14.タコと饅頭とド天然 2年目・5月下旬
・2011年5月20日(金)
この間から顔見知りになった七生くんが、深くため息をついた。
「……落川、お前、何でいきなり饅頭ばっかり持ってきたんだよ……?」
「そりゃーあ! モリモリ食ってもらわないとだなあ!?」
大学近くにある大きなお不動さんで売っている、でっかいお土産饅頭にまみれた落川くんが大きな声を上げる。
「元気になるもんも元気になんねーだろぉ!!?」
「いやあ、君たちホント面白いねー!」
「あのー、ゆっきー先輩、聞きたいんすけど時永さんってタコ焼きは好きな方? オレ、一応買ってきたんっすけど……」
谷川さんがよくわからない感じにくつくつ笑う横で、佐田くんがソースまみれの木船を抱えて口にする。なんだこのうるさい集団。
……さて。
うるさい集団はともかく、またわたしは病院に行くことにしたわけですが。
そう、行先は病院だ。こう見えて。
多分一度行ったから、迷うこともない。
――それに、こんな大所帯じゃ、迷おうにも迷えない!
――「不思議ね……いかにも『病院のお見舞い』っぽい見た目してるの美郷だけよ、この大勢のメンバーで」
メティスに言われて、わたしは切り花を抱えたまま小さく笑った。
何でこんなことになったのかは、正直わたしにもさっぱりだった。
ただ病院に向かう道中……
北から南へ向かうモノレールの中、気がつけば手ぶらの谷川さんが同じ車両に乗り込んでいたし。西から東へ行く電車に乗り換えれば、なぜか両手に土産用饅頭を大量に持った落川&七生くんコンビが。そして駅につくと、タコ焼きを持ってふらふらと彷徨う佐田くんが居たのだ。
……っていうか、はたからみたらいったい何の集団なんだろう、これ……?
「示し合わせてもいないのによくまぁ、お見舞い集団がこれだけ集まるよね?」
わたしが言うと、谷川さんが苦笑する。
「時永くんのお見舞いってだけのあまり繋がりのない集団と思いきや、秀ちゃん、あの2人とさっそく意気投合してるしね!」
「いや、投合してるって言うのかな、あれ……」
タコ焼きとご当地饅頭。どうも「どっちがお見舞いの品にふさわしいか」で佐田くんvs落川くんの論争が起こっているようだった。
「だーああああ! もー話になんねええええ!」
佐田くんが頭を抱えて叫んだ。落川くんが言う。
「なぁ七生! 饅頭がいいよなっ!?」
「ずりぃ!? おいそこのチビ! タコ焼きのがいいよな?!」
谷川さんが『ほら』と言った。
「……あれ見なよ。なんだかんだで、意気投合してない?」
――「似たもの同士は反発しあうものよ。意外と」
メティスの言葉に呆れながら頷く。
……で、観察していると、七生くんはどう答えるか悩んだらしく。
「……」
暫く躊躇した後、落川くんにアッパーした。
「げっぶぉおおおお! っておまーっ……何でおれだけアッパーなんだよっ?!」
「……ああ、叩きなれてるから?」
七生くんは首を傾げ、もっともらしく理由を述べた。佐田くんがガッツポーズを取る。
「ってことはタコ焼きに軍配があがったんだよな?」
「……そういうことにしておく」
「七生おま、裏切ったなっ!?」
「別に裏切ってない……」
「裏切ったろぉ! この目で見てんだぞおまー!」
「……落川、何があったか知らんが肩をシェイクするな、くるしい」
「何があったか分かるだろ!! 当人!!」
どうも落川くんの口癖は『おまー!』のようだ……なんて、すっごくどうでも良いことを思いつつわたしは言った。
「でも、なんだかんだいって楽しいよね、こういうの」
「ねー。……時永くんには悪いけど、なんか遠足気分?」
そんなことを言っていたら病院についてしまった。
ものすごい注目されてる気がする……。
「な、何ですか……? この、『ヤバいムクドリの巣です』みたいな集団……」
「言うと思った」
やっぱり驚かれてしまったらしい。
部屋にたどり着くと、びっくりした顔の時永くんがそこにはいた。
「あの、いきなりで悪いんですけど、時永先輩……」
「な、何かな?」
「じゃんっ」
控えめな効果音と一緒に、背の低い七生くんが指を上に向けた。
「ヘイ時永先輩! 饅頭と!」
「タコ焼きと!」
「「どっちが好きですかっ!?」」
「……あの、ステレオで『赤い部屋は好きですか』みたいに言わないで……?」
……時永くん、もしかして今の今までホラー読んでたな?
