13.後輩コンビ! 2年目・5月半ば
・2011年5月11日(水)
――「……クロノスはたぶん、時永くんのこと、『気に入ってる』と同時に『大っ嫌い』だから。それこそ、創り直そうとしたのよ。一度壊して」
「何てはた迷惑な」
あのインパクトの翌日……大方の予想通り、少しだけ入院することになった時永くんを訪ね、さっそく病院に向かうことにしたわたしはぽつりと呟いた。
最近の病院は結構進んでて……ホテルみたいに歯ブラシとか寝間着とか、一通り売店で揃えられるらしい。「何か持って行くものある?」とメールで聞いてみても、特に何も要らないようだった。……保険証とか本人確認のあれこれをいつも持ち歩いている彼に、ちょっとびっくり。
彼が運び込まれた後、そのまま流れるように入院を決め込んだ病院は大学を挟んでわたしの家の方向と真逆の位置関係だ。この辺には普段あまり来ないから、慣れない路線だったりしてぜんぜん落ち着かない。
――「美郷、車の免許とか取らないの?」
「……気が進まないかなー」
未だに乗用車の類はちょっと苦手だ。
ひとが運転するバスとかタクシーとか、友達のお父さんやらに乗せてもらうそれは我慢できても、自分がそれを運転すると考えると怖い。
だったら多少お金がかかろうが、歩こうが。電車か自転車一本に限る。
そう思いつつ、何度か迷いそうになったがメティスの助けもあり、なんとか乗り切って病院にまでたどり着いた。
「……あの」
「はい?」
「……お見舞いなんですけど、302号室って……」
「あ、時永さんですね? それなら……」
ちょうど声をかけた看護師さんは彼を知っていたらしい。曰く、ナースステーションで人気だとか。それも。
「可愛い男の子がタイプだって若いナースが、軒並みノックアウトを食らってねー……」
……主に、容姿的な意味で。
「は、はあ……」
「私ももう少し若ければねえー」
――「美郷も引っかかってるから文句言えないけど、よくよく考えれば谷川ちゃんとは別ベクトルでアレよね、あの子」
アレとか言わない。
……いや、まあ、確かに「主役」として見た途端、いきなり目を惹きそうではあるけど。
幸薄い系の男子。
普段目立たないように振る舞ってる分、メインで見たら「えっ、こんなかっこよかったっけ!?」ってなる子のモデルケース、それが時永くんだ。
「レントゲン室の国分ちゃんって技師の子なんか『イケメンが膝まくってた!! 片足立ちしてた!! 尊かった!!』って当たり前のことを呻きながらガーゼ取りに来たし」
「何故にガーゼを……?」
……ともかく、部屋を教えてもらって向かう。
けど、看護師さんが言うにどうやら、わたしの他にも数時間前にお見舞いに来た人が居たようで。
「今もまだいるかはわからないけど……だいたい年代的に同じくらいかな? 男の子でしたよ」
……どうも谷川さんじゃないらしい。ちょっと意外だった。友達なんてあまり居ないと思ってたけど……。そうぼんやりと考えながら扉の前に向かうと、喋っている声が聞こえた。
――「お取り込み中?」
「かな」
看護師さんの言っていた男の子だろう。マシンガンのように何やら威勢の良い、元気な大声が聞こえてくる。
……と。
「……落川、誰か来たみたい」
別の、物静かな声がした。
さっきとは違う声……2人?
「お、マジかー! そうだなー! 随分長居したみたいだし帰るかぁ!」
ガタガタガタ、と椅子を片付けるような音がした。
「……長居って自覚してるならもうちょっと遠慮しなよ、話なげーんだよ」
「なんっだよ七生細かいな!?」
落川くんと呼ばれたらしい元気な声が、物静かな声に返す。
「たった2時間半だろっ!!!!」
「いや……2時間半を長いというんだよ落川、いつまで喋ってんの」
「だってオッマエっ!! 中学ん時に同じ部活の落合くんとゲキ落ちコンビって呼ばれてた話とかだぞっ、時永先輩にバッカウケだったじゃないのっ!!」
「いや……どう見てもお前だけバカウケだったよ」
あはははー……と聞き覚えのある苦笑いが聞こえた気がした。
物静かな声が言う。
「お前らの隣同士の家が中3のとき、受験生にとって『呪いの地』『目の前通ったら学校落ちる』って噂が立ってた話はもういいんだよ……」
「もーいいの!?」
……どんな逸話だ。
「……あと『バスケ部の2年と3年に【ゲキ落ちコンビ】がまとまってたのが敗因か、お前を含めたバスケ部の3年が全員滑り止めにしか受からなかった』っていう可哀想なオチだって30回目だ」
「30回も話してんのおれ!?」
物静かな子はため息をつく。
「……自覚なかったか可哀想に」
と、そこでようやく時永くんのはっきりした声が聞こえた。
「……正しくは28回目だ」
「時永先輩は普通に数えてんの!?」
……なんかえらくテンションの落差が激しいなこの見舞い客。どうもビックリマークの多い男子と、やたらに三点リーダの多い男子の2人みたいだ。
しかし……よかった、いつもの時永くんの声で。
「……」
ホッとする。ここにくるまで正直不安だった。
――またクロノスにのっとられてたらどうしよう、いつもと全然様子が違う彼になってたらどうしようって。
七生くんと呼ばれている、静かな声の方はため息をついたようだった。
「……これ以上気、遣わせない内に帰ろう……時永先輩が死ぬ……」
「何!! 死ぬの!? ねえそれ不治の病か何か!? マジ大丈夫なんッあごー!!?」
「……いや、お前に懐かれたのが最早病だよ。いちいちボクに殴られないと話が中断しないとか、死に至るよ……?」
殴ってたの今の音!?
