永くん。あの子、大人しいキャラのくせに目を惹くっていうか、目立つじゃん……? よく中の喫茶コーナーで、ケーキ食べながら本開いて……」


 ふと、思い返した。



  ――「お饅頭以外に何かあったっけ、あっちのグルメ」


  ――「確か天丼屋さんが」



 ……よく来るなら、そりゃあ、飲食店も知ってるわけだ。


「そんな常連の時永くんが、ケーキ屋さんの前でずっともじもじー! こっちだってデート中とはいえ、気になるじゃん。入りづらいわけでもないだろうし」

「うん」

「で、それから2分ぐらいお店の周りうろちょろして……意を決したように中に入っていったわけですよ」

「うん……」


 楽しそうだな、谷川さん……。


「いや、ピンときたよね! 明日なんの日かって。去年もちゃんと覚えてたじゃん時永くん!」

「……。」

「それで10分くん曰く、いつもなら中の喫茶コーナー入って暫く出てこないらしいのに、すぐに飛び出してきてさ! お持ち帰り状態で駅まで走っていったよ、足、まだ治りかけのはずなのに!」


 ……そりゃ、谷川さんでなくても目をひかれるわ。

 何買ったんだろ。


「……きっと豊田さんの誕生日サプライズだって。渡せてないみたいだけど」

「……そうかなぁ」

「うん、何があったか知らないけど、きっともう怒ってない。時永くん」


 谷川さんは苦笑いしながら言った。


()()()()()()()()


 その苦笑いした声が、少しだけ変わる。

 少しの苛立ちを内包するみたいに。まるで……そう、羨ましがるみたいに。


「……きっとさ? 豊田さんのことがどうでもよかったら、ニコニコ笑っただけで終わるんだよ、あの子。『どうでもよくない』――だから傷ついた顔するし、声も荒げる」


 ……黙ったままのわたしを見ながら、瞳の奥に光を灯す。


「あなたが『換えのきく人』じゃないから、()()

「そうかな」


 うん、と頷く谷川さん。


「……彼、言っちゃ悪いけど、すっごい冷たい人だよ。本当に大事な人にしか怒らない。豊田さんがそれだけ、時永くんにとっては無視できない存在だったんだ」


 ……無視、できない存在?


「一緒にいて分からなかった? あたしよりも時永くんの近くにいるの、どう考えても豊田さんだよ?」


 メティスが頭の中で頷いたのが分かる。


  ――「うん、うん」


「……『その人がいなかったら、どうなってたかな』って考える人、豊田さんにはいない?」


 谷川さんの問いに、何かがひらめきかけた。



  ――「……美郷」


 メティスが割り込むように囁く。


  ――「あなた、言ったわよね? 時永くんの笑顔が好きだって。……噴き出した笑顔が、レアだって」


 ……え? うん。


  ――「あなたが笑わせるようになって、時永くんの笑いは、増えた?」


 …………え?