ともかくいがみ合う頭の上を両手で指しながら、背の低い七生くんは相変わらず天然っぽく呟いた。
「はい、お待たせしました先輩……絶妙なコラボレーションです」
「頼んでないぞ、そんな傍迷惑なコラボ!?」
「押し売りです」
「帰ってッ!?」
珍しく時永くんが困惑を露わに激しく突っ込んだ。
というか、まだやってたんだこの子たち……
「だからちっげーよデッカいの! ここはタコだよタコ! 明石産タコ!!」
「まーんじゅーっ!! ほっかいどーあーずーきー!!」
「うるさいよ君ら。その辺にしときな?」
「……あのー……両方、もらおうか……?」
さすがに疲れてきたらしい谷川さんが口を出した後、時永くんがペコっと折れた。
* * * *
また1人、また1人と帰っていく。――気が付けばあれだけ狭かった病室には、わたしと時永くんの2人しか残っていない。
「だーかーら、自分で散らかしたなら、自分で片付けろってーのっ……!」
饅頭の袋と鰹節を拾って、ゴミ箱にポイ。
「……とか言いながら、豊田さんの部屋に踏み込むとですね」
「あ、はい」
「足の踏み場がないとか」
「……まあ、そこまでじゃないけど散らかしてはあるよ?」
「やっぱり」
時永くんの苦笑いに乗っかって、わたしも笑った。
「うん、よくものとかなくすよ。毎日使う日記帳とか、よく本棚の隙間とか変なところにあるし!」
「何でそんなところに……」
「でも、時永くんもよくあるんじゃない?」
わたしは何でもないふうに聞いた。
「おいた覚えのないところに鍵があったり、お財布があったり」
「……。ええ、ありますよ」
「やっぱあるよね! でも、まあ大丈夫だよ。見つかればいいんだもん」
……わたしは見逃さなかった。時永くんの言葉が少しだけ止まったのを。
「大事なものが見つからないのは問題だけど、見つかれば大丈夫!」
時永くんはやっぱり恐れている。たまに記憶が抜けるのを。……無意識の間に、自分が何か「やらかしている」かもしれないのを。
「……なるほど」
――「でも、騒がしかったわねぇー……でもこれでようやく2人きりってわけだー」
メティス……何ゴシップ好きのおばさんみたいなニヨニヨした声出してるの。
っていうか忘れてた、この人も残ってたし、気質的には野次馬だったんだ……。
「……なんか、がらんとしたね」
「そうですね」
ゴミ箱には饅頭の袋とタコ焼きの容器が大量に突っ込まれている。……結局、彼らが『お見舞いに』と持ってきたはずの食べ物たちは残っていない。
だって殆どが彼らと谷川さんの胃の中に、すっぽりと納まってしまったのだから。
「なんかもう結局、病院でおしゃべり懇談会やっただけだったよね」
「これはこれで楽しかったんですけどねー」
時永くんはそう言って笑う。それは心なしか、凄く晴れ晴れとした表情だった。
「……谷川さんたちや、落川くんたちを見てると……最近思うんです」
「何を?」
どこか考えるような様子で時永くんは言う。
「――皆、ちゃんと背伸びもせずに生きてるんだなと」
「そりゃ、そうだよ」
普通の大学生ならそうだと思う。
時永くんみたいに「大人な子」にはなれない。
いや、大人っていうか……自分は押し殺して二の次っていうのかな……
「ずっと背伸びをしてたら疲れるよ?」
「ですかね」
「そりゃ、人知れず無理してる人も中にはいると思うけど、でもきっと長くは続かない……」
――「そうね」
メティスが同意するのを聞きながら、わたしは続けた。
「……結局無理したって、どうやったって。いつかきっとボロがでるものなんだと思うな。無理とか無茶が馴染んでいったらいいんだけど、どうしても繕えないものって、やっぱあるじゃん」
彼は頷く。
「……うん」
「わたしもたくさん背伸びして気づいたよ。爪先立ちして、でっかいふりして……」
そうだ。わたしだってある意味、同じだったのかもしれない。……いつからだろう。自分を押し殺すことを良しとしていたのは。
――人は孤独の中では生きられない。そのことを教えにきたんですけどね。
……メティスはわたしを見かねてやってきたのだと、昔に言った。
それはかつてグズっ子だったわたしが、よその家に上がった瞬間、自己主張しなくなったからだったのかもしれない。……泣かなくなった。怒らなくなった。
ごまかして、笑うのが多くなった。
だからメティスはわたしを誘導するんだ。
わたしの好きなようにやらせようとするし、なるべくそうなるように口を出す。