「……あの、七生くん、落川くんの脳細胞がこれ以上死滅する前に、顎の下からアッパーな感じで殴るのをやめてあげて……」
「あ、それよりおれの顎を心配して先輩、砕けるっすゥ!! アッ……ゴ……」
なんか2連チャンされた!?
「どーでもいいから出るよホラ……」
扉が開き、男の子たちが出てきた。
かなり元気の良さそうな子と、逆に凄く大人しそうな子2人。
大人しそうな子はわたしを見るとハッとした顔で礼儀正しく会釈した。
「……お待たせしました」
「あ、いえ」
――「あの元気の良さそうなのが落川くんで、大人しそうな子が七生くん。落川くんは七生くんからみて頭2つ分おっきいから、無理やり下からアッパーカットされて顎がやられたのね」
ああ、なるほど。身長差の問題か。
身長差のあるデコボココンビといえばどこかで見た気もするけど……って、あ、思い出した。去年7月に見かけた佐田くんとお友達だ。でもあれは大きい方がツッコミだったし、佐田くんは若干計算でボケてる感じがした。
目の前の「大きいボケ」の落川くんは……うん、多分これ……。
メティスがポツリと呟く。
――「あれは、天然のアホの子よね……」
「せんっぱーい、お大事にー!」
「また来ます……1人で」
「なんだとぉー! おれも連れてけーえええ!」
ぎゃいぎゃいと喚きながら去っていく長身の子と、冷たく突っ込む小さな子。
途中看護師さんに注意されるのが見えた。
それをなんとなく見送って、わたしはそろりと病室に入る。
そろそろと覗いてみると、時永くんが左足をつって寝そべっていた。
時永くんが寝たまま手を振る。
「ああ、なんだ。豊田さんでしたか」
「なんだじゃないよ。心配かけて。……でも、ずいぶん賑やかな知り合いがいるんだね?」
「同じ学科の後輩です。懐かれまして」
しかし、人に避けられやすい時永くんが後輩に懐かれるなんて、一体どんな出会い方をしたのやら。そう思いながら、ビニール袋から花を取り出す。
「あっ」
「ああ、動かなくていいから。そもそもつってると動けないでしょ、大丈夫」
「……そっちのほうに花瓶があるんで」
「うん」
お見舞い品の定番だったなと思い出して、道中で慌てて買ってきた切り花。それを見て、時永くんがボソッと。
「……『あなたと一緒だと心が和らぐ』?」
「え?」
「あ、いや、何でもない。メッセージですよ。花を贈るときに使う」
「花言葉? そんな意味があるのこれ?」
少し苦笑して、時永くんが言う。
「……家に昔咲いてたのを、ふっと思い出して。ペチュニアでしょう?」
「正解! ――でも、意外。そういうの気にするんだ」
「昔、好奇心で調べまくったことがあるのを思い出しまして……」
「にしたって、見てポンと出るなんて相当だよ」
「そうですね」
少しこっぱずかしい気持ちになりながら、強引に話を戻した。
「で、あの2人、いつ知り合ったの?」
「うーん……新年度始まってすぐだったかな? つんのめって鞄の中身を思いっきりばら撒いたんですよ」
「誰が?」
時永くんはぼーっとしてるし、あの子たちもなんとなく頼りない。なんか全員同じことやっちゃいそうな雰囲気なんだけど。
「落川くん……あ、大きいほうの」
あー、声もでかけりゃ背も大きいあの子か。
「その時に居合わせて色々拾ってあげてから、仲良くなって。……気がついたら昼休み以外の休み時間は殆どべったりくっつかれてます」
「そんなに仲良いんだったら今度お昼つれてきたら?」
「あはは、退院したらそうしましょうか」
と言っても、いつになるかは今のところ未定なんですけど……と言う時永くんに、ホッと一息つく。
……よかった、元気そうで。
「救急車で運ばれたって聞いてビックリしたよ」
「すみません、心配かけて」
「……本当だよ、まったく」
暫く、重たい空気になった。
「……で、なんで?」
「え」
「車道で転んだって聞いたよ。……急いでたとか?」
「……わかりません。どうも、直前の記憶がとんでて」
でも恐らくわかっているんだろう。目の前の彼には。
だって少し、早口だった。
「……本当に?」
「えっ……本当ですよ」
ちょっとは予想がついてないと、こんな前もって答えを用意してたみたいに「記憶がとんだ」なんて、言えるわけがないんだ。
「ねえ」
「なんです」
わたしはすがるように聞いた。
「……また、来ていいかな?」
「……。勿論」
* * * *
・2011年5月13日(金)