「――ねえ、豊田さん。聞いていい?」


 目の前で谷川さんがニヤッと笑う。



「……時永くんがいなかったら、豊田さんって、そんなに笑う子だった?」

「えっ」



 ……それはたぶん、『同じこと』を聞いた問いだった。

 違うのは、「時永くんがどうであったか」を聞いたメティスと、「わたしがどうだった」かを聞いた谷川さん。

 観察対象が違うだけ。

 それでも、何となく分かる。……それは、同じだ。


「逆も言えるよ?」


 笑ったまま、谷川さんは菓子パンをちぎる。


「豊田さんがいなかったら……時永くんって、あんなにちゃんと『人と向き合う子』だった?」

「…………。」

「ご飯を食べるのと同じだよ。豊田さんは塩ラーメンが好きで、よく『ラーメンアオギリ』に通う。あたしはこの菓子パンが好きで……」


 谷川さんは「くしゃっ」と菓子パンのパッケージを握りつぶした。


「……菓子パンと塩ラーメンが消えたら、あたしたちは多分両方、凹むよね?」

「……うん?」

「あたしは多少『慣れてる』からちょっと凹む程度だけど、『慣れてない』豊田さんはどうかな」


 もぐもぐ食べつつ、谷川さんはニッコリ言った。


「下手すると、泣くんじゃないかな!」

「……まさか」


 わたしは笑った。


()()()()()()()()だけで?」

「いや泣くよ、絶対? だってあんなにラーメンが好きなんだから!」


 ケロッとした様子で、谷川さんは言う。


「時永くんもそうだねー……彼が好きなもの。例えば本、例えばゲーム。例えば……そう、何がなくなっても、彼ならきっと怒る!」

「怒る?」

「うん、怒る。凹むでも、泣くでもない。……静かに『怒る』」


 ……凹む、泣く、怒る。

 例えのリアクションは全て違う。でも、それはきっと……同じものだ。


「人って基本、好きなもので出来てる。嫌いなものでも出来てる。――でも、『()()()()()()()()』では出来てない。それがあたしたちだと思うんだ」


 谷川さんはくしゃくしゃの空袋を振りながら言った。


「特に、こだわりの強いっていうか……そういう性格にみえる豊田さんとか、時永くんはきっとそんな傾向が強い」

「……うん」

「ささいなもの。くだらないもの。よくわからないもの。それが裏を返したら、途端に重要なものになる。『自分を構成するひとつ』になってるんだよ」

「……」

「どうでもよくないから態度に出す。わかるでしょ? 豊田さんなら」


 君たち、似た者同士だもんね? ……なんて言われて、少し驚く。


「……うん……」

「【泣く】と【怒る】って、似てるんだよ?」


 ハッとした。


  ――「ようやく気づいた?」


 メティスが苦笑しながら言った。


  ――「彼、あなたと少し似てるのよ。それも、もっと似てるのは『子どものときの美郷』ね。どうしたらいいか分からないの。何を言ったら、何をしたら、誰かと仲直りできるかなんて、まず経験値がない」


 ……この人たちならきっとわたしが何をしても、結局のところ見捨てはしないだろう。困っても、笑っても。怒っても。


 そう言える人が、わたしにはかつていた。


  ――「あなたは私と喧嘩をするけど、あの時永くんは多分、誰とも喧嘩をしたことがない」


 ああ、確かにいた。わたしには、喧嘩できる人がいた。

 記憶の底に。おぼろげな小学生時代に。

 けど、その時わたしは甘えきっていて――結局、家族を失ったら、誰にも心を開けなかった。


 だから、今となってはふと思う。


 ……()で喧嘩、したことなかったなって。

 この時永くんが、すごく久しぶりだったなって。


  ――「……見る人が見たらわかるわ。彼には、誰かと言い争うだけの【環境】はない。多分、はなっから()()()()のよ。真っ正面からぶつかるよりは、ごまかした方が早い。話し合ったり喧嘩したりなんて時間の無駄。だったら自分が我慢すればいいんだと思ってる人……それが、たとえば時永くんなのね?」


 人と距離感を縮めるには――相手が『自分と違う』ことを理解する。

 違う意見を持っていることを受け止める――それは、喧嘩しなくてもできる。「そういうのもあるね」、と受け入れればいい。


 受け入れられないなら、逃げればいい。


 ……わたしは、どっちかというと逃げてきた。


 距離を置いて、「大事な意見」を求められることがないようにした。

 だから「友達」から贈り物をもらっても――それを大学の説明会で忘れても、特に心は動かなかった。……それが変わったのは確かに、ちょっと前のわたしに似た……あの時永くんがいたからだ。


  ――「彼、よっぽど我の強い人が周りに多いのかしら。……それとも美郷と一緒で、そこまでするほど『距離感の近い人』が今までいなかったのかしら?」


 メティスは言った。


  ――「彼は、自分と誰かの違いを見つけたら、まず()()()()()()と努力をする。……受け入れられない自分が許せないから。「自分の器が小さい」。まずはそう思ってしまう」