ぼんやりと流されたりしないように。
「……背伸びしたって、視界は高くなるかもしれないけど、それはいつか崩れる」
「……」
「そういうのって他人から見たって、どこかおかしく見えてしまうものなんだって、わたしは思うよ」
「……そうですよね」
時永くんは小さく息を吐いた。
……その後、空白が続く。どちらが喋りだすでもなく、何をするでもなく。
ただ、時間だけが過ぎていく。
「ひとつ、仮定の話をしていいですか?」
「仮定の話?」
5、6分ほどして、彼の口が動いた。
「……僕が、君に対して小さな隠し事をしていると仮定します」
何の話なのかが分かった。
本当は全然、“小さな”隠し事じゃないかもしれないんだけど。
「うん」
「……どうします?」
「どうするって」
メティスが呟く。
――「これ、こっち側が何も知らなかったらめちゃくちゃな質問ね」
でもきっと向こうは知らないはずだ。
知らないうちにわたしが核心に迫っていることを。無難な答え方……それを落ち着いて考える。
「内容によるだろうけど」
「…………。」
「隠し事をする理由ってものもあるだろうし、積極的に聞こうとはしないかもしれない。だけど、その隠し事が……」
「ええ」
時永くんは不安げな顔をしながら、先を促した。
「その隠し事が……もし、時永くんにとって負担になっているのであれば、どんなことでもいい。たぶん聞かせてほしいって思うんじゃない?」
――……いつものわたしだったら、きっとそうだ。
「……どんなことでも?」
「うん、どんなことでも」
「ひきませんか?」
「ひかないよ」
また暫く、沈黙が流れた。
「……そうですか」
――「と、とうとう来るかっ?!」
メティスやめて! 場の空気盛り上げないでっ!
何か知らないけどテンパるから! 物凄くテンパるからっ!
何? 何言うのこの人!?
「あの、実は、僕……」
時永くんは口を開いた後、ふと辺りを見回した。
「? どうかした?」
「……やっぱり、やめときます」
申し訳なさそうに表情を作って、彼は言う。
「えっ」
「本当はさらっと愛の告白でもしようと思ったんですが」
「嘘でしょ!?」
思わず大声を上げたら――時永くんはクスッと笑った。
「……そんなに嫌ですか?」
あっほらし。
わたしはため息をついた。色々な意味でバックバクだ。きっとこれが、罪悪感からくる緊張なんだろうということはわかる。
……実は知っていたと言うべきなのか? クロノスと会話したことを、自分からカミングアウトしなければならないのか? それによって、関係が破綻すると言うことは起こり得ないのか?
……そんなことを考えていた自分が、すごくバカみたいだった。
「勿論冗談ですよ、真に受けないでください」
たまにこの子、性格が悪い。
……メティス、あんた未来が見えるんだっけね……
さては気づいた上での、『あの盛り上げ方』だったな……?
「でも」
時永くんはそう言ってベッドからわたしを見上げた。
「冗談はさておき、僕はもしかしたら、豊田さんに話さなきゃいけない事があるのかもしれません」
「愛の告白じゃなくて?」
「じゃなくて。……ぷぷぷっ」
うっわー……こらえ切れなくてまだ笑ってるぅ……。
――「そんな性格悪い子に惚れたのは美郷でしょ?」
……そうね、わたしだよね。
頭を抱えた。わたしはいったい何に片思いしてるんだ……。
「……まぁ、とりあえず、隠し事があるのは事実です」
「咎めはしないけども」
うん。咎めはしない。――だって、責めるような理由もない。
「いつか覚悟が決まれば、話すときが来るかもしれません」
「うん」
「少なくとも今は話しても良いんじゃないかと思い始めてます」
「……そこまで言われたら気になるじゃん」
気になるどころの話ではない。……本当は、一部に気づいているんだ。
わたしは思った。「隠し事」をしているのは時永くんだけじゃない。
「わたし」もだ。
「……話す、話さないどっちでもいいよ。言うにしろ、やっぱやめとく、にしろ」
「有り難いな。そうしてくれると助かります」
……ひたすら隠して、傍にいる。
相手が恐らく知っていてほしくないことを、わたしは知っている。「知ってたよ」、なんて言いづらいそれを、抱えて。抱えて――抱えて生きていく。
――「本当、素直じゃないわよね。あなたたち」
メティスの言葉。
わたしは、はあ、とため息をついた。
……確かに、そうだよねえ。