「でー……全治3ヶ月だってー?」
売店で買ったアイスコーヒーをくるくるかき混ぜながら谷川さんが言う。わたしは携帯を見ながらバニラシェイクのストローを噛んだ。
「一応骨折だもん。……退院は6月中旬予定だって。それでも暫く松葉杖。でもあの様子だともっと長くなるかなぁ」
入院中相当暇らしく、普段よりもメールの件数が多くなっている。
殆どが風景等の写真添付付で、本文はそれを見ながら現在の心境を一言……なんていうメールなのはいいんだけど、足を骨折してるはずなのに、何故かやたらめったら写メの場所が変わるのはどういうことだろう。
――「松葉杖か車椅子かで病院の中を広い範囲で練り歩いてるとか?」
……それ考えるとなんか意外と落ち着きないな、この人。骨がくっつくまでは頼むから安静にしてなさい。
そう思っていたときだった。
「ねぇ、落川……ふと思ったんだけど」
「ほぁ」
「昨日やってたシュメール神話のあの題材……」
「……。ほぁ?」
「聞いてる?」
……聞き覚えのある声だと思って後ろの席をみたら、案の定彼らだ。
「シュー……クリーム??」
「……聞いてないでしょ、お前」
「うんごめん、正直聞いてねぇ!!」
「まったく」
噛み合っているのか噛み合っていないのかよくわからない空気感が凄まじいんだけど、何でだか仲の良さそうな感じはある。
……思い切って声をかけてみた。
「こんにちは」
オムライスを口に運んでいたのっぽな子(落川くんだっけ?)は声をかけたわたしを見て目をぱちくりとさせた。
「? ほぁ」
――「やっぱアホだわ!!」
アホとか言わないの!!
「……こんにちは。この間病院で時永先輩をお見舞いに来てた人ですよね?」
レポート用紙をしまった背の低い物静かな子(七生くんっていったっけな?)はそう言って返してきた。
「おっおー、思い出した。……時永先輩の彼女っあごォォォォォ!!」
そう言った落川くんの顔面に間髪居れず無言でアッパーする七生くん。……ごめん、そう見えるのは正直嬉しいかもしれない。
「……はい、まだ違いますよね? あとで絞め殺しときますから……」
「まだって言った」
苦笑いしながらいう谷川さんの横では、顎をおさえた落川くんが悶絶している。……どんだけ痛いの。
「で、なに豊田さん、この子たち知り合い?」
「あー、この間時永くんお見舞いに言った時に病院で部屋入れ違ってね。それだけだから知り合いって程でもないんだけど……あ」
わたしは言うべきことを思い出した。
「ところで君たち、時永くんと同じ学科の後輩なんだって?」
「Yeeeeeeeeeees!」
「うるさい」
「げふぉぶしゅとぁッッす」
やたらテンションの高い落川くんが手を上げ、七生くんがまたアッパーする。
「この間のお見舞い、時永くん喜んでたよ。やっぱり後輩が行くと嬉しいみたいだから、また行ってあげてね?」
そういうと、アッパーを喰らってグダッとしていた落川くんが復活した。
「そーだろそーだろーぉ? 喜んでたよなっ、なっなっなっ!」
「いきなり距離感近いね君」
「落川、殆ど初対面の人に向かっていきなり暑苦しい……あと馴れ馴れしい……」
「なんだよ七生! 人間一言でも言葉交わしたら友達なんだよ!」
――「今の一言、去年の『合格できなくても逃げ道が……』のインパクトを軽く越えたわね」
どういう意味!? そう思っていると視界の隅でまた落川くんが殴られた。
……これ、彼らにとっては何度目のアッパーなんだろう。
「ぐぼぁ! ……何おまえ、最近パンチしすぎじゃない? 友達だぞ!? 小学校からずっと学校一緒だったろ!? 一言どころかたくさん喋ってるぞおれっ!」
七生くんはぎゃいぎゃいと喚き散らす落川くんを冷たく見つめた。
そして一言、冷めた目を向けながら言う。
「人間、一発でも食らわしたら……友達の一線を越えるんだよ……」
「友達の一線を越えたら何になるの!?」
わたしが思わず突っ込むと、七生くんはわたしに向かって無表情で言った。
「――究極のお友達になるんです。当たり前でしょう」
「……」
「……」
「…………?」
うん……よくわかんないのはわかった。
メティスが頭の中で口を開く。
――「男遊びの激しい谷川ちゃん、全自動アッパーされ器の落川くん、常識人に見えて実は一番天然なんじゃないか、ダークホースな七生くん。……濃いな、このメンバー」
……えっと。
一番濃い女神が、何か言ってる。