 ……対立しない人。だから、ごまかした笑顔が多い人。それが時永くんだ。


  ――「だから普段はまず喧嘩にならないのよ。【悲しみ】や【不満】は飲み込んで、貯めるだけ。谷川ちゃんが言うように彼――本来は、多分、少し()()()()()性格だと思う。それを隠すのが巧いだけよ。隠して、飲み込む。激しい怒りを抑えて、心の奥底にしまって、距離を取る」


 だから、とメティスは言った。


  ――「そうして距離を取るような別れは多くても、まともな喧嘩別れをしたことがない。仲直りすら、したことがない」


 ……なるほど。


「……あたしさ、演劇部にいたって言ったよね?」


 黙り込んだわたしに、谷川さんは口を開いた。


「……怒るのはさ、まず、【悲しい】からが多いの。泣くのと同じくらいに悲しいから、【怒り】がわく。泣くのと同じに両方……相手に『強い愛着』があるから、出せるものなんだ」


 悲しさから、出る感情。

 うん。


 ……確かに。


「谷川さん、ありがとう」

「ん?」

「よく見てるね。……わたし、昔、よく言われたんだ」


 ようやく思い出した。

 ……出会った頃のメティスだって、似たようなことを言っていた。

 「泣かなくなった」と……心配になったから、来たんだと。


 わたしは――確かに、泣き虫だ。


 表だって泣かなくなりはしたけれど、中身はまだまだ、よく泣くお子様だ。


「……ちょっと、時永くん探してくる」


 谷川さんはにやっとして手を振った。

 ……わたしは決意する。

 このままギスギスして終わるわけにはいかない。仲直りするには、こっちから行くしかないんだ。



   *   *   *   *



 何度来たかわからない、校門前の一本楓。

 あの日に見た赤い紅葉があまりにも神秘的だったからなのかもしれない。

 ……彼との待ち合わせ場所は、いつの間にか自然とその場所になる事が多くなっていた。


 毎回メールで指示して落ち合う場所。

 それは食堂か、もしくは楓の前か。


 でも今回はメールをしても無視され続けた。

 ……開封はしてたのかもしれない。ただ、返信がなかった。

 だから、通りすがることはあっても、「誰がいるか」なんて見回したりはしなかった。


 だからああ……やっぱり。



「……時永くん」



 途方にくれたようにどこか遠くを見ていた時永くんは、こちらに気付いて、慌てたように姿勢をただした。が、同時に目をそらす。

 ……ケーキ屋さんの紙袋を抱えてそれは、不安げな様子でそこに立っていた。


 ……それはまるで、わたしを長らく待っていたかのようだった。

 昨日から。いや、下手したら――ここ一週間。



「……あ、あの」



 時永くんが震えた声で言った。

 何を言おうとしているのかは、何となく目を見ればわかった。

 少し、泣きそうな目。


「……あの」


 途端に、ふと。印象が変わったような気がした。


「――()()()()()()()()()()()()?」

「え?」


 ……不思議な違和感があった。

 腹をくくったのだろうか。

 それとも、何か別に、思ったことでもあったんだろうか?

 頭に浮かべたその言葉よりも先に、違う言葉が来た。


 ……もしかしたらそれは衝動だったのかもしれない。

 彼が持つ、不器用な恐怖心から出た、咄嗟の一言だったのかもしれない。


 ……どう思うか。


()()()()()()()()()()()()()()()


 妙な問いだった。少し低い音で。――少し、人の悪そうな呟きで。


「……好きだと思う」

「え?」


 今度は聞き返される番だった。


「時永くんがどういう人なのかは、正直わたし、知らないんじゃないかなって思う。でも知ってることはあるよ。――人付き合いが苦手だと見せかけて、実は人間好きだとか」


 人付き合いが嫌いなのは事実だろう。

 それでも、谷川さんが体調悪かった正月に、介抱しようとしていたのを思い出す。自分が倒れた医務室で、教授にお詫びのメールを送っていたのを思い出す。


 ……落川くんや七生くんとの交流も、落川くんがばらまいた鞄の中身を拾ったから。2人のことを助けてから、懐かれたんだったよね。


「……時永くんって多分、怖いんだと思う」

「怖い?」

「勝手な想像だよ? ……人が好きだから、人付き合いが苦手なんじゃないかって。人が作ったものが好きで、人が作った物語が好きで。だからいつも本を読んでいて。完成されたものにしか触れられない」


 ……だって現実は、いつだって『未完成』だから。

 結末なんて決まってない、伏線だって張られてない。

 そこに自分がまた、『不確定なもの』として介入するのが、嫌で仕方がない。


「…………。」


 ……自分がたとえそこにいなくても、世界は回る。

 まるで、観測者である自分が、「余分な何か」であるようにも見えてくる。


「……だから君は、人と関わることを嫌がる」


 わたしの言葉に、時永くんは少しだけ間を置いた。それからぽつりと呟く。


「……自分を除け者にして出来ていく、【美しい(つまらない)】世界を羨みながら?」

「そうかもね」


 でも、わたしは君を知っている。

 君は怖がりで、隠し事ばっかりで――でも面白くて、優しい。

 時永くんは、除け者なんかじゃない。

 ……わたしにとっては、メインの主人公だ。


「ただボケっとしてるだけじゃないのは知ってた。何かを隠してたのも知ってた。秘密の端っこも握った。……それでも」


 ああ、それでも。


「――君が、自分で話してくれるまで、待とうと思った。だってフェアじゃないから。偶然知ったって、それから何を勝手に推論したって、真実じゃない。時永くんの見てるものは、時永くんにしか語れない。それを知りたかったの」

「…………。」

「もっと、仲良くなりたかったの」



 ――ひとつ、呼吸音が聞こえた。

 大きく息を吸った、息をのんだ。どっちとも取れる音だった。



「――ごめん」



 ……低い音が、丁寧語なしで聞こえた。


 短い言葉だった。でも、色々こもっている。……一周回ってどこか落ち着いてしまったその様子に、わたしは内心苦笑いしながら返した。


「いいよ。……こっちこそ、ごめん」


 慎重すぎたのは事実だった。

 時永くんにとって、あのクロノスがどういう存在なのかを考えていなかった。

 隠しておきたいものだったことは想像に難くない。敵というか……それを超える、「天敵」のような存在だったことは、メティスの言い分から想定はつく。


 ……敵と普通に話している時点で、彼から見た「信頼度」は、地の底から揺らぐ。


 それでも彼は絞り出した。

 「ごめん」と。



「……何でそっちが謝るんですか」

「だって、わたしも沢山秘密にしてたものがあったんだもん。……ビックリした時永くんは悪くないよ」


 彼が「ごめん」といったのは、なぜだろう。

 天敵と通じている、友達だった何かに、謝ったのはなぜだろう。

 わたしを待ち続けたのは……

 思わず逃げても、結局ここにきたのは、なぜだろう。


「……じゃあ、お互い様ですか?」

「え?」


 思わぬ時永くんの言葉にわたしは驚いた。


「だって僕たちは両方、秘密にしてたことがあったんでしょう?」



  ――あの子は、どうでもよくないから傷ついた顔するし、声も荒げる。


 あの、谷川さんの言葉を思い出した。


  ――あなたが『換えのきく人』じゃないから、怒る。彼、言っちゃ悪いけど、すっごい冷たい人だよ。本当に大事な人にしか怒らない。



「……だったら、おあいこってことでいいじゃないですか」

「そうだね」

「そうですよ」


 その声は、ちゃんといつものように笑っていた。


 換えのきく人じゃない。……本当にそうなのだろうか。

 時永くんはわたしに手を差し出してきた。


「……あの。これからも、よろしくお願いします」

「うん」


 ――手を、握った。

 紙袋がとても重そうで、わたしは少し笑った。


「……で、それ何、お菓子?」

「あっ」


 時永くんは忘れていたように口を開いた。



「たっ――誕生日、おめでとうございます!」

「……よかった」



 両手いっぱいに押し付けられた紙袋の感触。……中に入っていたのは、可愛らしい焼き菓子みたいで。

 わたしはくすくす笑って呟いた。


「ああ――よかったよ、今年も、最高の誕生日で!」

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